第20回:フェラーリが主役……でも、あの名車がボコボコに! − 『ペントハウス』
2012.01.26 読んでますカー、観てますカー第20回:フェラーリが主役……でも、あの名車がボコボコに! 『ペントハウス』
「599GTO」は、主役じゃない
この映画の陰の主役はフェラーリだ。ストーリーの重要な役割を担い、アクションの立役者でもある。でも、フェラーリファンは見ていて思わず悲鳴を上げてしまうかもしれない。クルマ好きからすれば想像を絶するひどい扱いを受ける場面が連続する。
ニューヨークのセレブ向け高級マンション「ザ・タワー」が舞台である。最上階には富豪のアーサー・ショウ(アラン・アルダ)が居を構え、屋上に専用のプールをしつらえて優雅な生活を送っている。ザ・タワーの管理・運営を仕切っているのが、敏腕マネジャーのジョシュ(ベン・スティラー)だ。たくさんの使用人を束ね、わがままな居住者たちの要望をこなすべく日々奮闘している。身分は違うものの、アーサーとは信頼関係があり、時にチェスの相手を務めるほど親しい間柄だ。
タワーの地下駐車場には高級車がうじゃうじゃと湧いて出てきたかのようで、「ベントレー・コンチネンタル スーパースポーツ」が停められていても目立たない。その近くにある真っ赤なボディーは、よく見ると「フェラーリ599GTO」だ。でも、この映画で活躍するモデルは、これではない。フェラーリ史上最速のロードカーをもしのぐ価値の歴史的名車が登場する。
マックイーンが所有していたフェラーリ
タワーの隅々に目を配るジョシュは、不審な武装集団が怪しい動きをしているのを発見し、富豪のアーサーを誘拐しようとしていると直感する。彼を守ろうと奮闘するが、アーサーは一味の手に落ちてしまう。ところが、誘拐団に見えたのは実はFBIで、アーサーは巨額詐欺の容疑で逮捕されたのだった。しかも、タワーの従業員の年金運用資金がだまし取られていたことも発覚した。
保釈金を支払って出てきたアーサーのもとへ、ジョシュは金の返還を求めて談判に乗り込む。しかし、彼は「投資はギャンブルだ」と開き直るのだ。怒りが頂点に達したジョシュは、ゴルフクラブを手にして立ち上がった。アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインのアートで飾られた部屋には、ショールームさながらに赤いクルマがディスプレイされている。1963年の「フェラーリ250GTルッソ」だ。しかも、スティーブ・マックイーンがかつて所有していたというヒストリー付きである。あろうことか、ジョシュはゴルフクラブを無慈悲に打ち下ろし、名車を破壊しようとするのだ。
かくしてジョシュはマネジャー職をクビになり、訴訟まで起こされる始末。このままでは、だまされ損だ。路頭に迷った従業員を集め、反撃に乗り出す。アーサーの隠し財産を見つけ出し、奪いとろうというのだ。しかし、悲しいかな、全員犯罪の素人だ。そこでジョシュの幼なじみで泥棒をなりわいとするスライドを刑務所から出して助っ人に迎え、大金強奪の特訓を始める。スライドを演じるのが、元祖マシンガントークのエディ・マーフィーだ。コメディー界の大スターであるこの2人、意外や初共演である。
空前絶後のカースタント
ほかのキャストも多士済々だ。気の弱いネガティブ思考のコンシェルジュ、チャーリーを演じるのは、ケイシー・アフレック。『キラー・インサイド・ミー』ではとんでもないサイコ野郎役だった彼だが、今回はボソボソしゃべりが役柄どおりのキャラだ。もと強欲銀行社員で今は落ちぶれているフィッツフューには、マシュー・ブロデリック。かつての人気イケメン俳優で今は見る影もない彼自身の境遇と重なって、何だか切なくなる。
ド迫力の超肥満メイドの顔は、どこかで見たことがある……『プレシャス』でどん底の運命に耐えて未来を切り開いていったあの少女、ガボレイ・シディベだ! 今度は不幸に甘んじることなくジャマイカなまりで強気に押しまくり、相変わらずの豊満ボディーが悪人退治に大活躍することになる。
昨年の『アザー・ガイズ』もそうだったが、ハリウッド映画はウォール街の強欲な金融マンを新たな悪党のスタンダードに据えたのかもしれない。公平な取引を装っているだけに、チンケな泥棒よりはるかにタチが悪い。今や誰もが納得する、わかりやすい悪の姿なのだ。
破壊された250GTルッソだが、もちろん本物ではない。買えば100万ドルはするというし、文化遺産を犠牲にするわけにはいかないのだ。2台のレプリカを作ったそうだが、上々の仕上がりである。このクルマの出番は終わったわけではなく、最大の見どころはこの後に控えている。カースタント史上例を見ない奇想天外なシーンが見られるのだが、もちろん秘密を明かすわけにはいかない。ただ、『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』の高層ホテルでのアクションで肝を冷やした人には、さらに覚悟が必要だと忠告しておくことにしよう。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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