シトロエンDS5シック(FF/6AT)【試乗記】
完全無欠のクロスオーバー 2012.07.22 試乗記 シトロエンDS5シック(FF/6AT)……445万円
スタイリングと実用性の類いまれなる融合例(!?)として目下話題の「シトロエンDS5」。見てよし、触れてよしの希代のクロスオーバーは、どんな走りの後味を残すのか。
実用車なのにカッコいい
それにしてもカッコいいクルマをつくったもんだ、「シトロエンDS5」。「DS〜」という、シトロエンがプレミアムラインにつける車名自体は、かつてのDSが偉大すぎて「安売りするんじゃねー!」と思わないでもないけれど、DS登場から60年弱、生産中止から40年弱、あの素晴らしきヘンテコリンにこだわっていてもしかたないし、シトロエンが使うと決めたんなら支持しよう。
いやカッコいいクルマなら他にいくらでもあるが、実用性を損なわずにカッコいいとなるとだいぶ狭まってくる。DS5は「C4」から派生したミニバン「C4ピカソ」のプラットフォームを使ってつくられている。4ドアで、全高は1510mm。これは少し大きめの実用車のディメンションだ。
そして、前席はもちろん、後席も大人3人が無理なく長時間を過ごすことができる。当然2人ならより快適だ。にもかかわらず、厚みのあるボディーに小さなキャビンを載せていて、スポーティーなハッチバックにも見えるし、クーペにも見える。見ようによっては低いミニバンにも見える。シルエットを強調するためにAピラーだけボディー同色とし、残るピラーはすべてブラックアウトされている。デザイナーのやりたい放題だが、低く、尖(とが)っていないとカッコいいのができないわけではないことの証明になっている。
そして、ここからがDS5の真骨頂。美しいフォルムのボディーのあちこちにクロムのパネルを貼った。おおかた貼り終えてまだ余っていたのか、ヘッドライト上端からドアミラーの辺りまで、シトロエンが「サーベルライン」と呼ぶ、女性のやりすぎた眉毛みたいなクロムを大胆に配置している。また、ボディーサイドに複雑なプレスラインを施し、まるで成形技術の見本市のよう。
結果、DS5以外の何者でもないという存在感が生まれた。よそが絶対やんない、できないノリだ。性能がどれも似通ってきた現代のクルマは、認識率を高めるべくヘッドライトやフロントルグリルの形状で試行錯誤しているが、サーベルラインはその新たな潮流になるかもしれない。いや、ならないか。日本やドイツのメーカーがやったら大けがしそうだ。
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ハマったら抜けられないシトロエンワールド
室内もまったく同じノリだ。苦労して苦労して日本仕様にもカーナビが付くようにしたんだから、オーディオなんか絶対に交換させないぞ、という決意が込められた一体型のセンターパネル。非常に凝ったデザインだ。
ATセレクターの後ろには、毎日乗ってもどれがどの機能かわかるのに数週間はかかるであろう6つのスイッチ(ウィンドウ、ロック/アンロックの操作)が配置される。さらにルーフにも同様のスイッチが6つ並ぶ(3分割されたサンルーフのそれぞれ開閉やヘッドアップディスプレイの操作)。
メーターパネルも複雑で、スピードはパネルセンターにデジタルとアナログで表示されるほか、ヘッドアップディスプレイでも確認できる。しつこい。ヘッドアップディスプレイは格納できる。多分、ヘッドアップディスプレイを表示させるスイッチの場所がわかるのに数週間、ディスプレイそのものに飽きるまで数週間、そのうち忘れて何年間か過ぎるだろう。
ただし、これまでのフランス車の経験からすると、慣れればすべての操作系をブラインド操作できるようになるはずだ。そして、それができるようになった頃には、これじゃないと嫌だというくらいに気に入っているはず。日本でフランス車に乗る人は“変わり者”だが、彼らの多くは次もフランス車に乗る。半分くらいはずーっとフランス車に乗り続ける。とっつきにくいが、慣れてしまったら抜けられない。反対に、向かない人は一生向かない。
だからこの盛りだくさんのスイッチ類を批判するつもりは毛頭ない。こういうのを望む人のためのシトロエンだ。わかりやすいのがよければ、お近くのフォルクスワーゲンディーラーへどうぞ。シトロエンはデザインのために多少のとっつきにくさを受け入れるどころか、進んでそういうのを望む人のためにある。庭で洗車していると、近所の人に「変わったクルマにお乗りですね」と声をかけられることに無上の喜びを感じる人のためのブランドなのだ。どちらが人生を豊かにしてくれるかは人それぞれ。だからクルマは面白い。クルマから離れてしまった、あるいは一度も近づいてこない若者がかわいそうだ。
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フランス版家族のクルマ
話をDS5に戻そう。端的に言って、走りは普通。パワーにもハンドリングにも特に際立ったものはない。PSAプジョーシトロエンの各車や「MINI」シリーズに広く採用され、実用エンジンとして定評がある型式名「5F02」(シトロエンの場合)の1.6リッター直噴ターボは、最大トルクだけでなく、実用域でのトルクが太いので、どこからでもまあまあ鋭い加速をするが、ドラマはない。マニュアルモードにして自分でギアをコントロールする意味はあまりない。
いや、そもそも歴代シトロエンが、エンジンを理由に選ばれたことがあっただろうか。エンジンにはあくまで黒子として実直に仕事をさせればよいというのが、シトロエンの昔からの主張だ。効率のよいエンジンだが、車重は1550kgあり、アイドリングストップも付いていないから、燃費はそれなりだろう。アイドリングストップしてくれたらなぁ。
面白いことに、同じエンジンを積む「DS4」はロボタイズドMTの6段EGSが採用されるのに対し、DS5はより一般的な6段AT(アイシン製)が採用された。クルマの性格によって変えているわけではなく、単に6段ATのほうが高価なのだろう。
山道を走らせてみると、同じプラットフォームを用いるC4ピカソに比べると、ファームなボディーだなという印象。足まわりも一般的にシトロエンと聞いて多くの人が思い浮かべるよりも硬いのだが、ボディーが堅固なので、足がよく動いていて、不快ではない。
試乗したモデルにはオプションで45万円高となるクラブレザー仕様のシートがついていたが、腕時計のベルト風のデザインが、アバンギャルドな車体のデザインにマッチしている。座り心地は快適だ。
本国には2リッターターボディーゼル・ハイブリッドなんてすてきなパワートレインがあるのだが、その大トルクをも受け止めるよう設計されているのだから、ボディーの好印象も当然なのかもしれない。ディーゼルハイブリッドは将来日本に導入されるか? されないことはないと思うが、されるとしてもはるか先のことだろう。絶対プジョーが先だろうし。
要するに、DS5はボディーを外から見て満足し、乗り込んでインテリアの仕上がりに満足し、「走る・曲がる・止まる」に納得できるクルマだ。DS4以前には消化しきれなかったぶっ飛びデザインをものにしたと思う。シトロエンは「リアシートに座る家族のためにドライブしたい」と思えるクルマを作ったという。これが日本車だと「なんとか煌バージョン」になるわけだが、シトロエンだとこうなる。こっちのほうがよっぽど煌(きら)めいているじゃないか。
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400万円からという価格はちょっと高く思えるが、長く乗れば年あたりのコストは下げられる。シトロエンについて書くと好きすぎて素直に褒められないのだが、DS5は最近のシトロエンでは出色の出来であることは間違いない。
最後に豆情報。DSシリーズはこれで打ち止めではない。ホイールベース3mを超えるコンセプトカーの「Numéro 9(Number 9)」の市販版がそのうち出るはずだ。「C6」の日本での販売が終了して寂しい思いをしている人は、DSシリーズのフラッグシップがDSいくつになるのか予想しながら発売を待とう。
(文=塩見智/写真=高橋信宏)

塩見 智
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