第47回:「飲んだら乗るな!」が身にしみる怖い映画 − 『キング・オブ・マンハッタン −危険な賭け−』
2013.03.13 読んでますカー、観てますカー第47回:「飲んだら乗るな!」が身にしみる怖い映画 『キング・オブ・マンハッタン −危険な賭け−』
マンハッタンでマイバッハに乗る
免許証の更新に行くと、“事故を起こすとこんな悲惨なことになりますよ”と教える啓蒙(けいもう)映画を見せられる。ドキュメンタリーが多いが、中にはドラマ仕立てのものもある。わざとらしい演技とチープな作りがなかなか味わい深いのだが、正直言って眠くなる。教育効果を高めるためには、思い切ってこの映画を上映するといいのではないか。『キング・オブ・マンハッタン』は、成功した富豪が交通事故を起こしたことで窮地に陥っていく物語だ。
ロバート・ミラーは投資会社の経営者で、雑誌『フォーブス』の表紙を飾るほどの大物だ。演じるのはリチャード・ギア。彼ももう63歳になった。『アメリカン・ジゴロ』や『愛と青春の旅だち』で色気を振りまいたのは、30年以上も前のことだ。最近は犬大好き老人の役をやったりしていて、枯れてしまったのかと心配した。大丈夫、ギラギラした男がまだまだ似合う。「世界は5つの文字で回っている。M-O-N-E-Y、金だ」なんていうセリフがハマっていた。
映画の中で彼が着るスーツは、すべてブリオーニが提供している。富裕層にふさわしい装いだ。マンハッタンを移動するときは、「マイバッハ」のリアシートでくつろぐ。仕事のデキる男は、プライベートも充実している。誕生日には、家族がバースデーケーキで祝ってくれる。「君たちが私の一番の業績だ」とスピーチする姿は、慈愛にあふれた良き夫であり、良き父だ。とは言っても、器の大きい男は家庭の中には収まりきらない。もちろん、愛人がいる。ギャラリーのオーナーを任せているジュリー(レティシア・カスタ)だ。
飲酒運転で横転事故
順風満帆、幸福のただ中にいるようだが、ロバートは大きな問題を抱えていた。ロシアの銅山への投資が失敗し、巨額の損失を出していたのだ。監査をごまかすために友人から借りていた4億ドルあまりも、早期の返済を迫られている。事態を打開するために会社の売却をもくろむが、交渉相手である銀行の代表は姿をくらましてしまう。
行き詰まった時は、愛人のもとで安らぎを感じたい。しかし、折あしく絵画展のオープニングパーティーに大遅刻してしまい、ジュリーにヘソを曲げられてしまう。こういう時こそ優しさを見せておかなくては、関係は修復できなくなってしまうだろう。深夜、ジュリーの家を訪ね、これから2人で別荘へ行こうと誘った。ジュリーのクルマの運転席に座るのはロバートだ。連日の激務で疲労の極に達しているし、酒も飲んでいる。次第にまぶたが下がり、甘い夢の中に落ちていった瞬間、クルマは側壁に接触して横転する。
助手席を見ると、ジュリーは目を見開いたまま動かない。ロバートはケガをしながらもなんとか脱出するが、直後にクルマは爆発炎上してしまう。過失致死の罪に問われるのは間違いない。発覚すれば、会社の売却も頓挫するだろう。ロバートは事実を隠蔽(いんぺい)するために、必死の工作を開始する。しかし、追及の手が迫ってきた。事件を担当するフライヤー刑事(ティム・ロス)は彼を疑っているし、妻のエレン(スーザン・サランドン)も何かに気づいているようだ。頼れる人間はひとりもいない。
愛人には安全なクルマを
ジュリーのクルマというのが、「メルセデス・ベンツ」の「W123」だった。今も語り継がれる名車だが、30年も昔のクルマである。社用車のマイバッハを乗り回す男が、なぜ愛人にもっと新しいクルマを与えなかったのか。最新のモデルであれば、レーンキーピングの機能が付いていて、車線から外れたことを音や振動で警告してくれたはずだ。エアバッグなどのパッシブセーフティーだって、80年代と比べればはるかに進歩している。
最近は試乗するクルマに自動ブレーキや自動追随式のクルーズコントロールが装備されていることが多い。前のクルマに近づきすぎると、大きな音が鳴って厳しく戒められる。不安定な運転が続くと、ドライバーが披露しているとクルマが判断し、休憩を促されることさえある。実を言うと、少々煩わしく思ったりもするのだが、事故を減らすためには大切な機能なのだ。もし愛人を持つようなことがあれば、安全装備の充実したクルマを買ってあげることをオススメする。
最初に“更新の時この映画を上映するといい“と書いたが、よく考えるとそれはマズいかもしれない。解釈にもよるが、思ったほど悲惨な結末にはならないのだ。全編に漂うスタイリッシュな空気も、説教くさい因果応報の物語になっていない理由だ。監督は、これがデビュー作となるニコラス・ジャレッキー。クルマを運転するシーンなどで、奇妙なBGMの入れ方に既視感があると思ったら、音楽担当は『ドライヴ』のクリフ・マルティネスだった。おしゃれ映画になるわけである。不意打ちともいうべきエンディングソングも楽しみにしてほしい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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