マセラーティ・グラントゥーリズモS(FR/6MT)【海外試乗記(前編)】
新しい舞台(前編) 2008.08.12 試乗記 マセラーティ・グラントゥーリズモS(FR/6MT)……1750.0万円
2007年の東京モーターショーで上陸した「グラントゥーリズモ」のハイパフォーマンスモデル「S」が登場。日本での発表会後まもなく、『CG』新井勉がイタリアで試乗した。
『CG』2008年8月号から転載。
大人の化粧
仕事に追われる日々。そんなときに見つけた一滴のしずく。その小さな輝きがぽとりと落ちた瞬間、心に潤いと活力が生まれるのを感じた。新しいグラントゥーリズモS、マセラーティ史上最速のクーペとの出会いに、僕は運命を感じずにはいられなかった。
マセラーティ・グラントゥーリズモS(GTS)がワールドプレミアを飾ったのは、“普通”のグラントゥーリズモの登場からちょうど1年後、2008年3月のジュネーヴ・ショーである。僕がGTSを目の当たりにしたのはそれからさらに2ヵ月後の東京で、コーンズ主催の発表会でのことだった。しかし、このとき心に響くものを感じたわけではない。トライデントに入れられた2本の赤いライン、巨大な20インチ・ホイール、その中に隠されたブレンボ製のモノブロックキャリパー、そしてリアスポイラー一体型に形状を変えた強化プラスチックのトランクリッドなど、ボディのあちこちに散りばめられたアイテムが高性能を物語っていたけれど、その洗練された装いのせいか、ここでは「ラクシュリーカーの延長線……」、そのぐらいにしか思えなかった。
ところが発表会から5日後、今度はモデナに飛んで実際にステアリングを握ってみて、それが間違いだったことに気づかされた。エミリア街道を走らせ、雨のワインディングロードを駆け抜けることで、見た目の上品さとは裏腹に、GTSの体内に熱い血が流れていることを思い知らされたのだ。
開発陣はGTSに“デイリー・レーシングカー”という開発コンセプトを掲げ、そのためにパワートレーンを一新。V8ユニットのパワーアップに留まらず、ギアボックスを6段ATから6段MTベースのセミ・オートマチックへ、しかもトランスアクスル方式へと大改造を施したのである。もちろん、それに合わせてサスペンションやブレーキに手を加えることも忘れてはいなかった。一瞥しただけでは単なるスポーティ・バージョンにも見えて、実はとても気合いの入ったスポーツカーなのだ。まずはその心臓部を覗いてみることにしよう。
デイリー・レーシングカー
フロントのホイールセンターより後ろ、バルクヘッドに食い込むように搭載されたV8は、標準型GTの4.2リッターをベースにボアを92mmから94mmに拡げ、ストロークも79.8mmから84.5mmへと延ばして排気量を4691ccに拡大。さらに圧縮比を11.01から11.25:1へとわずかに引き上げている。そうした改良の結果得られたスペックは、最高出力:440ps(323kW)/7000rpmと、最大トルク:50.0mkg(490Nm)/4750rpm。これは従来の4.2リッターV8に対して35psと3mkgの増強に当たる。
だが、ここで注目すべきは最大トルクの発生回転を変えていないこと、そして最大許容回転を4.2リッターの7250rpmに対し、4.7リッターV8は7500rpmへと引き上げていることにある。一般的には排気量の拡大、なかでもストロークの延長はピストンスピードの増加につながるため、許容回転数は下がってしまうものなのに、新しいV8はその常識を覆す結果を残しているのだ。
試しに最大許容回転数での平均ピストンスピードを計算してみると、4.2リッターが19.3m/s(7250rpm)、4.7リッターが21.1m/s(7500rpm)という値となった。生産台数が少ないとはいえ、市販車で20m/sを超えるV8ユニットというのは、ごくわずかしか存在しないだろう。ヘッドカバーのペイントをこれまでのブルーからレッドに代えたのは、マセラーティの習わしにしたがったものだが(ギアボックスにMTを組み合わせていることを示す)、僕にはその隠された性能の高さを誇示しているように思えてならかった。
魂を揺さぶる鼓動
レーシングユニット並みのスピードでピストンを動かしながら、オイルポンプの駆動ロスとメカニカルノイズを減らすためにウェットサンプ方式を踏襲するなど(ベースとなった4.2リッターはGTに搭載するにあたってオイル循環方式をドライからウェットに変更したという経緯を持つ)、この4.7リッターV8は技術的にも興味深い点が多い。
しかし、いっぽうで人の五感を刺激するためにも力を注いでいる点も見逃してはいけない。というのも、GTSのために開発された専用のエグゾーストシステムには、排気音をコントロールする仕掛けが施されているからだ。具体的には、リアサイレンサーの直前にバイパス・バルブが設けられており、通常はECUがこれを閉じてサイレンサー内に排気を導くが(排気経路を長くすることで排気圧を減少=排気音の抑制)、センターパネルの“SPORT”ボタンを押すことでこのバルブを開放することもできる。
つまり、ドライバーは2種類のサウンドを選べるわけだ。そして、バイパス・バルブを開けた状態、すなわち排気がストレートにテールパイプへと導かれたときの美しいサウンドもGTSの特徴といえる。同じエンジンをベースにするフェラーリF430とは微妙に異なる、激しいけれども尖ったところのない、調和のとれた快音なのだ。(後編へつづく)
(文=CG新井勉/写真=MASERATI)

新井 勉
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