ホンダ・ゼストW(FF/4AT)/ゼストスポーツWターボ(FF/4AT)【試乗記】
もう革命は起きないのか 2006.03.06 試乗記 ホンダ・ゼストW(FF/4AT)/ゼストスポーツWターボ(FF/4AT) ……152万7750円/179万5500円 ホンダから新たなハイトワゴン、「ゼスト」がデビューした。女性がメインターゲットの「ライフ」と同じプラットフォームだが、こちらは男性、そしてファミリーを狙った作りで、激戦区に挑む。活況を呈する軽自動車市場
「ライフ」がデビューした時に京都で行われた試乗会に参加して、とても感心した記憶がある。軽自動車もこんなにしっかりしたハンドリングを持てるようになったんだなあ、と。デザインも、丸みをウマく使った可愛らしいものだ。ただ、ちょっとだけ危惧もしていたのだ。その少し前の夜、旭川で接客関係の女性と話す機会があってクルマの話になった。彼女たちは一様に好きなクルマとしてライフの名前を挙げたのだ。つまり、先代のいかつい顔のモデルである。
マッチャとかバニラとかの名がついたボディカラーを投入したことでもわかる通り、ライフのメインターゲットは若い女性である。しかし、可愛く柔らかくという指向が女性全体をカバーするわけではなく、結構な数がゴツかったりいかつかったりというルックスを好むようだ。そう、「ゼスト」のスタイルは、彼女たちにぴったりくるかもしれない。どちらかというと、男性に向けて開発されたモデルであるらしいのだけれど。
昨年の末から、軽自動車のデビューが続いている。たまたま発表の時期が重なったということなのだろうけれど、人口縮小もあって将来を楽観視できない自動車販売の中で、活況を呈しているのが軽自動車のジャンルであることも関係しているのかもしれない。モデルチェンジだけでなく、「三菱i」、「ダイハツ・エッセ」と新モデルが登場しているのは、まだ軽の規格の中に可能性があると見られていることの証だろう。ホンダもミニバンばかりに頼っていられる状況ではなく、売れセンの軽のタマ数を増やしたいと考えるのは当然なのだ。
大容量、大開口をアピール
ゼストが斬り込むのは、軽の中でももっとも売れ筋の激戦区である「ハイトワゴン」のジャンルである。開拓できればおいしい市場だが、簡単にはいかない。「スズキ・ワゴンR」は日本でいちばん売れているクルマだし、「ダイハツ・ムーヴ」もベストセラー車である。スペース効率、ユーティリティが優れているのは当たり前で、プラスαが求められる。「ライフ」、「ザッツ」では崩せなかった牙城を、なんとか攻略したいという願いが込められている。
その戦術は、奇を衒うことのない正攻法である。大容量、大開口という、実用性をアピールしている。1340ミリの室内高は「ステップワゴン」と同じというが、実際に乗り込んでみるとさすがにあの広々とした感覚とはほど遠い。ただ、人を驚かすに足るスペックであるのは確かだ。最近ホンダがお得意の芸にしている「低床プラットフォーム」が、ここでも威力を発揮している。
低床化は走行性能にも好影響を与えているのか、コーナーでの安定感も申し分ない。ボディの剛性感は、軽としてはかなりの高水準に達している。運転していて、いかにも軽自動車というペラペラした安っぽさに悩まされることはなかった。リアゲートの開口高が1020ミリという数字を考えると、剛性の確保には相当な骨折りがあったはずである。
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完成形に達したハイトワゴン
さすがに3気筒NAエンジンは900キロのボディでも十分とはいえず、遮音性能を上げたとはいっても、スピードを上げると室内は静寂とは言いがたい状況となる。もっとパワーが欲しければ、ゼストスポーツのターボモデルを選べばよいのである。軽自動車に150万円を出すという豪気さを持った人にしかできない芸当ではあるが。
インターナビ装着車のステアリングホイールは新しい「シビック」で採用されたタイプのもので、スポーティなイメージを発散している。インパネまわりのデザインも同様で、子供っぽいと感じる人もいるだろうけれど、ホンダの考えるスタイリッシュさが貫かれている。ここのところホンダはワルめのフロントマスクでアイデンティティを確立しようとしているが、内装もその文法に添ったものだ。
この手のクルマで重視される収納の仕掛けも工夫が凝らされている。グローブボックスが大きいのは当然として、あらゆる隙間にポケットやらフックやらが設けられ、使い切るのに苦労しそうなほどだ。空間を効率的に利用するための知恵が総動員されているのを感じるし、各部の質感にも不満はない。
ある意味、ハイトワゴンは完成形に達してしまっている。新たに劇的な、革命的な事件を出来させることはもはや困難に思える。軽の枠を目一杯使ってスペースを確保することを最優先する限り、残念だが、斬新な思想、革新的な機構を求めるのは、無い物ねだりである。軽自動車をセカンドカーとしてではなく、ファーストカーとしてさまざまな目的に使うというケースが増えているといわれる中で、万能なクルマとしてはとても良い出来なのだと思う。でもそれは、ひとつの選択肢が増えたということ以上ではない。
(文=NAVI鈴木真人/写真=峰昌宏/2006年3月)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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