三菱ミラージュM(FF/CVT)【試乗記】
軽さは万物に効く 2012.09.03 試乗記 三菱ミラージュM(FF/CVT)……118万8000円
「低燃費」「低価格」「扱いやすさ」をテーマに、懐かしい車名が復活した。新興国ではエントリーカーの役目を負う新型「ミラージュ」が、ここ“飽食のマーケット”ではどう映ったか?
熟成技術の集大成
新型「ミラージュ」は、グローバルコンパクトカーであることを明確に打ち出す内容で登場した。車種は1リッター3気筒エンジンにCVTの組み合わせのみに絞られ、生産拠点はタイに置かれる。「日産マーチ」などと同じく、日本では輸入車として扱われることになる。
もっとも、設計開発そのものは日本で行われ、クラストップの27.2km/リッターの好燃費をほこる。ハイブリッドなど特記すべき機構は採用されておらず、空力特性を向上させるなど、これまでの技術の集大成的な成り立ちとなる。象徴的な数字を拾えば、870kgという車両重量は見事だ。
従来、このクラスの相場は1トンを切る程度だった。軽量であることが、燃費だけでなく運動性能全般にも好結果をもたらすことは言うまでもない。アルミや樹脂などの材料に頼るのではなく、鉄鋼板を使った構成ゆえに、技術水準の高さを知らしめる。
そのターゲットユーザーには、唐沢寿明のテレビCMでもおなじみのように、主として女性が想定されているようだ。徹底した乗りやすさに主眼を置きながら、低燃費などのエコ性能はユーザーが知らないうちに備わっているというわけである。
予備知識をあまり持たずに、早速路上に出てみよう。ミラージュは低価格であることも魅力のひとつで、ベース車両は100万円を切る。室内に豪華な部分は見られないが、だからこそ簡素にしてすっきり整理された合目的性が伺える。
かといって、安ければイイ的な割り切りは見られない。ステアリングのチルト機構やドアミラー電動格納はもちろん、駐車時にドアミラーを折り畳んだことを忘れて動きだしても30km/hになると自動で展開する装置まで付いているし、メーター内にはエンジン回転計さえ備わる。
シートクッションは薄めながら、表面にソフトな部分が少しあって、その奥にはしっかりホールドしてくれる芯の硬さもある。サイズは小ぶりながら、窮屈な感じはしないし、形状はツボをよく押さえており、ランバーサポート調整などなくとも腰の部分に隙間はできない。
一方、前方の眺めは良好である。最近の妙に空力を意識したウインドスクリーンの傾斜や距離感は気にならず、昔の良き時代を思わせる比較的立ち気味のAピラーにも好感がもてる。上体を屈(かが)めればボンネットの端が少し見え、前方直下の路面に対する見切りもイイ。
「微細なチューニング」はコストの敵?
エンジンの印象も良い。3気筒ゆえのアイドル振動や音は意識しなければ判別できない程度だ。走りだすと有り余るパワー感こそないものの、身軽な印象はここでも光る。
また、CVTは変速ショックというものがないため、加速は至って滑らかではあるが、体がグーンとのけ反るような加速感もないから、とかく遅く感じがち。だが、周囲のクルマと比較すれば、1リッターという排気量を過小評価する必要がないことがわかるはずだ。タコメーターを注視していれば、早い段階でギア比を速い領域に追い込み、エンジン回転の下がる様子が見てとれる。動力性能としては過不足なしと言えるだろう。
気になるのはステアリングの操舵(そうだ)感だ。すえ切りでの軽い操舵力をうたい文句にしているが、電動モーターによるアシスト量は適正としても、回す際のイナーシャ(慣性)が大きい。右から左、そしてまた右、というふうにステアリングを切る方向が変わる瞬間の重さは邪魔だ。
また、その復元性が弱いというか、微速でも、あるいはある程度速度を上げていっても、ステアリングの戻りがほとんど期待できない点には違和感を覚えた。街角を曲がるような時でも、直進に戻る際にステアリングから手を放してみると、切れっ放しのままなのだ。切ったものは自分で戻すという習慣をつけてしまえば問題ないが、それは一般的ではない。路面からの反力感は、今どんな路面状況にあるかということを判断するのにも必要だ。
想像するに、最近のクルマ造りはパーツやコンポーネントを手配するだけで、それらがうまく作動してくれるかどうかまでは確認するものの、操作感の良しあしのような微細なチューニングまでは十分に行われていないのでは、という例が他社にも見受けられる。270kPaという比較的高圧なタイヤ空気圧も、165サイズという細めのタイヤを採用したところも、「高度な技術判断によるもの」と推察したものの、この復元性のなさには少々がっかり。量産が進むに従って改善されていくだろう、と期待したい。
余談ではあるが、部品の個々の性能というものは、合わなければ加減調整することができる。しかし全体のマッチングとなると、サスペンションジオメトリー(幾何学的位置関係)までいじる必要があり、そこまで実験して詰めるには時間工数もかかる。ユーザーにとってはぜひやってもらいたい事柄ながら、部品代は同じで、製品価格に反映しづらいから、メーカーとしては開発費を削減したいところ、という推測は成り立つ。そうなると、実験なしで一発で決めるには開発責任者の豊富な過去の経験だけが頼りとなる。
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ソツなくまとまる
少々話題を膨らませ過ぎたかもしれない。新型ミラージュはステアリングの復元性の件を除けば、他に気になる点は見当たらない。165/65R14という細めのタイヤサイズも正解。何といっても前輪の切れ角を大きく確保でき、回転半径を小さくできるからだ。実際に回転半径は4.4mと小さい。さらに車両重量の軽さは操縦性の面でも有利に働き、ことさらグリップ力の高い太いタイヤを要求しない。
また、バネやスタビライザーを硬めに設定しないのも正解で、その乗り心地に高圧設定のタイヤの悪い点は見当たらない。タイヤの変形が少ないと、車両全体のダンピングもよく感じられるものだ。すっきりシャッキリした身軽な車体の動きは、多少荒れた不整路面でも気にせずに走破できる。
交差点で止まればアイドルストップが効き、静粛さを取り戻すけれども、エンジン停止から再始動に際してのストレスもほとんどない。3気筒エンジンを採用する小型車は最近では珍しくなくなったが、その中でもミラージュの静粛性は優秀。さすがに価格相応なところはあるものの、今度のミラージュは小型実用車の群雄割拠時代にあって、「マーチ」「フィット」「デミオ」「ヴィッツ」などと熾烈(しれつ)な戦いを展開するだろう。
ところで、この日は展示のみで試乗車は用意されていなかったが、一番気になったのは、実は最も安価な「E」というベース車両だった。メッキナットの鉄板ホイールを装着してホイールキャップもなし、というシンプルな外観も好感が持てた。この軽さで、もしマニュアルギアボックスと組み合わさったら面白そうだ。販売に余裕ができたら、ぜひスポーツモデルとしての追加を所望したい。
エンジンはこのままでいい。ステアリングのアシストも要らない。運転が好きでサイフの軽いユーザーは若者だけに限らない。われわれシニアだって、高価なスポーツカーより安くて楽しめるクルマを欲している。
(文=笹目二朗/写真=小林俊樹)
