第253回:【Movie】ダチアと左官屋さんが運んできた「新しいヨーロッパ」
2012.07.13 マッキナ あらモーダ!第253回:【Movie】ダチアと左官屋さんが運んできた「新しいヨーロッパ」
わが家の上の左官屋さん
11年前、シエナ旧市街のアパルタメントに引っ越したときのことだ。上階にはルーマニア人の左官屋さん兄弟が住んでいた。故郷に家族を残し、イタリア人の親方のもとで出稼ぎとして働いていた。
ルーマニア語は東欧では珍しく、イタリア語と同じロマン諸語である。コミュニケーションが比較的容易なため、多くのルーマニア人がイタリアの建設現場に働き口を求めてやって来るのだ。
あるとき、ボクがイタリアにおける外国人事情ということで彼らを取材しようとしたら、「まだ滞在許可証の申請中だから」と及び腰な返事が返ってきた。ちなみにその頃、彼らはイタリア人から「エクストラコム二ターリ(EU域外人)」と呼ばれていた。彼らの家では、年に数回祭りを開くらしく、エキゾチックな民族音楽が聞こえてきたものだ。しかししばらくして、彼らはわが家の上階から姿を消した。
突然ローコストカー
話は変わって、2012年5月中旬のことだ。ショパンの恋人だったことで有名な作家ジョルジュ・サンドが暮らしたフランス中部アンドル県を旅するべく、ボクはパリのオルリー空港でレンタカーを借りることにした。
普段は最低価格のレンタカーを借りるボクだが、このときは若干長距離、かつ荷物がかさむこともあり、最低からもうひとつ上のグレードを選んで予約しておいた。当日用意されていたクルマはダチアの「サンデロ ステップウェイ」であった。ご存じの読者も多いと思うが、ダチアとはルノーのローコストブランドである。今や世界各地の工場で作られているが、もともとの本拠地はルーマニアだ。
「サンデロ」はひと足先に投入された「ローガン」同様、フランスのルノー・テクニカルセンターで開発が行われ、2007年に登場したモデルである。プラットフォームは「ルノー・クリオ」(日本名:ルーテシア)やローガンなどと同じ「B0」といわれるもので、ルーマニア、ブラジル、ロシアなどの工場で生産されている。今回借りることになった「ステップウェイ」はブラジルで2008年に発表されたサンデロの派生車種だ。ノーマル仕様と同じFF車でありながら、SUVルックをまとっている。
立派になったが……
最低グレードでも「フォルクスワーゲン・ポロ」が当たるときもあるだけに、実を言うと「おいおい、レンタカー会社独自のグレード分けとはいえ、ひとつ上でダチアかよ」というのが、キーを渡されたときの正直な気持ちだった。
唯一の慰めは、燃費のよいディーゼル仕様の1.5dCi(88hp)であったことだった。ともかく、キリスト昇天祭の祝日に合わせてプチ休暇に向かうフランス人ドライバーたちにもまれながら、まずはオルレアン方面に向かって南下する。するとどうだ。ボディーの剛性感はドイツ系コンパクトプレミアムには及ばぬものの、例えば10年前のルノー・クリオより明らかに優れているではないか。制限速度130km/hのオートルート巡航も無理なくこなし、そのトルクにより、追い越し加速も他車に互して十分安全に行える。
それでいて、一般的に高いディーゼル仕様にもかかわらず、価格は1万2000ユーロちょっとだ。パワーウィンドウやリモコンキーといったものも標準である。わずか十数年前の格安イタリア車に、ラジオはおろか助手席側ドアミラーさえ付いていなかったのと雲泥の差だ。
先進国の産業空洞化という負の事実は百も承知だが、新興工業国の安い労働力のたまものである。ダチアが2011年に欧州で26万台以上も登録された背景が、おのずとわかってくる。日本の自動車雑誌ばかり読んでいては見えてこない事実だ。
唯一の心配は、サンデロの前身、ローガンよりかなり立派になったことである。捨て身ともいえるムダな経費切り詰めを標榜(ひょうぼう)して開業したディスカウントストアが、年とともに初心を忘れ、より見栄えよく、収益率の高い既存店舗に変身してしまうことはよくあることだ。
ダチアをコントロールするルノーには、かつて戦後大衆車史に残る「4(キャトル)」を生んだメーカーであることを忘れないでいてほしい。
人もクルマも新時代
冒頭のルーマニア人左官屋さんに話を戻そう。少し前、兄弟の兄貴に街でばったり再会した。聞けば、彼らはイタリア人親方のもとから独立していた。家族もルーマニアから呼び寄せ、今やみんなで郊外の広い家に住んでいるのだという。何より彼らの国は今や欧州連合のメンバー(2007年加盟)だ。兄貴の顔には、滞在許可証申請中だったときのおびえはなく、もはやイタリア人と同じEU圏国民になった自信にあふれていた。
人もクルマも過去の“ヨーロッパ感”では語れない時代。立派になったダチアと、兄貴の笑顔が重なった。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
「ダチア・サンデロ ステップウェイ」に試乗(前編)
「ダチア・サンデロ ステップウェイ」に試乗(後編)
(撮影と編集=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第944回:こんな自動車生活は最後かもしれない ―ある修理工場で考えたこと― 2026.1.15 いつもお世話になっている“街のクルマ屋さん”で、「シトロエン・メアリ」をさかなにクルマ談議に花が咲く。そんな生活を楽しめるのも、今が最後かもしれない。クルマを取り巻く環境の変化に感じた一抹の寂しさを、イタリア在住の大矢アキオが語る。
-
第943回:スバルとマツダ、イタリアでの意外なステータス感 2026.1.8 日本では、数ある自動車メーカーのひとつといった感覚のスバルとマツダだが、実はイタリアでは、根強いファンを抱える“ひとつ上のブランド”となっていた! 現地在住の大矢アキオが、イタリアにおけるスバルとマツダのブランド力を語る。
-
第942回:「デメオ劇場」は続いていた! 前ルノーCEOの功績と近況 2025.12.25 長年にわたり欧州の自動車メーカーで辣腕(らつわん)を振るい、2025年9月に高級ブランドグループのCEOに転身したルカ・デメオ氏。読者諸氏のあいだでも親しまれていたであろう重鎮の近況を、ルノー時代の功績とともに、欧州在住の大矢アキオ氏が解説する。
-
第941回:イタルデザインが米企業の傘下に! トリノ激動の一年を振り返る 2025.12.18 デザイン開発会社のイタルデザインが、米IT企業の傘下に! 歴史ある企業やブランドの売却・買収に、フィアットによるミラフィオーリの改修開始と、2025年も大いに揺れ動いたトリノ。“自動車の街”の今と未来を、イタリア在住の大矢アキオが語る。
-
第940回:宮川秀之氏を悼む ―在イタリア日本人の誇るべき先達― 2025.12.11 イタリアを拠点に実業家として活躍し、かのイタルデザインの設立にも貢献した宮川秀之氏が逝去。日本とイタリアの架け橋となり、美しいイタリアンデザインを日本に広めた故人の功績を、イタリア在住の大矢アキオが懐かしい思い出とともに振り返る。
-
NEW
ベントレー・コンチネンタルGTアズール(4WD/8AT)【試乗記】
2026.1.19試乗記ベントレーのラグジュアリークーペ「コンチネンタルGT」のなかでも、ウェルビーイングにこだわったという「アズール」に試乗。控えめ(?)な680PSのハイブリッドがかなえる走りは、快適で満ち足りていて、ラグジュアリーカーの本分を感じさせるものだった。 -
NEW
第327回:髪もクルマもナイスファイト!
2026.1.19カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。日産の新型「ルークス」で夜の首都高に出撃した。しっかりしたシャシーとターボエンジンのパワフルな走りに感心していると、前方にスーパーカーの姿を発見。今夜の獲物は「フェラーリ・ローマ」だ! -
NEW
日本で売れるクルマはあるのか!? 最新の“アメリカ産ニホンシャ”を清水草一が検証する!
2026.1.19デイリーコラムアメリカからの外圧による制度変更で、北米生産モデルの国内導入を決めたトヨタ。同様に、今後日本での販売が期待できる「海外生産の日本車」には、どんなものがあるだろうか? 清水草一が検証してみた。 -
フェラーリ12チリンドリ(後編)
2026.1.18思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「フェラーリ12チリンドリ」に試乗。前編では伝家の宝刀であるV12エンジンを絶賛した山野。後編ではコンビを組むシャシーの印象を余すところなく聞いてみた。 -
BYDシールAWD(4WD)【試乗記】
2026.1.17試乗記BYDのBEVサルーン「シール」の機能アップデートモデルが登場。強化のポイント自体はそれほど多くないが、4WDモデルの「シールAWD」は新たに電子制御式の可変ダンパーを装備したというから見逃せない。さまざまなシーンでの乗り心地をチェックした。 -
新生ノートンがいよいよ始動! 名門の復活を担う次世代モーターサイクルの姿に迫る
2026.1.16デイリーコラム英国のモーターサイクル史にあまたの逸話を残してきた名門、ノートンが、いよいよ再始動! その数奇な歴史を振り返るとともに、ミラノで発表された4台の次世代モデルを通して、彼らが思い描く未来像に迫った。
