第249回:フェラーリの「門前町」を流す
2012.06.15 マッキナ あらモーダ!第249回:フェラーリの「門前町」を流す
エンツォの生家公開
「聖なる場所にふさわしくない」として怒ったキリストが屋台をなぎ倒して歩いたという聖書物語からわかるとおり、昔から神殿の前には自然と商人が集まってくる。
2012年3月、イタリア・モデナに「フェラーリ生家博物館」が開館した。エンツォ・フェラーリ(1898-1988年)の父アルフレードが鉄工所を営んでいた工場兼住宅である。伝説の人物の生家がなぜ、近年まで放置されてしまったかについては、自動車雑誌『CAR GRAPHIC』2012年7月号に詳しく記したので、ぜひお読みいただきたい。
内部の展示内容は、マラネッロにある「ガレリア・フェラーリ」が自動車中心に展開されているのに対し、こちらは人間エンツォ・フェラーリにスポットが当てられている。
ちなみに、所在地はパオロ・フェラーリ通り85番地という。エンツォの親戚か何かの名前かと思ったら、まったく関係ない、歴史上の俳優の名前だった。Ferrariさんはイタリアでも屈指に多い名字だから、仕方ないといえば仕方ない。
博物館広報の人によると、エンツォ・フェラーリ通りに改名したかったのだが、既存の通り名を変更するというのは、通り名が即、近隣住民の住所でもあるイタリアゆえ容易ではないことが判明し、当面断念したという。
便乗者が続出
このエンツォの生家、場所はモデナ駅の近くだ。なぜなら、エンツォの父の鉄工所は当時、主に鉄道の仕事を請け負っていたからである。
イタリア列車旅行をしたことがある方ならおわかりと思うが、この国の駅は中心街から離れたところにあることがほとんどだ。19世紀から20世紀初頭にかけて鉄道を敷設する際、歴史的な建物が立ち並ぶ街のど真ん中まで引いてくる余地がなかったのだ。
モデナもしかりで、駅はちょっと離れたところにある。そのため、歴史的旧市街からすると線路沿いは、閑静といえば聞こえがよいが、少々寂しさも漂っていた。そこにいきなりフェラーリ生家博物館がオープンしたわけだから、周囲の盛り上がりは、ちょっとしたものだ。
以前からあったバールでは、エンツォ・フェラーリの似顔絵が窓に貼られていた。あまり似ていないが、一生懸命描いた感じがほほ笑ましい。また前は手芸用品店だったと思われる構えの店は、お土産屋さんになっていた。
博物館の隣には「売りたし」と記された館(やかた)もあった。掲示された方向からして、明らかに博物館来場者を狙っている。聞けば昔は製氷所だったとのこと。要レストア状態だが、近くにはマセラティ本社もあるし、そもそも「オレ、エンツォんちの隣に住んでんだぜ」と自慢できるようになるわけだから、決して悪い物件ではないだろう。
ブラジル人に人気のサービス
そんな街を見ながら歩いていると、赤と黒のフェラーリが道の両脇に止まっているではないか。近くにある店では、まだなにやら内装の準備中である。「ここ、何の店になるんですか?」とボクが声をかけると、中にいたお兄さんが作業の手を休め、出てきてくれた。
「スーパースポーツカーのレンタカーだよ」
ロレンツォさんという彼によると、すでにマラネッロで営業していたが、フェラーリ生家博物館オープンに合わせ、こちらにも支店を出すことにしたという。
フェラーリの場合、「458イタリア」「カリフォルニア」「F430スパイダー」がチャーターできるらしい。458イタリアの場合、15分程度のショーファー付きベーシックツアーの90ユーロ(約9000円)から、マラネッロのガレリア・フェラーリ往復送迎(観覧中の待機付き)の500ユーロ(約5万円)までの4種類がある。20ユーロを追加すると、ツアー中のビデオも撮影してくれる。
ボクが礼を言って立ち去ろうとすると、「“ショーファーなし”もできるよ」と教えてくれた。自分で運転できるコースもあるのだ。
一部の国の高級車レンタルのように、クレジットカードを複数枚提示する必要があるのかと思ったら、それは必要ない。代わりに、車両保険の免責金額に相当する1万ユーロ(約100万円)をデポジットとして納めておくシステムという。
「こうしたサービスを申し込む人って、どこの国の人ですか?」とボクが質問すると、「米国、オーストラリア、アジア諸国などです」と教えてくれた。しかし一番は「ブラジルのお客さん」という。やはり、郷土の誇りルーベンス・バリケロやフェリッペ・マッサの影響で“聖地巡礼”をする人が多いのかもしれない。
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珍土産発見したものの……
たしかに夢のあるサービスではある。だが、自分の財布の中身を考えて、ここはひとつ、もう少しささやかな土産を探すことにした。
するとあったあった、生家博物館内のミュージアムショップに。ずばり「エンツォ・フォラーリが愛用していたサングラス」の精密な復刻版だ。価格は160ユーロ(約1万6000円)。レイバンを買うのと同じくらいの値段である。限定150本で予約制ゆえ、置いてあるのは見本だった。
ディスプレイの裏には、エンツォ・フェラーリのポートレートが置かれている。これを買えば、陰りを帯びたエンツォ風のボクになれるのか? と思い、早速着用してみる。
しかし、近くにあるショーケースに映った自分の顔はといえば、エンツォではなく、タモリこと森田一義氏であった。そして無意識のうちに「♪お昼休みはウキウキウオッチング」と鼻歌をうたっていた。あの世でエンツォが見ていたら、ボクなぎ倒したかったに違いない。
(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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