ホンダFCXクラリティ(FF)【試乗速報】
好きにならずにいられない 2009.01.20 試乗記 ホンダFCXクラリティ(FF)2008年に日本とアメリカでリース販売が始まったホンダの燃料電池車「FCXクラリティ」に緊急試乗。エコというよりも、リポーターはクルマとしての魅力に参ってしまったようだ。
エコカーというよりプレミアムカー
ホンダの燃料電池車「FCXクラリティ」で東名高速道路を走っていると、クルマに対する自分の価値観があっさりひっくり返ってちょっとびっくり。もちろん個人差はあるでしょうが、自分の場合はオセロゲームで端と端をはさんだ時のように、パタパタときれいにひっくり返った。
まず、音。燃料電池システムは、始動するとシステムに酸素を送り込む「ウィーン」というポンプの音がかすかに聞こえるけれど、100km/h巡航時は風切り音とタイヤの音にかき消されて、燃料電池システム自体が発する音は聞こえない。そしてこの静けさが、実に心地いい。もしかすると自分は、「心地よいエグゾーストノート」とか「エンジンの咆哮」よりも、こっちのほうが好きなのかも……。
そして加速の滑らかさ。加速がスムーズすぎて速さを感じないほどで、野蛮さがまったくない。変速がないから加速が途切れることはなく、モーターは振動もなくどこまでストレスフリーで回転を上げようとする。ちょうど新幹線の加速のようだ。
自動車の加速を滑らかにするために、何人ものエンジニアが血のにじむような努力をしてきたはずだ。エンジン回転を滑らかにするために単気筒が4気筒になり、やがて12気筒になった。変速をスムーズに行うためにトルクコンバーターを用いたりツインクラッチにしてみたり、あるいはCVT(無段変速機)を試してみたり。
内燃機関車がそうやって約100年かけて到達したレベルを、ようやく試作段階から市販へと向かいつつある燃料電池車は軽くクリアしてしまった。いままでのクルマ趣味を否定するのも寂しいけれど、体は正直。ものの10分も走っているとすっかりこの静かさ、滑らかさの虜になる。
燃料電池車はエコカーの切り札とされているけれど、高速道路をクルージングする限りでは、プレミアムカーだ。しかも、1000万円級のクルマより遙かにスムーズな、超が付くほどのプレミアム。そして面白いのは、VTECエンジンを積んでいるわけでもないのに、走行感覚にホンダらしさがはっきりと感じられるところだ。
燃料電池は「電池」というより「発電装置」
ソールの薄いスニーカーでアスファルトの上を走るような、かっつんかっつんした乗り心地や、ダイレクトなステアリングホイールの手応えなど、燃料電池車であってもホンダ車はホンダ車だった。
エンジンがなくなったらメーカーの個性が失われるかとも思ったけれど、そうではないようだ。スポーティなメーカーがスポーティな燃料電池車を作っているところから、プレミアムブランドは高級な燃料電池車を作るだろうと想像する。
感激のあまりここまで一気に書いてしまいましたが、少し冷静になって、燃料電池車がなぜエコカーと呼ばれるのかをいまいちど振り返っておきたい。
燃料電池の仕組みは、水素と酸素の化学反応で電気を作り、その電気でモーターを駆動して走るというもの。「燃料電池」と書くから電池だと思いがちだけれど、発電装置だと考えたほうがわかりやすい。燃料電池車はEV(電気自動車)と異なり発電装置を自分で持っているけれど、電気でモーターを駆動するのはEVと同じ。
水素と酸素の科学反応は、「水を電気分解すると水素と酸素ができる」という理科の実験を逆に行うもの。水素と酸素を結合して、電気と水が生まれる。テールパイプから出るのは水だけで、CO2も有害な物質も出さないからクリーンなのだ。
ただし現時点では天然ガスや石油から水素を作るので、水素を取り出す過程ではCO2が出ている。将来、太陽光や風力、水力発電などの自然エネルギーで水から水素を取り出し、その水素で発電するとそこで発生する水は海や川の水に還る。そしてその水でまた水素を生み出す、というサイクルになると、循環型エネルギーは完成ということになる。
運転はフツーのクルマと変わらない
FCXクラリティの試乗を許可されたのは、朝から夕方まで。ただし貸し出しの手順は「フィット」を借りるのとほとんど一緒で、青山一丁目のホンダ本社で普通に借りることができた。
フィットを借りる時との違いは、指定された水素ステーションで水素の充填を行う手順を説明されたことと、簡単な取扱の説明があったこと。正直、あまりに簡単に貸してくれたので拍子抜けしたほどだ。特別な扱いが不要なほど完成度が高いということだろう。
試乗と撮影を終えて、帰京するためにFCXクラリティに乗り込む。ホンダ本社の地下駐車場で見た時も新しいデザインだと思ったけれど、こうして距離を乗って斬新な走行感覚を体験した後だと、さらにクールに見える。
FCXクラリティに備わるのはカードキーではなく、昔ながらのキーだ。キーを回し、3秒ほど待つとインパネに「READY」の文字が灯る。そこで「POWER」スイッチを押すと、FCXクラリティはウィーンと起動する。
そこから先の操作は、普通のクルマと変わらない。シフトレバーをDレンジに入れ、足踏み式のサイドブレーキを解除。スロットルペダルを踏むと、音が高まることもなくスーッと走り出す。
インパネで一番大きく表示されるのは、燃料電池システムの出力計。メーターの端っこに「×10kw」と書いてあって、だから「5」を表示しているときは50kw(68ps)ということになる。
ほかに、水素燃料計とバッテリー容量計がそれぞれの残量を示す。特徴的なのはメーターパネルの中心に配置される「H2ボール」という円で、電力の消費が少ない時は小さなブルー、少し多くなると円が大きくなり、色も黄色へと変わる。そしてさらに消費が増えると、円がより大きく、色も赤く変化する。
この「H2ボール」が赤く大きくなると、怒られているような気になってついついアクセルペダルを戻す。実際、「H2ボール」が大きくなると、ディスプレイされる航続可能距離がぐんぐん減っていく。
航続距離は優に300km以上
朝のスタート時には、航続可能距離は375kmを示していた。都心と箱根周辺まで往復した感じでは、300km程度なら問題なく走れると思う。資料には、水素満タンの状態では、10・15モードで620km走るとある。
航続距離とあわせて気になるのが、水素の充填だ。スケジュールの都合で『webCG』のスタッフに充填作業を任せざるを得なかったのがつくづく残念。だけど、スタッフによれば水素ステーションでの作業自体は簡単なものだったらしい。
アースをとることろが給油と違うけれど、それ以外は基本的には同じ。5分ちょっとで充填は完了したとのこと。「宇宙服みたいなやつ着てなかった?」と聞いたところ、作業を行う人はごく普通の作業着だったという。
動力性能だけでなく、航続距離や充填についても問題はない。でも、そういった部分の重箱の隅をつつくことは、あまり意味がないかもしれない。大事なのは電気でモーターを回すという新しいやり方がもたらす感覚を、多くの人が気に入るかどうかだ。個人的には、みんなすっごく気に入ると思う。繰り返しになるけれど、静かでスムーズ、理想的な高級車のフィーリングなのだ。
この先、水素を充填して発電しながら走る燃料電池車が主流になるのか、電気を充電するEVが増えるのか、あるいは両者が共存するのかはわからない。だけど、内燃機関車が愛されたのと同じように、この静かで滑らかな仕組みが愛されるのは間違いない思う。
(文=サトータケシ/写真=高橋信宏)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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