第41回:『小さな高級車』マツダ・キャロル(1962〜70)(最終回)
2006.09.13 これっきりですカー第41回:『小さな高級車』マツダ・キャロル(1962〜70)(最終回)
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■幻のキャロル・ロータリー
67年デビューのホンダN360に始まる軽のパワーウォーズからひとり取り残されてしまったキャロルだが、なぜマツダがこうした事態に陥るまで放置していたかといえば、社運を賭したロータリーエンジンとそれを搭載した上級車種の開発に忙しく、とても軽まで手が回らなかったというのが、おそらく実情だろう。
60年からロータリーエンジンの研究開発に着手したマツダは、67年には世界初の2ローター・ロータリーエンジンを搭載したコスモスポーツを発売。次いで基幹車種であるファミリアやルーチェにもロータリー搭載車を追加し、自ら「ロータリゼーション」と呼んだフルライン・ロータリー化を進めつつあった。
当然ながら、その構想には軽であるキャロルも含まれていた。軽量コンパクトで、パワフルかつスムーズというロータリーの特徴は、パッケージングに厳しい制約のある軽にはまさにうってつけであり(短所である燃費については、当時は大目に見られていた)、これを積めばキャロルが市場に返り咲くことは必至と思われたからである。
マツダではキャロルのボディに1ローター360ccエンジンを積んだモデルをはじめいくつかのモデルを試作し、70年には運輸省(当時)に「キャロル・ロータリー」の型式申請を行ったという。
だが、結果的には「キャロル・ロータリー」は認可されなかった。運輸省は、当時FIAがロータリーエンジン搭載車がモータースポーツに参加する際に定めていた「排気量はレシプロの2倍に換算」というレギュレーションを盾に、キャロルロータリーは軽規格をはみ出すとの論理からマツダの申請を退けたという。
この裁定は、群を抜いて高性能なキャロル・ロータリーの出現を脅威とみる他社の意向を汲んでのことであると言われていた。またそれとは別に、1ローターエンジンの振動対策に苦慮するなど、マツダ自身にも製品化に至らなかった理由があるという話も耳にしたことがあるが、真偽のほどは不明である。
しかし、どんな理由があったにせよ、キャロル・ロータリーは市販化されなかった。これは明白な事実である。そして、その騒動の渦中の70年8月、キャロルの生産はひっそりと終焉を迎えた。8年半の生涯における総生産台数は26万台強だった。
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■後継車種も「これっきり」
キャロル・ロータリーの中止で、上りかけたハシゴを外されたがごとく、軽乗用車市場からの一時撤退を余儀なくされたマツダ。それから約2年のブランクを経た72年7月、「ロータリー抜きのキャロル・ロータリー」とでも呼ぶべきモデルが「シャンテ」の名を与えられてデビューした。
360cc軽史上最長の2200mmのホイールベースを持つ2ドアボディの、本来ならロータリーエンジンが収まるはずだったボンネットの下には、軽トラックのポーター系から流用した水冷2ストローク2気筒エンジンが鎮座していた。このパワーユニットは、60年代にはモーターサイクルメーカーでもあったブリヂストン製エンジンの流れを汲むといわれるロータリーディスクバルブ方式で、最高出力は当時としてはトップレベルの35ps/6500rpmを発生、4段ギアボックスを介してオーソドックスに後輪を駆動した。
だが、このエンジンがまた不評だった。その理由は額面ほどの力が感じられない、騒音、振動が激しいといったところだったが、つまるところ「間に合わせ」のエンジンは、やはりそれだけのものでしかなかったということではないだろうか。周囲を見渡せば、近い将来の公害対策に備えて2ストロークから4ストロークエンジンへの換装もそろそろ始まろうというこの時期に、2ストローク2気筒エンジンの採用は時代に逆行したものだったし、マツダとしてもある程度の不評は織り込み済みだったのかもしれない。そうした時代背景もあって、このころになると軽のパワーウォーズも沈静化し、同時に軽市場そのものがやや縮小していたが、それにしてもシャンテのセールスはパッとしなかった。
そして翌73年秋には、予期しなかった石油危機が勃発。燃費の悪いロータリー車の販売は急激に落ち込み、たちまちマツダは窮地に立たされた。もしキャロル・ロータリーが世に出ていたとしても、この事態によって存亡の危機を迎えていたかもしれないが、それはともかくとして、これをきっかけに業績不振に陥ったマツダに軽乗用車の改良・開発に回す余力は残されていなかった。
76年1月には軽自動車規格が550ccに拡大されるが、シャンテはその日を迎えることなく、75年中に生産中止。こちらも一代限りの「これっきりですカー」となってしまった。それから14年後にキャロルの名が復活するまで、マツダの軽乗用車史には空白が続くのである。
こうして実現しなかったキャロル・ロータリー、そして後継車種のシャンテを含めたキャロルの歴史を振り返ってみると、その鍵を握っていたのは一貫して「エンジン」だったことに気付く。自慢だった4気筒エンジンが結果的には足を引っ張り、一発大逆転を狙ったロータリーは幻に終わり、その代役にあてがわれた2ストロークユニットは力不足……。とはいえキャロルがけっして悪いクルマだったわけではない。その凝ったメカニズムの採用は英断だったといえるし、一時はベストセラーに輝いたほどの人気と実績を誇ったのだから。(おわり)
(文=田沼 哲/2005年7月)

田沼 哲
NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。
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第53回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その4「謎のスプリンター」〜 2006.11.23 トヨタ・スプリンター1200デラックス/1400ハイデラックス(1970-71)■カローラからの独立1970年5月、カローラが初めて迎えたフルモデルチェンジに際して、68年に初代カローラのクーペ版「カローラ・スプリンター」として登場したスプリンターは、新たに「トヨタ・スプリンター」の名を与えられてカローラ・シリーズから独立。同時にカローラ・シリーズにはボディを共有する「カローラ・クーペ」が誕生した。基本的に同じボディとはいえ、カローラ・セダンとほとんど同じおとなしい顔つきのカローラ・クーペに対して、独自のグリルを持つスプリンターは、よりスポーティで若者向けのムードを放っていた。バリエーションは、「カローラ・クーペ」「スプリンター」ともに高性能版の「1200SL」とおとなしい「1200デラックス」の2グレード。エンジンは初代から受け継いだ直4OHV1166ccで、「SL」にはツインキャブを備えて最高出力77ps/6000rpmを発生する3K-B型を搭載。「デラックス」用のシングルキャブユニットはカローラとスプリンターで若干チューンが異なり、カローラ版は68ps/6000rpm(3K型)だが、スプリンター版は圧縮比が高められており73ps/6600rpm(3K-D型)を発生した。また、前輪ブレーキも双方の「SL」と「スプリンター・デラックス」にはディスクが与えられるのに対して、「カローラ・クーペ・デラックス」ではドラムとなっていた。つまり外観同様、中身も「スプリンター」のほうがよりスポーティな味付けとなっていたのである。しかしながら、どういうわけだか「スプリンター1200デラックス」に限って、そのインパネには当時としても時代遅れで地味な印象の、角形(横長)のスピードメーターが鎮座していたのだ。
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第52回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その3「唯一のハードトップ・レビン」〜 2006.11.15 トヨタ・カローラ・ハードトップ1600レビン(1974-75)■レビンとトレノが別ボディに1974年4月、カローラ/スプリンターはフルモデルチェンジして3代目となった。ボディは2代目よりひとまわり大きくなり、カローラには2/4ドアセダンと2ドアハードトップ、スプリンターには4ドアセダンと2ドアクーペが用意されていた。このうち4ドアセダンは従来どおり、カローラ、スプリンターともに基本的なボディは共通で、グリルやリアエンドなどの意匠を変えて両車の差別化を図っていた。だが「レビン」や「トレノ」を擁する2ドアクーペモデルには、新たに両ブランドで異なるボディが採用されたのである。カローラはセンターピラーのない2ドアハードトップクーペ、スプリンターはピラー付きの2ドアクーペだったのだが、単にピラーの有無ということではなくまったく別のボディであり、インパネなど内装のデザインも異なっていた。しかしシャシーはまったく共通で、「レビン」(型式名TE37)および「トレノ」(同TE47)についていえば、直4DOHC1.6リッターの2T-G/2T-GR(レギュラー仕様)型エンジンはじめパワートレインは先代から踏襲していた。ボディが大型化したこと、および双方とも先代ほど簡素でなくなったこともあって車重はレビン930kg、トレノ925kgと先代より60〜70kg前後重くなった。
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第51回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その2「狼の皮を被った羊(後編)」〜 2006.11.10 トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■違いはエンブレムのみ1972年3月のレビン/トレノのデビューから半年に満たない同年8月、それらを含めたカローラ/スプリンターシリーズはマイナーチェンジを受けた。さらに翌73年4月にも小規模な変更が施されたが、この際にそれまで同シリーズには存在しなかった、最高出力105ps/6000rpm、最大トルク14.0kgm/4200rpmを発生する直4OHV1.6リッターツインキャブの2T-B型エンジンを積んだモデルが3車種追加された。うち2車種は「1600SL」と「1600SR」で、これらはグレード名から想像されるとおり既存の「1400SL」「1400SR」のエンジン拡大版である。残り1車種には「レビンJ1600/トレノJ1600」という名称が付けられていたが、これらは「レビン/トレノ」のボディに、DOHCの2T-Gに代えてOHVの2T-B型エンジンを搭載したモデルだった。なお、「レビンJ1600/トレノJ1600」の「J」は「Junior(ジュニア)」の略ではないか言われているが、公式には明らかにされていない。トランクリッド上の「Levin」または「Trueno」のエンブレムに追加された「J」の文字を除いては、外から眺めた限りでは「レビン/トレノ」とまったく変わらない「レビンJ/トレノJ」。だがカタログを眺めていくと、エンジンとエンブレムのほかにも「レビン/トレノ」との違いが2点見つかった。
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第50回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その1「狼の皮を被った羊(前編)」〜 2006.11.6 誕生40周年を迎えた2006年10月に、10代目に進化したトヨタ・カローラ。それを記念した特別編として、今回は往年のカローラおよびその兄弟車だったスプリンター・シリーズに存在した「これっきりモデル」について紹介しよう。かなりマニアックな、「重箱の隅」的な話題と思われるので、読まれる際は覚悟のほどを……。トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■スパルタンな走りのモデル型式名TE27から、通称「27(ニイナナ)レビン/トレノ」と呼ばれる、初代「カローラ・レビン1600/スプリンター・トレノ1600」。英語で稲妻を意味する「LEVIN」、いっぽう「TRUENO」はスペイン語で雷鳴と、パンチの効いた車名を冠した両車は、2代目カローラ/スプリンター・クーペのコンパクトなボディに、セリカ/カリーナ1600GT用の1.6リッターDOHCエンジンをブチ込み、オーバーフェンダーで武装した硬派のモデルとして、1972年の登場から30余年を経た今なお、愛好家の熱い支持を受けている。「日本の絶版名車」のような企画に必ずといっていいほど登場する「27レビン/トレノ」のベースとなったのは、それらが誕生する以前のカローラ/スプリンターシリーズの最強モデルだった「クーペ1400SR」。SRとは「スポーツ&ラリー」の略で、カローラ/スプリンター・クーペのボディに、ツインキャブを装着して最高出力95ps/6000rpm、最大トルク12.3kgm/4000rpmを発生する直4OHV1407ccエンジンを搭載したスポーティグレードだった。ちなみにカローラ/スプリンター・クーペには、1400SRと同じエンジンを搭載した「1400SL」というモデルも存在していた。「SL」は「スポーツ&ラクシュリー」の略なのだが、このSLに比べるとSRは装備が簡素で、より硬い足まわりを持った、スパルタンな走り重視のモデルだったのである。
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