第291回:「オートザム・レビュー」に「日産プリメーラ」 − よくぞ生き延びた、わが精鋭たちよ!
2013.04.12 マッキナ あらモーダ!第291回:「オートザム・レビュー」に「日産プリメーラ」 − よくぞ生き延びた、わが精鋭たちよ!
谷隊長になった気分で
「よくぞ生き延びた、わが精鋭たちよ」とは、往年のテレビ番組『風雲! たけし城』で、体力勝負ゲームに勝ち残った視聴者に、谷隼人扮(ふん)する突撃隊長が毎回かける言葉であった。
イタリアやフランスで生活していると、思わず「よくぞ生き延びた」と声をかけたくなる古いクルマに出会うときがある。ただし、フェラーリやロールス・ロイス、アストン・マーティンといった超高級ブランドではない。かつて普及しながらも路上から消えて久しいクルマ、日本ではポピュラーでも欧州では意外にもマイナーに終わったモデル、もしくは高級ブランドの普及型として誕生したものの人々の記憶から消えてしまったモデル、などなどだ。
今回は、過去1年にボクが生活しているなかで撮った、そうしたクルマたちのスナップを紹介し、思い出話を交えて読者の皆さんと楽しもう。
まずは、カナダ編である。2013年1月、米デトロイトの対岸であるウィンザー市内で撮影したものだ。
【写真1】はサターンである。サターンは、GMの小型車生産専門子会社として日本製小型車に対抗すべく1985年に設立されたブランドだ。90年代後半にサターンが日本でも販売された際は、JR東日本がディーラー契約を結んで自動車販売に参入した。JR東日本が新宿駅南口に開設した営業所に、ボクも冷やかしに行ったのを覚えている。
写真のモデルは、1990年から生産が開始された「サターンSLシリーズ」の前期型である。
その後サターンは、GMのブランド整理計画に伴い、2010年をもってブランドごと廃止されてしまう。だが個人的には、ヘッドライトを内包したフロントバンパーや全体的なスタイルは、どの欧州車にも日本車にも似ていない、オリジナル性が高くモダンなデザインであったと今も信じている。
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「ゴルフ」の参考になった、あのイタリア車も
イタリアに話を移そう。【写真3】はわが街シエナにある生協の駐車場にたたずんでいた「フィアット127」である。デザイナーのピオ・マンズーが意図したスモールカーの姿が最もよく表れた初期型(1971-77年)だ。それもカタログカラーのベージュなのがうれしい。同車はフロントドライブ+ハッチバックの先駆者として、当時日本をはじめ各国のメーカーで手本にされた。
別の日には、同じ駐車場に「マセラティ・ビトゥルボ」がいた【写真5】。これには思い出がある。イタリアに住み始めて間もなかった16年前、近所のスズキ系中古車展示場の片隅に、写真と同じ銀色のビトゥルボが置かれていた。ほこりをかぶっていたところからみて、その頃すでに人気は落ちていたと思われる。
当時ボクに、もう少し勇気があれば値段を聞いて手に入れていたのだろう。だが今以上にビンボーだったゆえ、燃費と税金の高さを想像してビビった。そして代わりに向かいのタイヤ屋さんが売りに出していた12年落ちの「ランチア・デルタ」を27万円で買った。
いっぽう【写真6】は、フィアット127の兄貴分だった「128」だ。1969年に誕生した同車における1970年代中期のバージョンである。
イタリア人の記憶からも消えつつあるモデルだが、かのジョルジェット・ジウジアーロの回想によれば、彼が初代「フォルクスワーゲン・ゴルフ」のデザインを打診されてウォルフスブルクに赴くと、128が研究のため分解されていたという。つまり、この128がなければゴルフも誕生しなかったのである。
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憧れのクルマとの再会
次はフランスである。【写真9】は「ルノー・シュペールサンク」である。パリ在住の日本人なら知らない人はいない、韓国系アジア食料品店の前で撮影したものだ。
【写真10】は発売当時シュペールサンクのライバル車だった「プジョー205」だ。こちらはレマン湖に近いアンヌマス市のスーパー駐車場にいたものである。シュペールサンクは最終モデルが1997年型だから、少なくとも16年は生きていることになる。また、205は今年、生産開始から30周年を迎える。いずれもウィンドウのラインを低くとったルーミーなデザインは、今日見てもすがすがしい。
「再会」と呼べるものもあった。【写真12】は205と同じスーパーの屋外で見つけた2001年「プジョー406クーペ」である。なんと「緊急に売りたし」という貼り紙とともに置かれていた。 そこに示された価格は2990ユーロ(35万8000円)である。
新車当時、ピニンファリーナの上品なデザインにシビれ、本気で程度の良い中古車を探したものだ。ただし最終的には、その頃じわじわと人気が出てきたディーゼル車につい気をとられ(406クーペにはディーゼル仕様が存在しなかった)、購入の機を逸してしまった。そんな記憶のあるボクである。今回見つけたとき、思わず手のひらで太陽光を遮りながら、内部をのぞいてみた。しかし、革シート、プラスチック類とも、かなりやれていた。ボディーも、あちこちにも傷があるうえ、大してきれいではない。せめて洗って展示しておけばいいのに。
ああ、こんな姿になっちゃって。昔、かわいかった同級生に再会して、落胆したような感じだ。だから、ボクは同窓会の類いは一切出席しない。406クーペも卒業アルバム=カタログだけの思い出にしておけばよかった。
気を取り直して、日本車編もいってみよう。【写真13】はパリのセーヌ左岸15区にいた初代「日産プリメーラ」である。「ブルーバード」の後継車として1990年代前半に造られた英国製である。
しかしながら最新の驚きは、3月に同じフランスのローヌ・アルプ県にあるスーパーで見つけた3代目「マツダ323」(日本の6代目「ファミリア」)【写真14】だ。最終モデルが1994年だから、最低でも19年選手である。質実剛健な地味色ながら、あまり傷んでいないところに、オーナーのいたわりが感じられる。
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このクルマたちが愛される理由
こうして長年生き延びたクルマたちを観賞してきて気がつくのは、その大半が「生活にちょうどいいサイズ」であることだ。実際、ボクが知る「プジョー206」ユーザーは、「205の頃の大きさが良かったな」と懐かしみ、今はドイツ製高級車に乗るおじさんも「サンクは、狭い街中を走るのに本当に便利だった」と回想する。
もちろん、欧州衝突安全基準「ユーロNCAP」を高い水準でクリアできるのは歓迎すべきことである。ただし、その代償としてクルマが大きくなってしまった昨今、欧州人ドライバーの多くは「あの頃」のサイズを実は懐かしんでいる。メーカーも、このあたりに気づいてほしいものだ。
こんな懐かしいクルマも発見ということで、最後にもう1枚。【写真15】は「マツダ121」である。これも最終年が1998年だから、かれこれ15年以上走り回っていることになる。近所のディカウントスーパーの駐車場で発見したもので、オーストリアのナンバーが付いていた。ヨーロッパでマツダは、まずアルプスの北側において評価を獲得したため、この時期のマツダ車は、大抵ドイツかオーストリアナンバーである。
マツダ121は、日本で当初「オートザム・レビュー」の名で売られていた。1990年にボクは自動車誌の駆け出し編集記者として、レビューの発表会に出席した。入り口で渡されたカタログには、イメージキャラクターとして歌手で女優の小泉今日子が起用されていた。それを見たボクはカメラを持って構えていたのだが、クルマとともに舞台に現れたのはカタログの彼女と同じ赤い服を来た別人モデルだった。
とかくバブル経済当時のマツダというと、大胆なブランド展開政策ばかり語られるが、なぜかその日は節約していたのであった。
今回紹介した各モデルの同型車にお乗りの方は、ぜひ末永くお乗りいただきたい。もし、誰かに「古い!」などと笑われるようなことがあっても心配しないでください。ボクがいます。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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