ホンダS2000(FR/6MT)【試乗記】
プラス1000回転の価値 2005.08.08 試乗記 ホンダS2000(FR/6MT) ……401万1000円 「S2000」は、リッター125psの高性能エンジンを積むスポーツカーである。メインストリームとはとても言えないが、「ホンダ」にとっては原点とも言えるモデルの魅力を探った。マイナーチェンジの噂
「NSX」が生産中止になるというニュースは、自動車メディアのみならず、一般のマスコミにも大きく取り扱われていた。ちょっと意外だったけれど、なんだかうれしい気分にもなった。生産台数からいったら、「ステップワゴン」のモデルチェンジのほうがよほど大きな記事になってしかるべきだろう。でも、15年前に生産が開始されてわずか1万8000台が販売されたにすぎないクルマの終焉に、新聞やTVはニュース価値を認めた。やはり、スポーツカーというのは特別な存在なのだ。
この「S2000」も、マーケットという尺度で測れば取るに足らないモデルである。しかし、デビューしたのは1999年、ホンダ創立50周年記念ということで、鳴り物入りで登場したのだった。2リッター自然吸気で250馬力を絞り出すエンジンはVTECの究極の姿ともいえ、「エンジンのホンダ」の意地を感じさせる出来だった。剛性の面では不利なオープンにこだわったのは、もちろん「スポーツカーのホンダ」のルーツである、「S500/600/800」を意識しているわけだ。「ミニバンのホンダ」と言われて久しいが、このモデルがあることで原点を忘れずにいることができる。販売台数には還元されない、ホンダにとっての大きな意義が存在しているのだ。
チマタの噂では、この秋にもマイナーチェンジが行われ、現在の北米仕様と同じく2.2リッターエンジンに換えられると言われている。となると、レブリミットの9000rpmまで回しきるという楽しみは、今しか味わえないのかもしれない。後悔しないために、今乗っておこうと思った。
回し切るには根性が必要
今や「ヴィッツ」にも取り入れられているプッシュボタン式エンジンスタートは、当時は物珍しかった。これだけで、スポーツカー気分が盛り上がったものである。こういうクラシカルな演出をする一方でメーターはデジタル方式というのが、ホンダの考えるスポーツカーイメージなのだろうか。エンジンに火を入れるが、アイドリングではさほど大きな音が響いてくるわけではない。爽快なエンジン音を味わうために、屋根を開け放つことにする。左右のフックを外し、ボタンを押すと電動でソフトトップが開いていく。メタルトップのように複雑な機構を必要としないだけあって、わずか6秒でフルオープンとなる。
運転席に座っていると、しばし過去に引きずり戻される。過去ったってわずか6年ばかり前のことにすぎないのだけれど、いかにも古めかしいのだ。それはダッシュボードの質感にも、コクピットの潜り込むような感覚にも感じられる。快適性やラクシュリー、プレミアムなどの要素が、こういったスポーツカーにも当然のように求められているのに、自分自身慣れきっているのに気づく。先入観なしでシートにおさまったら、このクルマに300万円台後半のプライスタグが付けられていると思う人はあまりいないだろう。
もちろん、S2000の価値は、全然別のところにある。カチッとしたシフトフィールを味わいつつクラッチをつなぎ、ともに重々しい感覚のアクセルとステアリングを操作する。この時点でもう、スポーツカーに乗っている、という気分が体中に満ちてくる。横長のメーターの上部が回転数の表示となっており、左からオレンジ色の光が右へと広がってくるとともに、まさに咆哮と呼ぶしかないエンジン音が響きわたる。そろそろレブリミットかな? と思ってシフトアップしようとするが、まだ7000回転ちょっとしか回っていない。最高出力が発生する8300回転までも達していないのだ。
ふだん乗っているクルマは回してせいぜい7000回転というところなので、根性を入れていかないとそのあたりでついシフトアップしたくなってしまう。リミットまで回すには、日常とは違うステージにいることを自分に言い聞かす必要がある。常ではないクルマに乗っているのだと意識すれば、VTECの生み出すドラマを感じながら長く続く加速を味わいきることができるのだ。ただ、実際のところ、本気で9000回転まできっちり回して走ろうと思ったら、サーキットに持ち込むほかはない。3速に入れたとたんに、たとえ高速道路であっても法定速度を超えてしまうことになる。
ドライバーのためのクルマ
モノコックとフレームを組み合わせた構造のシャシーのおかげで、オープンモデルとしては高い剛性を誇り、コーナーでボディがよじれるのを意識することはない。S2000にはVGS(車速応動可変ギアレシオステアリング)を装備するものもあるが、今回乗ったのはノーマルなステアリング形式のモデルだった。それでも、クルマの動きは十分にクイック。大げさにハンドルを回さずとも、コーナーで軽快に向きを変えていく。
当然ながら、乗り心地などは期待してはいけない。路面の凹凸は、ダイレクトに腰へと伝えられる。そして、開け放たれた上方からは盛大に風が舞い込んでくる。ついでに騒音も一緒に侵入する。そもそも、乗り降りだって大変だ。とてもじゃないがデートカーには向かない。
徹底して、ドライバーだけのためのクルマだ。こういうクルマを運転することが心から楽しいと思える人(どんどん少数派になっている)のためには、この上ない快楽をもたらしてくれる夢のマシンだ。選ばれた人のためのクルマなのだ。押し出しを強くするためのガタイの大きさとか、高級感を演出するための豪華装備とか、「スポーツカー」に無縁の要素はS2000には盛り込まれていない。そして、9000回転までしっかりとエンジンを回すことは、きっと「スポーツカー」にとって大事な要素なのだ。もし本当にマイナーチェンジが控えているのだとしたら、今のうちにプラス1000回転を確保しておくことには意味があるのだと思う。
(文=鈴木真人/写真=峰昌宏/2005年7月)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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