第1回:お父さんもわからない、電気自動車のこと
2012.01.23 リーフタクシーの営業日誌第1回:お父さんもわからない、電気自動車のこと
電気自動車は発電所?
「このタクシー、『電気自動車』って書いてあるよ」
JR飯田橋駅前のタクシー乗り場から乗車したのは小学校低学年生と思(おぼ)しき男の子と、「伝通院まで」(710円=基本料金で行ける距離)と行き先を告げた父親の二人連れ。乗り込むなり、車内に表示してある「電気自動車」という白いプレートを見つけた男の子が父親にこう言ったのだった。
「お父さん、電気自動車だよ。ハイブリッドじゃないんだよ。初めてだね、電気自動車に乗るの」
小学生の、しかも1年生か2年生くらいの幼い男の子は、それにしては確かな知識があるようで、大人の客でさえよくわかっていない「電気自動車」と「ハイブリッド車」の違いを理解しているような口ぶりだった。
そう。大半の乗客は電気自動車をわかっていない。
乗り合わせたタクシーが電気自動車だと知ったとたん、乗客の多くはこう質問する。
「ハイブリッドと何が違うの?」
「ガソリンは使わないの?」
電気自動車に対する社会の認識はまだこの程度という状況を考えると、件(くだん)の男の子の知識は大したものだと思う。
「電気だけで走るんだよね」
男の子は、話には聞いたことがある電気自動車に初めて乗れたのがよほどうれしいのか、電気自動車に関する持てる限りの知識を口に出し、それを背中越しに聞いているタクシー運転手(=矢貫隆)は、駅で30分も待って乗せた客が710円だったショックから素早く立ち直り、黙ったまま、しかし胸のうちで少年と会話するのだった。
そうだよ、電気だけで走ってるんだ。
と、偉そうに答えているが、ご存じのとおり、電気自動車を作ったのは私ではない。
「ねェ、お父さん、このタクシー、充電はどうしてるの?」
実に論理的な疑問であり、当然の質問が少年の口を突いて出る。
「うん、充電はね……」
父親はそこまで言って口ごもり、ほんの少しだけ間を置いて、こう続けた。
「充電はしなくていいんだよ。電気を作りながら走ってるんだから」
どの口が、と、ミラーに目をやった。
少年の明るい未来のために
思うに、男の子は、いわゆる「理科系」に分類される、しかもきわめて論理的な思考の持ち主で、将来は、きっとその種の道に進むのではあるまいか、と、そんな気がする。けれど、行きずりのタクシー運転手の脳裏に浮かぶのは、この聡明な少年の「明るいかもしれない未来の日々」に、にわかに立ち込めた暗雲だった。少年の前途にもしも障害が立ちはだかるとすれば、それはたぶん親父のいい加減さだろう。
「へ〜、すごいね。電気自動車って発電所みたいだね」
そうじゃないんだよ少年。キミのお父さん、ほんとはぜんぜんわかってない。電気自動車の充電は実に厄介で、オレの場合は千代田区役所の地下駐車場で1日に2回も……。
タクシー運転手は胸のうちで電気自動車の実態を少年に教えたけれど、もちろんそれは彼の耳には届かないのだった。
飯田橋駅から伝通院交差点までの2キロに満たない距離を走るわずか10分ほどの間にも、こうして、タクシーの車内ではいくつもの小さな物語が生まれている。これから始まる「リーフタクシーの営業日誌」。物語は、まずは、私がタクシー運転手をやっている経緯から、である。
(つづく)
(文=矢貫隆/写真=郡大二郎)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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