トヨタ・ノアS(FF/CVT)【試乗記】
スタンダードになったワケ 2005.09.11 試乗記 トヨタ・ノアS(FF/CVT) ……337万6800円 2001年11月から05年8月までに、累計でノアが31万3417台、ヴォクシーは26万2670台、合わせて57万6087台(!)を売った5ナンバーミニバンの王。1種類のボディという意味ではカローラよりスゴい乗用車になった、そのワケは……?普段も扱いやすい
ノア、そしてその姉妹車ヴォクシーこそが、日本のミニバンの中心的存在である。いや、もはやそう表現するのは正しくないのだろう。前口上に書いたように、多彩なバリエーションではなく1種類のボディでもっとも台数を売っているのは、このノア/ヴォクシーなのだ。つまり、もはや日本の乗用車のスタンダードはコレ、とすら言っていいのかもしれない。
都心の編集部をスタートする際に、まず乗ったのがこのノアだったが、裏の細い路地を抜けるだけで、その人気の秘密がわかる気がした。高いアイポジションゆえに視界がとてもよく、ライバルに較べて全長が短かめということもあって、取り回しはとてもラク。純正ナビ付きのクルマならバックモニターだって付いてくる。2リッターエンジンとCVTを組み合わせたパワートレインも、官能的だナンだという言葉とはまったく無縁ではあるものの、低速域からきわめて実直に仕事をしてくれて走りやすい。要するに、単に普段使いするだけでも、下手にカローラセダンを買うより、はるかに扱いやすいのだ、このサイズのミニバンは。
後発にヒケをとらない便利さ
そのうえ、ノアには高いユーティリティ性も備わる。2列目シートは形状こそ平板ながらサイズは十分で、足元もたっぷりしている。3列目はさすがに広々とは言えないものの、それでも足元や頭上には圧迫感はない。シートスライドは実質2段階しかないが、2列目をうまくアジャストしてやれば狭苦しさとは無縁だ。しかも試乗車には、2列目にオプションのマルチ回転シートが付いていた。スライドもリクライニングもタンブルもする2列目シートを回転して3列目と対座させることができる。走行中に使えるわけではないこともあり、ひと頃ほどもてはやされなくなった装備だが、移動するためだけでなく移動したあともクルマで楽しむには、特に犠牲になるものもないだけに、選ぶ意味はありそうだ。
3列目シートは背もたれを前倒ししてから左右に跳ね上げて格納する。シートは重いため跳ね上げるのも、逆に戻すのも結構な力が要る。これをやるのはオトーサンの仕事になりそうだ。ラゲッジ手前側には洗車道具だったり、あるいはゴルフバックやベビーカーまで放り込んでおくことができるフロア下のアンダーボックスが備わる。どうせだったら防水仕様のゴム張りにしてくれればとは思うが、重宝するには違いない。
こうして見ると、最新のライバルに較べれば、さすがに操作のしやすさなど細かな部分で見劣りするところはでてきている感は否めない。けれど、もはや機能的には、このあたりで十分。後発のライバルにそれほど大きな遜色はないとも感じた。
よくも悪くも“意識しない”
むしろ古さを感じたのは走りの洗練度だ。特に車内騒音の大きさ。高速道路に入っても、街なかでの好印象そのままに、4人乗車でもアクセル操作に対する反応が小気味良く、CVTの巧みな制御のおかげもあって、結構活発に走ることができる。しかしそのCVTが高めの回転域をキープしがちなため、室内全体をノイズが満たしてしまうのだ。またブレーキの効きも物足りない。特に初期制動はもう少しカチッと立ち上がってほしい。
とは言え、気になるのはそのぐらいのもの。乗り心地を重視したシャシーは、高いとは言えないだろうボディ剛性とはマッチングが取れていて、破綻のない快適性を示す。その弊害で高速道路のジョイントを超えたあとなど、上下動がゆったりとながら2〜3回残りはするが、それも皆で乗っている時には、ガツガツと突き上げるよりはよっぽどイイ。もちろん、独りで乗っているときはもっとタイトな方が好ましいけれど……。
斬新さではステップワゴンにかなわないし、細かな配慮の行き届きぶりでもセレナに譲るノアだが、不思議と「悪くないじゃん」と思ってしまうのは、おかしな言い方だが、全体にあまり頑張り過ぎていないように感じられるおかげ、のような気がする。眺めて悦に入るようなクルマではないが、全方位にバランスのとれた仕上がりもあって、よくも悪くも自然とクルマのことを意識しなくなる。
そういう意味ではあくまでイイ道具、あるいは生活の伴侶としての色が濃いと言えるわけだ。ニッポン人の生活にとてもよく溶け込んだキャラクターだからこそノアは、それこそひと昔前のカローラのように皆に受け入れられたのだろう。いや、あるいは受け入れられたから、そう思うのか。いずれにせよ、ノアとはそんなクルマではないかと思う。
(文=島下泰久/写真=高橋信宏/2005年9月)

島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
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