スズキ・ワゴンR N-1 FF(4AT)【試乗記】
7人の敵 2002.10.22 試乗記 スズキ・ワゴンR N-1 FF(4AT) ……96.5万円 日本のマイクロ&コンパクトカーの背を軒並み高くしたスズキの傑作車「ワゴンR」。「そろそろモデル末期」との声もあるが、マイナーチェンジが施され、まだまだ健在をアピールする。webCG記者の報告。スライドするリアシート
「絵に描いたようなデキゴトだなァ」と思った。
河口湖付近で、マイナーチェンジが施されたワゴンRの撮影をしていたときのことである。
カメラマンの指示に従って、スタッフがクルマを動かしている。“置き位置”が決まったので、外からレフ板で光を当てようすると、30後半から40代前半だろうか、髪を茶色に染めた奥サマが寄ってきて、助手席側の窓から車内をジックリ観察しはじめた。
「アラ、このクルマ、CDプレイヤーが付いてるわ」と、後から歩いて来た旦那サマに言う。
「オマエのだって付いてるだろう」なんて、ガッシリした体格の男性が応える。
レフ板を当てる手を休めたリポーターに、「コレ、テレビでコマーシャルやってるヤツでしょう?」と奥サマが話しかけてきたので、
「ええ、マイナーチェンジされたんです」と答える。メディアの人間は、プレス試乗会には頻繁に参加するものの、実際のオーナーの方と会話する機会は意外と少ない。そこで、「コレ幸い」とばかりにインタビューを始めた。
−−おクルマは何にお乗りですか?
アレ、と指さしたのは、旦那サマの方だ。
遠くに、ダイハツ・ムーヴが停まっている。
「カスタム。一番いいヤツだ」と胸を張る。
なるほど。奥サマのアシ用、と。典型的な「軽」の使われ方ですな。
−−なんでワゴンRにしなかったんですか?
「カスタム買うときにワゴンRも見たんだけど、アッチは“後”が動かないだろ……」
ビンゴ! 素晴らしい反応にすっかりウレシクなった。新しいワゴンRは、リアシートがスライドするようになったんですよ。
依然、進化中
2002年9月3日、スズキのワゴンRが一部改良された。眼目は、リアシートが左右個別に105mmの幅で前後に調整できるようになったこと。後席乗員の足もとスペースを増大できる。これは「MRワゴン」のリアサスペンションを移植したためで、従来はサスペンションから斜め前に向かってボディに取り付けられていたダンパーを斜め後に傾け、ホイールハウス前の車内への出っ張りをなくして、シートをスライドするフロア幅を確保した。
また、バックレストの肩にあるレバーを引くだけで、ヘッドレストを引き抜くことなく、ほぼフラットなフロアのまま、荷室拡大が可能になったのも新しい。背もたれが倒れるのと並行して後席座面が下方へ沈むようになったのだ。1998年のデビュー以来4年がたつ2代目ワゴンRだが、依然、進化中である。
かつては左側のみリアドアが付く仕様も用意されワゴンRだが、現在は「4枚ヒンジドア+リアゲイト」の5ドアモデルのみ。おとなしい外観の「N-1」と今回加わった「N-1ターボ」、空力パーツを装着した「FMエアロ」とそのターボ版「FTエアロ」の4車種がラインナップされる。最高出力60psのワゴンRターボとは別に、64psターボを積んだモデルは、「ワゴンR RR」としてカタログに載る。
フロントグリルがボディ同色になった「N1」の4ATモデルに乗る。小ぶりなシートはベンチ風で、コラムシフト&足踏み式パーキングブレーキの恩恵で、足もとスッキリ。左右の行き来は簡単。ドライバーが左側から車外に出なければならないときや、助手席側にスリ寄りたい状況のときには便利だろう。
ステアリングホイールはMRワゴンと同意匠になった。センターコンソールの配置では、空調用ダイヤルよりオーディオ類(CDプレイヤー一体型ラジオが標準)が上に置かれるようになり、上面のトレイにフタと「インパネアッパーボックス」という名前が付けられたのが改良点だ。
先攻から後攻へ
ワゴンR N-1は、「VVT(Variable Valve Timing)」こと可変バルブタイミング機構を備えた0.66リッター直列3気筒DOHC12バルブを搭載する。最高出力54ps/6500rpm、最大トルク6.4kgm/3500rpmのアウトプットは従来と変わらないが、オートマチックトランスミッションの効率改善により、カタログ燃費が19.0km/リッターから19.8km/リッターに向上した。ちなみに、FFの4AT車は、★3ツの「超-低排出ガス」認定を受けたうえ、「グリーン税制」にも適合するので、2003年3月31日までは、自動車取得税が9000円安くなる。
NA(自然吸気)エンジンのN-1は、もちろん、とりたてて速くはないが、820kgのボディには必要十分の動力性能。白いワゴンRが、河口湖周辺をトコトコと行く
試乗会の基点に戻って、スズキのエンジニアや営業、商品企画担当の方にお話をうかがった。
日本車に一般的な「代替わり4年」の周期をあてはめるなら、もうモデル末期といっていいワゴンRだが、いまだ堅調に売れ続けている。「素直に喜んでいいのか……」とスズキのヒトは苦笑いしながら、終わりの見えない平成不況の影響で、「買い足し」や「乗り換え」より、むしろ上級車種からの移行が目立つ、と説明してくださった。姉妹車「MRワゴン」は、OEM供給車「日産モコ」との“棲み分け”がうまく機能して、スズキ、日産ブランドとも好調だし、“オシャレ軽”とでもいうべき「ラパン」は、若い女性を中心とした新しい顧客層の開拓に成功した。
さすがにスズキは商売上手だなァ、と感心していると、
「ところで……」と、逆にわれわれが質問された。
「三菱さんのekワゴンはどうですか? ターボも出たようですが……」
「ekスポーツ」のプレス試乗会に参加したばかりのwebCGオオサワ青年が、「ハンドリングはなかなか……」と口を滑らせると、メモを手にした営業企画担当の表情が厳しくなった。
ひとしきりekワゴン&ターボのハナシが弾んだ(?)後、撮影時に遇ったご夫婦の話題を持ち出して、「後席に関してはダイハツ・ムーブと互角になりましたね」とリポーターが場をなごませようとすると、
「いやいや、アチラは間もなく新型が出ますから」と、スズキスタッフの表情は、ますますもって厳しくなるのであった……。
初代“背の高い軽”対決では先攻だったスズキだが、3代目は後攻にまわる。次々と現われるライバル、そして車両本体価格では大きな差がなくなった小型車の攻勢。スズキの大黒柱「ワゴンR」は、まさに7人の敵に囲まれているのである。
(文=webCGアオキ/写真=難波ケンジ/2002年10月)
追補:2002年10月15日、ダイハツの3代目ムーヴがデビューした。発表会場に赴いたwebCG取材班によると、来客者のなかにデジカメとメモ帳を手にした一団がいたという。いうまでもなくスズキのスタッフで、「場の雰囲気とかけ離れて真剣で、ちょっと近寄りがたい感じだった」とは、webCGオオサワの弁。

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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