アストン・マーティンV8ヴァンテージS(FR/7AT)【試乗記】
男ともだち 2011.06.12 試乗記 アストン・マーティンV8ヴァンテージS(FR/7AT)……1997万6250円
アストン・マーティンのスポーツカー「V8ヴァンテージ」に、ハイパフォーマンスバージョン「S」が登場。その実力のほどは……?
パワーより、音と手触りが魅力のエンジン
「アストン・マーティンV8ヴァンテージ」をスパルタンにチューンしたモデルだと聞いていたので、覚悟して「アストン・マーティンV8ヴァンテージS」に乗り込む。
やや長めのクランキングの後、レーシィな音とともに4.7リッターのV8エンジンが派手に目を覚ます。早朝の都心へ踏み出すと、想像していたより乗り心地ははるかに文化的だ。硬いことに間違いはないけれど、少なくともサーキットでしか楽しめないような極端なセッティングではない。毎日の通勤に使えと言われたら、しばしの黙考の後でうなずくだろう。そして丸一日の試乗を終える頃には、間髪入れずに首を縦に振るようになっていた。
フロントに積まれるエンジンは、「V8ヴァンテージ」に積まれるものがベースとなる。吸排気系に手を加えることで、ベース比10ps増しの436ps/7300rpmという最高出力と、2kgm増しの50.0kgm/5000rpmという最大トルクを得ている。
ただし走り出して感じるのは、パワーがあってうれしいというよりも、気持ちよく回って楽しい、ということだ。
特に4500〜5000rpm近辺で盛り上がるパワー感がゾクゾクっとくる。中低音がよく響く、いかにもヌケのよさそうな音も魅力的。「V8ヴァンテージS」には、専用のエグゾーストシステムがおごられているというが、その効果は確実にある。
リミットまで回さなくても心が躍るような体験ができるあたりも、サーキットだけでなく一般道でも楽しめる理由だ。
エンジンとともに大きな変更を受けているのが、トランスミッションだ。
サーキット一歩手前、寸止めの妙
「V8ヴァンテージ」には、「スポーツシフト」と呼ばれるシングルクラッチ式の2ペダルMTが搭載されていた。そして「V8ヴァンテージS」には、「スポーツシフトII」という新しいトランスミッションが採用された。これは同じくシングルクラッチ式ながら、従来の6段から7段へと多段化したもの。「スポーツシフト」は0.2秒以下でシフトを完了するとうたっていたが、「スポーツシフトII」は変速に要する時間をさらに約20%削減したという。
同条件で比較するわけではないので、パドルを操作してシフトを繰り返しても、その約20%の高速化は実感できない。ただし、シフトアップにしろシフトダウンにしろ、十分素早くてテンポがいいことはよくわかる。
というのも、「6段→7段」となることで、1〜6速のギア比は接近したからだ。したがってポンポンポンと軽やかにシフトアップして、ギュンギュンギュンときめ細やかにシフトダウンする。
7速は、高速巡航時にエンジン回転を低く抑えるオーバードライブの役割をはたすことになる。
試乗開始直後は、シフトショックをかなり感じて、「シングルクラッチだからデュアルクラッチよりショックがデカい」とマル秘取材メモに記した。けれど、人間の(というか自分の)体はいい加減なもので、30分も走ると、カンカンと次のギアに入るドライな感じを「こんなものか」と受け入れている。
そして、シングルクラッチのフィーリングが納得できた理由のひとつに、エンジン、トランスミッション、サスペンション等々が、すべて同じ方向を向いているところがあげられる。クルマ全体に、「サーキットの一歩手前までドライで辛口」という統一感があるのだ。
パワフルというより繊細な印象
ステアリング操作に対する反応が鋭いのは、ひとつにステアリングギアボックスのギア比が変更されていることがあげられる。「V8ヴァンテージ」のロック・トゥ・ロック3.04回転から、ロック・トゥ・ロック2.62回転まで速められているのだ。
バックスキンのステアリングホイールに僅かに入力を与えるだけで、ノーズはピクンと反応する。ただし過敏に過ぎるということはなく、そのへんのセッティングはさすがに手だれだ。
キャリパーが対向6ポッドになり、ブレーキローターの径も拡大したフロントのブレーキは、優れた制動力を発揮するだけでなく、ブレーキペダルを踏む足裏にも安心・確実な感触を伝える。そしてほどよく引き締まったサスペンションがコーナリング中の姿勢を保持し、コーナー出口でアクセルペダルを踏むと乾いた快音とともに胸のすくような加速を見せる。
総じて、「アストン・マーティンV8ヴァンテージ」よりパワフルになった、スパルタンになったというよりも、タイトになった、繊細になったという印象を受けた。
ドイツのスポーツカーはいかにもマシンといった印象で、そのメカメカしさを操るのが楽しい。ラテンのスポーツカーは動物的で、色っぽい。そしてイギリスのスポーツカーは、人間との距離が近い感じがする。はたして「アストン・マーティンV8ヴァンテージS」も、パワーはあるのにモンスターにはならない、人間に近しいスポーツカーだ。色っぽさはあまりない硬派だから、ガールフレンドではなく男ともだちだろう。
(文=サトータケシ/写真=峰昌宏)
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サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。