日産シルフィ G(FF/CVT)【試乗記】
佳き時代のセダン 2013.03.06 試乗記 日産シルフィ G(FF/CVT)……238万9800円
日本におけるコアターゲットは「60代の、妻とふたり暮らしの男性」。長年セダンを乗り継いできた熱心なオーナーへ向け、日産がささげる「アガリの一台」は、どのようなクルマに仕上がっているのか。
幸せってなんだっけ?
某日の朝6時50分頃、私は新型「シルフィ G」、238万9800円のステアリングを握って、都心へと向かう渋滞ラッシュのなかにいた。でもって、文化放送の「吉田照美ソコダイジナトコ」を聞いていた。日本柔道女子代表監督辞意のニュースが駆け巡った日で、体罰は脳を萎縮させるという医学データがある、という話を出演者のドクター某(なにがし)がしていた。新型シルフィの室内はたいへん静かで、ラジオを聞くには好適な環境であった。意外なのは、乗り心地が硬めなことで、やっぱりファームなんだなぁ、という感慨があった。といって硬すぎるわけではなくて、タイヤのゴツゴツ感はまるでなく、これぞ、走りのニッサン! と膝をうつファンもいらっしゃることだろう。
ファミリーカーながらステアリングは正確で、ハンドリングはスポーティーといってよかった。いっときハンドリング世界一を目指した日産の面目躍如ではあるまいか。機械面での不満をあえてあげるとすれば、エンジンが凡庸なことだろう。新開発の1.8リッター直4DOHCは、最高出力131ps/6000rpm、最大トルク17.7kgm/3600rpmを発生するロングストロークの実用タイプで、無段変速機(CVT)と組み合わされる。CVTはエンジン回転を低めに制御して燃費を稼ぎつつ、アクセルの開閉に合わせた加速フィールをうまくつくり出していて、CVTゆえの違和感は微塵もない。だからこそ、である。足まわりとの関係でもって、自動車の魂であるエンジンにもうちょっとスポーティーな香りがあったりしたら、よりいっそう魅力的なsylph(「ほっそりした優美な少女」の意)になるのではないか? 新型シルフィは新型でありながら、少なくとも少女という感じはない。どっちかというと、おばさんである。
ないものねだりであるやも知れぬ。少女もいずれおばさんになることを、私も知っている。ひとによっては、具体的にはキャンディーズのランちゃんかミキちゃんかスーちゃんであるが、フツウのおばさんになりたい、といっときは思ったのである。平凡であることが幸福を意味したりもする。新型シルフィに乗っていると、幸せってなんだっけ、と思うのだった。
ターゲットは世界中の「サザエさん」
ポン酢しょうゆのあるウチさ。冬の夜、家族で鍋を囲む。親兄弟がいて、祖母や祖父がいて、笑顔がはじける。それはもはや昭和の光景であるかもしれない。日本のモータリゼーションは、「日産サニー」と「トヨタ・カローラ」が発売された1966年から本格化した。唐突ながら、もしも波野ノリスケが当時、日産シルフィの新車を月賦で買ったりしたら、フグ田マスオは、「ノリスケくん、いいクルマ、買ったねぇ」とうらやむことしきり。サザエもカツオもワカメもタラちゃんも、「今度、ドライブに連れていって」と懇願したに違いない。
平成の御代でありながら、昭和の家族を演じ続けているテレビのサザエさんであるが(タラちゃんもワカメもアップになるとシワだらけ、という4コマ漫画を江口寿史が描いてから、はや幾歳月が流れただろう)、世界にはいま、高度経済成長期を迎えている国々があって、新型シルフィはそれらセダンがメインの、中国やタイや南米向けに開発された日産のグローバル戦略車、平成のサニーなのである。かの国々のノリスケやマスオやサザエやカツオやワカメやタラちゃんが、ま、カツオ以下はまだ免許もないわけだけれど、手が届き始めたマイカーとして考える選択肢のうちの一台なのであります。
だからなのだろうか、新型シルフィにはわが日本の高度経済成長期にあった幸せが、いまもつまっているように私には思われる。見よ、そのゴージャス感あふれるクロムグリルを。LEDを採用した最新流行のヘッドライトとテールランプを。抑揚のあるボディーは間違いなく、日産の最高級車「フーガ」、あるいは日産の高級ブランド、インフィニティの最新作たる「Q50」(次期「スカイライン」)との近似性を感じさせる。それはつまり、日産のヒエラルキーの底辺であることを示唆しているわけだけれど、その一方で、これで十分、とオーナーに思わせる説得力を漂わせている、と私は思うのである。
身の丈にあう心地よさ
インテリアは木目調パネル等で、建売住宅っぽいモダンな印象を与えるわけだけれど、マイカー、マイホーム、それこそが幸せであると感じる人のためのクルマである。私もそのひとりなのである。身の丈にあった感じがして、居心地がいいのである。この木目調プラスチックを本物のウォルナットパネルに換え、10万円値上げしたところで、「これぞ本物だ!」と喜ぶ粋人がいたら教えていただきたい。
後席、とくにレッグルームは日産が自慢するだけあって、ものすごく広い。これは先代「ブルーバード シルフィ」から引き継いだものだ。有効室内長(前席のトーボードから後席ヒップポイントまでの長さ)は、1クラス上の「ティアナ」よりも広いらしい。ホイールベースは先代と同じ2700mmながら、全幅が65mm広げられたことも効いている。カツオとワカメとタラちゃんの3人が座っても楽々であろう。なにしろ子どもだし。
仮の話ばかりで恐縮ながら、1980年代に「行革の鬼」といわれた土光敏夫がいまも生きていて、黒塗りにして公用車として使ったらいいのでは、と思うくらい広い。シートバックがやや寝過ぎであることは確かだが、土光さんは喜んで座ってくれるに違いない。「シルフィの土光さん」とマスコミは間違いなく書くだろう。ハイブリッドすら選ばないその質素な生活ぶり。新型シルフィは「清廉潔白」な人柄を感じさせるのである。かのファームな足まわりと平凡なるエンジン、正確なステアリングからなる実直ぶりゆえである。
往年の日産車の美点を受け継ぐ佳作
今回試乗したモデルは冒頭記したように238万9800円。ナビやバックビューモニター等、プラス約30万円のセットオプションが装着されている。これ以上運転に必要な装備は、事実上ないといってさしつかえない。
結論である。伝統的かつ普遍的な価値観に基づいたハードウエアのできばえは、「技術の日産」の美点がよく出ている。比較的コンパクトなセダンが欲しい日産ファンの人、全員に薦められます。佳作です。日本が最も得意とする、安くていいものをつくる、というポスト工業化社会以前のやり方に徹していて、そこがいい。幸福な時代を思い出させてくれるのである。
蛇足ながら、そのむかし、「パルサー」ベースのスカイラインズ・ミニとか「ローレル」のグリルをつけた「サニー」とかがあった。新型シルフィは、日産のそれら小さな高級車の試みの系譜に連なってもいる。日本市場におけるターゲットカスタマー、と広報資料にあるのをご紹介しますと、「62歳、男性で、妻とふたり暮らし。子どもは独立していて、定年退職後、書道教室を開いている」。幸せそうである。
(文=今尾直樹/写真=荒川正幸)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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