第2回:電気自動車タクシーとの出会い
2012.01.30 リーフタクシーの営業日誌第2回:電気自動車タクシーとの出会い
高円寺の男
神楽坂でその男たちを乗せたのは深夜の1時を過ぎた頃だった。
「高円寺まで」
30歳代と思(おぼ)しき男はそう言い、高円寺のどのあたりですかと尋ねた運転手(=矢貫隆)に、「近くまで行ったら指示するから」とぞんざいに続けた。
この男、とにかく偉そうだった。会社は俺がひとりで背負ってる、仕事できるのは俺だけだ、みたいな調子で話し続け、同乗の若い男は「ごもっとも」と相づちを繰り返す。職場の後輩らしい。
男の携帯電話の呼出音が鳴ったのは、高円寺の直前、早稲田通りと環七の交差点に近づいたときである。「指示する」はずの男が電話にでた。交差点は近い。左折すれば高円寺駅の方向、直進すると高円寺の商店街が左に見えてくる。
交差点をどちらに行きますか?
「右折して下さい」
答えたのは後輩だった。
(右折?)
右折でいいんですか?
「はい。右折して下さい」
交差点を曲がり環七を走りだし、電話を切った男に尋ねた。
まだ真っ直ぐですか?
「どこだ、ここは!?」
男が言いだした。
「高円寺って言ったろう。何で右に曲がるんだよ。高円寺って言ったら、高円寺の駅のことに決まってんだよ」
男は怒鳴りつけるようにそう言い、年老いたタクシー運転手(=矢貫隆)の肩をとんとんと叩きながら偉そうに言うのだった。
「キミね、人の話はちゃんと聞いてなきゃだめじゃないか」
その瞬間、運転手はブチ切れた。
急ブレーキを踏んでクルマを止め、「ふざけんじゃねぇぞ」と言うが早いか振り返り、生意気男の胸元をつかんで「金はいらねぇから降りろッ」と怒鳴った。
東京のタクシー事情
というのは妄想で、怒りに震えながら(これは本当)、「申し訳ありませんでした」と気持ちの入ってない詫(わ)びの言葉を口に出し、ぎゅっと握った右手の拳に力を入れたのだった。
2002年の規制緩和以降、新規参入と増車が繰り返されたタクシー業界。街には空車のタクシーがあふれ、運転手たちは低賃金ときつい労働にあえいでいる。という状況を身をもって体験するため、古巣の京都でタクシー運転手をやったのは数年前。自動車雑誌『CAR GRAPHIC』誌で連載し、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)という単行本にもなった。
では、東京のタクシー事情は?
わずか3カ月間ではあったけれど、某タクシー会社に潜入し、『文藝春秋』誌でリポートした。高円寺男を乗せたのは、その取材期間中のことである。泥酔サラリーマンを乗せるのは毎度のことで、暴言を吐く30代男(この手の客はたいてい30代男)を乗せるのもしばしばだった。モンスタークレーマーは決まって30代の女で、こう考えてみると、男も女も30代の客は鬼門だったのかもしれない。質の悪いホストに何を言われても無視。タクシー代金は3日後に振り込みますから乗せて下さい女は笑えたし、全身ピンク色の衣装に身を包んだカップルが林屋ペーとパー子だというのは、乗せる前からわかった。
東京のタクシーも単行本に……。
そのためには大幅な追加取材が必要で、それならば、と、こんどは別なタクシー会社に潜入した。電気自動車は、そこにあった。
(つづく)
(文=矢貫隆/写真=郡大二郎)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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