マセラティ・グラントゥーリズモMCストラダーレ(FR/6AT)【試乗記】
華麗なる遊びの世界 2012.04.10 試乗記 マセラティ・グラントゥーリズモMCストラダーレ(FR/6AT)……2150万4000円
“マセラティ史上最速のクーペ”をうたう「グラントゥーリズモMCストラダーレ」。高速道路からワインディングロードまで、そのパフォーマンスを試した。
マセラティらしい本気モデル
フェラーリやポルシェならまだ分かる。でもマセラティ・グラントゥーリズモのような、あでやかなスタイリングとインテリアを持つ4シータークーペをここまでレーシングカーっぽく仕立てるなんて……そう思う読者は、少なくないだろう。でもこのブランドの歴史を知る者にとっては、納得できるモデルである。
第2次世界大戦前のマセラティは、レーシングカーのコンストラクターとして活躍した。戦後経営陣が変わったのを機に、そのテクノロジーを生かしたロードカー作りを始めてからも、F1やスポーツカーレースへの参戦を続けた。
1970年代以降は会社の経営状況が芳しくなかったこともあり、活動は控えめになっていたけれど、90年代にフィアット・グループ入りしてそれが安定すると、かつての勢いを取り戻した。
2007年にデビューした「グラントゥーリズモ」も例外ではなく、2年後にGT4カテゴリー向けにレース仕様の「グラントゥーリズモMC」を送り出すと、2010年にはワンメイクレース用として「MCトロフェオ」を登場させている。
ちなみにMCとは、「マセラティ・コルセ」の意味。彼らにとってレースとは、ブランドイメージを上げるための手段などといった付加的なものではなく、本能みたいな存在なのである。
しかも僕が知る限り、マセラティのオーナーは超がつくほどのカーガイが多い。イベントなどで集まると、朝から晩までクルマの話をしている。たまに出るそれ以外の話題で、圧倒的な生活水準の違いを教えられるけれど、それ以外は僕たちと同じ人種なんだと好感を抱くことが多い。
そういうユーザーたちを知っているだけに、MCストラダーレのようなモデルが登場するのは、なおさら当然のことに思えるのだ。
ぜいたくな差別化
実車を前にすると、さまざまな部分がスタンダードのグラントゥーリズモと違っていることに驚く。ひと目で分かるのはMCトロフェオと同じ、グリルを突き出し両脇を張り出した顔つきだが、ドアの前のルーバーやセンター2本出しマフラーなど、それ以外もモディファイの域を超えた差別化にうならされる。
僕たちにとって手が届く500万円以内のスポーツクーペだったら、エクステンションパーツの装着ですませるところを、MCストラダーレは造形そのものを一新している。マセラティというブランドの格の違いを教えられる。
でも衝撃度からいえば、インテリアのほうが上だろう。ドアを開けるとバケットシートが目に入り、後方にあるはずのリアシートはなく、代わりに足元に消火器(!)が置かれているのだ。おかげで車両重量は「グラントゥーリズモS」比で100kgものダイエットに成功している。
それでいてインパネは、下半分がシートと同じスエードで覆われ、ブルーだったメーターのダイヤルがブラックに塗り替えられるなどの違いはあるものの、ナビやエアコンは標準装備のままだ。
海外の記事では「ジェントルマンズ・レーサー」という言葉が使われていたが、たしかにこの空間、“紳士の遊び場”という表現がふさわしい。
ではグラントゥーリズモSをベースにエンジンを10psと2kgmスープアップし、車高を10mm下げ、ブレンボ製カーボンセラミックブレーキを採用した走りはどうなのか? 意外なことに、最初に感じたのは望外の快適さだった。
「レース」モードは禁断の果実
低くタイトなバケットシートに体を固定されているのに、全然ゴツゴツこない。硬めであることはたしかだが、ショックの角は絶妙に丸められている。このまま500kmの距離を楽勝で走り切れそうなほど洗練されているのだ。
加速そのものは、劇的に速くなったわけではないけれど、レスポンスは鋭くなった。しかもドライビングモードには、従来の「オート」「スポーツ」に加えて、「レース」(!)が用意されている。
オートからスポーツにモードを切り替えると、途端に排気音がボリュームアップし、パドルをはじけば小気味いいシフトアップを繰り返しながら、速度を上乗せさせていく。これだけでも十分感動に浸れるのは、以前書いたグラントゥーリズモSの試乗記にあるとおりだ。
しかし上には上がある。レースモードだ。変速時間を0.1秒から0.06秒まで縮めたというアナウンスどおり、硬質なショックをともないながら瞬時にシフトアップを完了し、公道でこんな音を響かせていいの?と思ってしまうほどストレートなエキゾーストサウンドを周囲に響かせながら突進する。
しかもコーナー入り口で、カーボンセラミックブレーキならではの強力な減速を体感しながら左のパドルを引き続けると、コンッ、コンッと自動でシフトダウンしていく技まで備えている。一度体験したら、ずっとこのモードで走りたくなる。まさに病みつき、禁断の世界だ。
ハンドリングもグラントゥーリズモSより軽快だ。でも乗り心地と同様、マセラティらしさは残っている。進入でブレーキを掛けて前荷重を与えればターンインが鋭くなり、コーナーからの立ち上がりで右足を踏み込むとリアが沈み込み、後輪が力強く路面を蹴っていく。
力任せのコーナリングではなく、ドライバーとクルマが対話しながら、速さを極められる奥の深さ。それをラグジュアリーな仕立ての中で味わう。一世紀近い歴史を持ち、レースで何度も頂点に輝き、ヨーロッパの上流社会も知るマセラティならではの、華麗なる遊びの世界がそこにあった。
(文=森口将之/写真=河野敦樹)

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
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