アストンマーティンV8ヴァンテージ(FR/6MT)【海外試乗記】
マイ・ネーム・イズ・アストン 2005.11.12 試乗記 アストンマーティンV8ヴァンテージ(FR/6MT) アストンマーティンの2シータースポーツ「V8ヴァンテージ」がいよいよ登場する。ラインナップの中で最小のボディを持ち、最もスポーティとされるモデルに試乗した。しぶといブランド
アストンマーティンはなぜ潰れなかったのか?
1914年の創立以来、限られた好事家のために彼らが作り出した高性能GTカーの総数はトータルでたった2万台あまり。トヨタなら一日で生産できてしまう台数だ。さおだけ屋と同じ程度しかみかけないこのブランドのしぶとさについては、ベストセラー『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の山田先生でも説明できないかもしれない。
いや、正確に言うとアストンマーティンはその91年の歴史の中で、7回も事実上の倒産を経験しているという。だがそのたびに救いの手を差しのべる人が現われ、不死身のジェームズ・ボンドのように何度でも甦ってきた。もちろん商売や利益のためではなく、ただ名門の名を惜しむがゆえである。そんなアストンマーティンは今やフォードPAGグループの最も輝かしい星である。およそ5年前、ヴァンキッシュとともに始まった復活プロジェクトは、待望のベイビー・アストン、V8ヴァンテージのデビューとともに、いまその完成を見ようとしている。
リアルなスポーツカー
名門の復活といっても、自動車は生半可なブランドビジネスではない。伝統の名前をリバイバルさせただけでは成功は覚束ない。現在のアストンが注目されているのは、伝統的なスタイルに先進技術や現代的な洗練を加え、あくまでリアルなスポーツカーとして形になっているからだ。プラットフォームの大半を共用するという兄貴分のDB9より全長で30cmあまり、ホイールベースで14cm短いV8ヴァンテージの2シーターボディは、ロングノーズ・ショートデッキのごくオーソドックスなスタイルだが、クールかつエレガントでありながらメトロセクシャルなニューリッチ層を狙った商品にありがちな居心地の悪さを感じないのは、本物のスポーツカーとしての秘めた実力を滲ませているからに違いない。
たとえばアルミのエンジンフードを開けてみれば、それは一目瞭然。エンジンブロックは同じグループのジャガー譲りながら、コンロッドやピストンなど8割以上を新設計したという4.3リッターV8エンジン(380ps/7000rpm、41.8kgm/5000rpm)は、頑丈そうな鋳造アルミのストラットタワーの後方、いわゆるフロントミドシップに搭載されている。
しかも、オイルタンクが独立したドライサンプ方式を採用して可能な限り低く積まれているうえに、フェラーリと同じグラツィアーノ社製の6段マニュアルギアボックスもトランスアクスル式。おかげで前後重量配分は49:51と理想的な数字を実現している。また、そのけれん味のない端整な外皮の下には、特殊接着剤で組み上げたアルミニウム製メインシャシーや、アルミ鍛造アームを持つ四輪ダブルウィッシュボーンサスペンションなどが隠されている。要するに、カッコだけではないのだ。
911の真のライバル
鈍く光るアルミの空調ダイヤルが並ぶセンターコンソールの真ん中に嵌め込まれたスターターボタンを押すと、V8ヴァンテージは一声高く吼えて本性を露にする。室内ではさほどでもないが外で聞くエグゾーストノートは明らかに勇ましく、さらに排気系のバイパスバルブが開く4000rpmぐらいから上ではより獰猛なサウンドを発しながら、反時計回りのレヴカウンターの針は7300のリミットめがけて一気に上り詰める。アルミやカーボンコンポジットを多用して1570kgに抑えた車重に対して、380psのピークパワーは絶対的に不足がないだけでなく(0-100km/h加速は5.0秒という)、中低回転域のピックアップも素晴らしい“手ごたえ”のあるエンジンだ。
V8ヴァンテージは、フロントエンジン後輪駆動クーペの手本のような、ごくリニアなハンドリングを持つ。リアにハッチゲートを持ちながらもボディは非常に剛性感が高く、DB9よりアンダーステアは明らかに軽いうえにコントローラブル。試乗会が開かれたトスカーナ地方の狭い山道でも持て余すことはなかった。惜しむらくは、6MTのシフトフィールがややネットリしており素早いチェンジを苦手としている。トランスアクスルの宿命ともいえるが、それを気にする向きは来年には追加発売されるというセミAT仕様を待つという手もある。
いまだに旧本拠地のニューポート・パグネルで文字通り手作りされているフラッグシップのヴァンキッシュに比べれば、V8ヴァンテージは年3000台の目標を掲げる桁違いの量産モデル。現在の本社ゲイドンでの生産が軌道に乗る来年以降は、アストンマーティンはなんと年産5000台メーカーになるという。とはいえ、一般のクルマに比べればV8ヴァンテージも手作りであることには違いはなく、実際サイドシルには「Hand build in England」のプレートが誇らしげに貼ってある。本物のスポーツカーとしての野性味と都会的な洗練、そして実用性と希少性。来年早々には1455万4000円の値札を下げて日本でもデリバリーが始まる。久しく現れなかったポルシェ911の真のライバルの登場である。
(文=NAVI高平高輝/写真=アストン・マーティン/2005年11月)
