メルセデス・ベンツSL63 AMG(FR/7AT)【海外試乗記】
完璧ゴージャス 2012.06.07 試乗記 メルセデス・ベンツSL63 AMG(FR/7AT)……2175万円
個性的なルックスとパワフルな心臓を併せ持つ「SLクラス」のハイパフォーマンスモデル「SL63 AMG」。日本では8月以降にデリバリーが始まる新型車に南フランスで試乗した。
AMGもダウンサイジング
V8エンジンと共に歴史を歩み、そうしたパワーユニットの実力がレーシングフィールドで認められてメルセデス・ベンツ傘下へと収まったAMG。「気筒数や出力は大きいほどエライ!」と、そんな“スペック信奉者”(?)相手の商売として現在でも12気筒で600ps超といったモンスターユニットの提供を続けるものの、このブランドの主たる製品がV8エンジン搭載モデルにあるのはラインナップを見ても明らかだ。
しかし、そんなAMGの主役であり続けて来たV8エンジンが、ここに来て2系列に分かれ始めている。一つは、「歴史上で初めて、イチからを単独開発したエンジン」という触れ込みと共に2006年にデビューした6.2リッター自然吸気ユニット系列。もう一つは、排気量を5.5リッターへ縮小する一方でターボチャージングを行い、前出の自然吸気エンジン以上の出力を発生しながらはるかに少ないCO2排出量をアピールする、2011年にデビューの新開発ユニット系列だ。
このところ、「燃費に難アリ」の高回転・高出力型自然吸気ユニットを搭載するモデルは、徐々にその数を減らしつつあった。しかし、そうした動きの中で最新の「C63 AMG」シリーズが、あえてそれを搭載したのは注目に値する。
すなわち、AMGバリエーションの中にあって最も軽量コンパクトな「Cクラス」と、ピュアな2シータースポーツモデルである「SLS」のみが、自然吸気エンジンを用いているのだ。すなわちこれは、「特にスポーツ性の高いモデルに限って、こちらの心臓を搭載」という“すみ分け”が行われている事が明白。かくして、本稿の主役である「SL63 AMG」には、当然のようにターボ付きの”ダウンサイズエンジン”の方が搭載されている。
穏やかなサウンドの理由
南仏サントロペのまばゆい陽の光の下で初対面となった新しいSL63 AMG。その心臓に早速火を入れると、この段階で「アレっ?」と思った。きっと周囲に派手に響き渡るのだろうと予想していた完爆時のエキゾーストサウンドがおとなしく感じられたからだ。
確かに、独特の“バリトン風”V8サウンドが耳に届きはする。しかし、ルーフを開いた状態にもかかわらず、そのボリュームは同エンジンを搭載する「E63 AMG」のそれよりも、どこか控えめに感じられた。そんな疑問に対する解答は、後に担当エンジニア氏に質問を寄せた時点で明らかになった。いわく「E63とSL63とでは排気系のチューニングが異なり、実際にSLの方が、よりスポーティーなキャラクターのE63よりも穏やかなサウンドとなるようにセッティングされている」という事であったからだ。
え? 2シーターオープンのSL63よりも、E63の方がスポーティー? と一瞬不可解にも思ったが、なるほど両者を比べれば「クーペカブリオレ」のSLの方が、よりゴージャスなクルーザー的要素が強いという見方には納得がいく。より高いスポーツ性を追及するならば、現在のAMGラインナップの中では同じ2シーターでSLSというモデルをチョイスできる事もこちらのゴージャスキャラクターを加速させた一因なのかもしれない。
SL63 AMGは特にスポーツ性に特化したSLではなく、あくまでも「飛び切り強力な心臓を積んだオープンモデル」という解釈なのだ。
エンジンもアクセサリーのひとつ?
なるほどSL63 AMGの動力性能は“飛び切り”だった。今回テストドライブを行ったモデルは、標準仕様よりも27ps、10.2kgm上乗せされた心臓を搭載する「AMGパフォーマンスパッケージ」付きで、0-100km/h加速タイムはわずかに4.2秒。これは、トラクション能力に限りのある二輪駆動モデルのデータとしては、ほぼ“限界値”と見ていいはず。事実、ここからさらに60ps以上の最高出力が上乗せされる「SL65 AMG」でも、このデータはあとコンマ1秒短縮されるにすぎないのだ。
決して比喩ではなく、「フロントが浮き気味になる感触」が明確なフル加速シーンでも、そのサウンドが「E63よりもおとなしい」感覚は変わらない。
しかし、そんな印象もコンソール上のドライブモードの切り替えダイヤルで、「スポーツプラス」を選択すると一変する。このポジションと、すべての変速動作がシフトパドルの操作に委ねられる「マニュアル」のポジションでは、高回転でのアップシフトの際に、排気音を演出するためのわずかな燃料噴射制御が行われ、まるでアフターバーンばりの破裂音が響き渡るからだ。
そう、このモデルに搭載されたエンジンというのは、E63 AMG用よりもこうした二面性がより明確なのだ。いざとなれば、スーパースポーツカーに対して軽く一泡吹かせられるこのモデルのずばぬけた動力性能は、首筋に温風を送る「エアスカーフ」や、シート後方から音もなく伸び上がる電動式の「ドラフトストップ」、マジックスカイコントロールなる調光機能付きの「パノラミックバリオルーフ」といったゴージャス装備と同格で扱うのがふさわしい、ぜいたくなアクセサリー的要素が強いものと受け取るべきなのかもしれない。
質感は極上
量産メルセデスとして初のオールアルミボディーの採用で、100kgを大きく超えるレベルの減量を達成させたSL63 AMG。そのフットワークは、「どんなシーンでも極上の質感を味わわせてくれる」というテイストがまずは印象に残るものだった。それは、ダンピングが上乗せされるスポーツモード選択時でも変わる事はない。オープン状態でも一切のシェイクとは無縁の高いボディー剛性感も、もちろんそれらの好印象に一役買っている事は間違いない。
かくして、このモデルでは、ひとたびルーフを閉じると、もはやオープンカーである事など一切連想させない、完璧なまでのゴージャスなクーペとしての雰囲気を演じてくれる。もちろん、インテリアのどこを見回しても、そのぜいを尽くした作り込みレベルの高さはため息をつくしかないものだし、静粛性の高さも一級品。キシミ音などという単語も、もちろんこのモデルには有り得ないのだ。
ただし、とびきり快足で、どこまでも豪華な2シーターモデルとして「もはや完璧」と思われたこのモデルの感覚の中で、唯一最後まで違和感が拭えなかったのがそのステアリングフィールだった。中立付近で手応えが薄く、それを超えるといささか唐突な“カベ感”と共に急激にシャープな応答性が立ち上がる。片手でホイホイと操れるほど軽い操舵(そうだ)力は、このモデルの狙いどころと照らし合わせて問題ナシとしても、そんなフィーリングはこうしたモデルにこそふさわしいリラックスした走りには不釣り合いと思えたのだ。
そう、戸惑いといえばあまりにも「SLK」風であると思える新型SL全般のエクステアリアデザインについても、個人的には多少の戸惑いが禁じ得ないでいる。もちろん、そんなルックスについての意見は十人十色ではあろうが……。
だが、「そんな事が気になるならば、他にも選択肢はいくらでもある」――「アウディR8スパイダー」が2194万円、「ポルシェ911ターボカブリオレ」が2133万円、そしてジャガーの「XKR-Sコンバーチブル」もおそらく同様の価格ゾーンと、SL63 AMGが属するこのカテゴリーというのは、実は意外にも”引く手あまた”だったりするのだ。
そうした中で、過度のスポーツ性のアピールはあえて控えて、完璧なまでに速く、完璧なまでにゴージャスである事を売り物とする。SL63 AMGの狙いはかくもクリアなのである。
(文=河村康彦/写真=メルセデス・ベンツ日本)

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
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