「サーブのフリーホイールとは?」

2012.06.23 クルマ生活Q&A 松本 英雄 エンジン

かつてサーブが採用していた「フリーホイール」とは、どういう機構だったのでしょうか? 「燃費や雪道の走破性向上に効果的だった」と聞いたのですが、ぜひ教えてください。

往年のサーブに使われていたフリーホイールとは、基本的には自転車に用いられているフリーホイール(名称も同じ)と同じような働きをする機構です。自転車で走っていて、ペダルをこぐのをやめてもしばらくは惰性で空走していきますよね? これは後輪にフリーホイールが組み込まれているからで、フリーホイールのない競技用自転車や幼児用の三輪車などは、ペダル(クランク)の回転を止めたら、車輪も止まってしまいます。逆に、下り坂などで空走した場合にはクランクも回転します。

これを自動車に置き換えてみましょう。一般的な自動車には、フリーホイールは組み込まれていません。ですので下り坂では、ギアを入れた状態であれば、アクセルを閉じていても車輪の回転にしたがってエンジンは強制的に回されます。エンジンブレーキがかかっている状態ですが、三輪車のクランクが、下り坂ではこがなくても回っているのと同じことです。

この状態が、かつてのサーブには不都合だったのです。サーブは1968年まで2ストロークエンジン搭載車をラインナップしていましたが、昔の2ストロークエンジンは、エンジンを潤滑するためのオイルを、あらかじめガソリンに混ぜていました。この2ストロークエンジンで、下り坂でエンジンブレーキを多用すると、アクセルを踏まないわけですから、ガソリンに混ぜたオイルの供給量が少なくなってしまうのです。しかし、車輪によってエンジンは回されているわけですから、潤滑不足になり、エンジンが焼き付いてしまう恐れがありました。

この事態を避けるために採用されたのが、フリーホイールです。フリーホイールはクラッチとギアボックスの間に組み込まれており、運転席に設けられたスイッチでオン/オフの切り替えが可能でした。これをオンにしておくと、動力の伝達を一方向のみに行うのです。アクセルを開けると動力は車輪に伝えられますが、逆に車輪の回転がエンジンに伝わることはありません。つまりフリーホイールをオンにしておくと、アクセルを踏めば加速していきますが、アクセルを閉じれば、たとえ下り坂で車輪がいくら回っても、エンジンはアイドリング状態で回転しているだけ。よってオイルの供給不足は起きず、焼き付きの心配もないというわけです。自転車にたとえると、アクセルを開ける=ペダルをこいでいる状態で、アクセルを閉じる=こがずに空走している状態と考えればいいでしょう。

2ストロークエンジンでは将来的に排ガス対策が困難であることから、サーブは1966年から4ストロークエンジンを使い始めましたが、それからしばらくは4ストロークエンジン搭載車にもフリーホイールが残されていました。北欧に多い凍結路などでアクセルを放した際に、急激なエンジンブレーキによって挙動が乱れるのを防いだり、燃費向上に役立つというのがサーブの主張でした。しかし、逆をいえばエンジンブレーキがまったく利かなくなるわけです。焼き付きの心配がなくなったとあっては、それら二次的な理由だけでは存在意義が乏しくなったようで、2ストロークから4ストロークに換装されたモデルが79年に生産中止されたのを機に廃止されました。

松本 英雄

松本 英雄

自動車テクノロジーライター。1992年~97年に当時のチームいすゞ(いすゞ自動車のワークスラリーチーム)テクニカル部門のアドバイザーとして、パリ・ダカール参加用車両の開発、製作にたずさわる。著書に『カー機能障害は治る』『通のツール箱』『クルマが長持ちする7つの習慣』(二玄社)がある。