第18回:リーフの後席
2013.04.10 リーフタクシーの営業日誌第18回:リーフの後席
リーフならではの問題
白山通り千石一丁目の交差点を過ぎると道は旧白山通りと二またに分かれ、左に旧道を進めばその先には東洋大学、道なりに右に進めば突き当たりは皇居の平川門。
さて、どっちに行くかと思案しながら青信号を突っ切ると、前方左の歩道で手を挙げる女性客の姿を発見。
ありゃ、困った……。
客を見つけて困ったのは、リーフタクシーならではの問題だと言っていい。女性客は二人。手を挙げているのはおそらく50年配。問題なのは、その横に立つ、見るからにわたしゃ年寄りです、の、70年配とおぼしき老人だった。実は、リーフの後部座席、「クラウン」や「セドリック」など一般のタクシーに比べると、わずか数センチではあるけれど座面の位置が高い。日産の技術者に聞くまでもなく、そのわけはたぶん、リチウムイオンバッテリーの上に後部座席があるから、だと思う。
それが意味するところは要するに、「乗り込みにくい」ということ。もちろん、体に何の不自由もない人には少しの障害にもならない程度の地上高なのだけれど、体が弱った老人とか、病人とか、けが人など、要するに“運動機能に制約を抱えている弱者”にとっては、とんでもなく大きな障害となる数センチの違いなのだ。
余談だが、午後2時頃から夕方の5時ちょい前くらいまで、タクシーが暇でしょうがない時間帯がある。
走っても走っても客を見つけられず、運が悪ければ1時間も2時間も客を求めて空車で走るはめになる。午後の数時間は、そんな時間帯に突入する。
で、どうするか?
その対処法は人それぞれだが、俺? 俺は大きな病院で付け待ちと決めている。
30分も待って、へたすりゃ直近の鉄道駅までの710円だけれど、それでも、当てもなくただ空車で走り回るよりよっぽどまし。実際、乗せる客の半分は710円の距離だが、残り半分のなかには福がある。タクシーでしか通院できない事情がある人たちは大勢いて、5000円、1万円の距離を乗る客だって全然珍しくないのだ。俺は、いつも付け待ちする都心の某病院から神奈川県の葉山の先まで、2万2000円の客を乗せたことだってあるのだから。
午後は病院。それが俺の仕事のパターンなのだけれど、でも、リーフを担当する日は、その手が使えない。
リーフを知っていたおばあちゃん
病院からタクシーに乗る客の十中八九は前述の“運動機能に制約を抱えている弱者”と相場は決まっている。そんな彼らに、後部座席の座面の位置が高いリーフは無理。いや、無理なことはないけれど、乗るにしても降りるにしても客に一苦労させてしまうのは目に見えている。やっぱり、それはだめでしょう。という運転手なりの自主規制が働いて、リーフでの病院付け待ちはしていない。座面の高さの数センチの差は、時にはそれほどまでに大きいということなのだ。
と、ここまで説明したところで、話は冒頭の千石一丁目の交差点に戻る。
ありゃ、困った。年寄りだ。乗れるだろうか?
困ったけれど手を挙げている客を無視して走り去るわけにはいくまい。
リーフといえど公共輸送機関の一端を担っているタクシーには違いないのだと職務に忠実な運転手(=矢貫隆)は、はい、どうぞとばかり二人の女性の前でドアを開けた、そんなシーンを思い浮かべてもらいたい。そこで運転手は、この女性客が発した意外すぎる発言を耳にすることになるのである。
乗りにくいタクシーですみませんとわびる前だった。
「おばあちゃん、すごい偶然ね。よかったね、やっと乗れたわね、リーフ」
なに〜ッ?
50年配とおぼしき女性と老女は話っぷりから嫁としゅうとめのようで、二人は、なぜだか、偶然に乗り合わせた黒くて丸っこいタクシーがリーフだと知っていた。いや、「なぜだか」というより、70過ぎのばあちゃんがリーフを知っているの、へんでしょう。
「いつか乗れると思ってたけど、案外早かったねェ、リーフに乗るの」
ばあちゃん、座面の高さなんてまるで気にしないといった調子だった。
「リーフって、全国でどれくらい売れてるんだろうねぇ」
「あら、おばあちゃん、聞かなかったの、1万台以上売れたって、ずっと前に言ってたでしょう」
何者だ、この嫁としゅうとめ……。
「あの子も1台売ったのよ」
なるほど、と俺は合点して二人の正体に気がついた。
(文=矢貫隆)
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矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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