キャデラックATSラグジュアリー(FR/6AT)【試乗記】
かつてのイメージにサヨナラ 2013.03.31 試乗記 キャデラックATSラグジュアリー(FR/6AT)……490万8500円
“お手ごろサイズのキャデラック”として生まれた、新型セダン「ATS」。
実際に乗ってみたら、どうだった? クルマとしての仕上がりをリポートする。
考え抜かれたアメリカン
「クラウン」より小さいキャデラックが、「ATS」である。エンジンは新開発の直噴2リッター4気筒ターボ。軽量と高剛性を両立したとされる4ドアボディーの全長(4680mm)は、新型クラウンより22cm短い。全幅があと10cmほど小さかったら5ナンバーが付いていた。エッジをきかせたデザインテイストは「CTS」と同じだが、さらにダウンサイジングをきわめたコンパクトFRキャデラックである。
米国内での仮想敵は「BMW 3シリーズ」。「ドイツの人気スポーティーセダンを徹底的にマークして開発した」とメーカー自ら公言してはばからない。ボディーやエンジンのサイズはその結果でもあるし、シャシーはニュルブルクリンクに遠征して煮詰めたという。試乗車の車検証を見ると、軸重は前790kg/後790kg。前後イーブンの重量配分に仕上げたところもBMW研究の結実といえる。
試乗車は439万円の標準モデル。といっても“ラグジュアリー”のグレード名が与えられるところはさすがキャデラックだ。5月に発売される上級グレードのプレミアム(499万円)も含めて、左ハンドルのみ。日本ではハンディになるが、右ハンドルは作っていない。
だが、冷え込んだ早朝、エンジンをかけると、「路面凍結の恐れあり、注意深く運転」という、思いっきり漢字を使った日本語が計器盤のメッセージボードに出た。最近のキャデラックは日本人にもこんなに親切なのかと感心する。
走りだすと、ATSはとくべつ3シリーズに似ているわけではなかった。同クラスのドイツ製ライバルとも違う。しかし、見どころの多い新しいアメリカ車である。
“キビキビ”で“滑らか”
走りだすなり“オッ”と感じさせたのは、アメ車ともキャディとも思えない身のこなしである。リアにマルチリンクを採用したサスペンションは、ひとことで言うと、軽快。バネ下の軽い、ぜい肉を感じさせない足まわりである。高剛性をうたうボディーは、連続するキャッツアイを踏んでもたしかにビクともしない。電動パワーステアリングの操舵(そうだ)力は軽く、360mmの小径ハンドルのおかげで動線も短い。それやこれやで走行感覚はキビキビ感に富み、しかもなめらかだ。
2リッター4気筒ターボは276ps。そのピークパワーもさることながら、2リッターとは思えない豊かなトルク感が印象的だ。発進時も、グワッとダッシュして早々にかたをつけてしまう。そんな性格はフォルクスワーゲンの直噴過給ユニットにも似ている。
変速機はGM製の6段ATで、パドルシフトが備わる。エンジンはとても静かで、いま振り返っても、どんな音だったか思い出せないほどである。高速道路での100km/hは6速トップで1750rpm。これではエンジン音もしないはずだが、車内の静粛性にはBOSEと共同開発したノイズキャンセレーションも貢献しているはずだ。
ワインディングロードに飛び込むと、ATSはこれまでに経験したどんな米国セダンよりもスポーティーだった。前輪にはブレンボのブレーキが付く。ただしこれは停止直前にやや強めの踏力を必要とするのが気になった。もっと食いついてくれたほうが扱いやすい。
よくできたスポーツセダン
このクルマは走行中、しばしばお尻にブルブルという振動がくる。衝突回避システムの警告を、音ではなくシートの一部を震わせることで行っているからだ。
走行中、一番よくブルブルくるのは車線逸脱警告である。レーンはキープするに越したことはないが、現実問題として、車線なんて踏んだり越えたりするものである。だから、この手の警告自体、“オオカミ少年”化するだけで意味がないと思うのだが、であるにしても、音で知らせるよりはお尻ブルッのほうが愛嬌(あいきょう)があっていいかもしれない。しょっちゅうピピピピやられたら、BOSEの高級オーディオだって台無しだ。
外観同様、「アート&サイエンス」と呼ばれるデザインテイストでしつらえられたインテリアは、ダッシュボードの意匠をはじめ、かなり若向きだ。しかもキャビンはコンパクトだから、もはや古いキャデラックのイメージはどこにもない。実際、見ても乗ってもこうだと、もうキャデラックである必要はないようにも思えるが、特に日本のようにアメリカ車がマイナーな存在である国だと、新しい車名を背負うよりも“大名跡”の威光を利用した方がいまなおベターなのだろうか。
それはともかく、ATSはドイツ車的でも日本車的でもない、しかしよく洗練されたプレミアムスポーツセダンである。439万円の価格は、一番安い「BMW 320i」とピタリ同じだ。BMWの人は迷わずBMWに行きそうだが、クルマとの強い一体感が味わえるわかりやすいファン・トゥ・ドライブでは320iをしのいでいると個人的には思った。
しかも、数日間付き合ってみると、運転感覚の奥に「テイク・イット・イージー」的なアメ車の心地よさがやっぱりあると感じた。それが具体的にどこの部分から醸し出されているのかはまだ考え中だ。この価格帯の4ドアセダンをお探しの方には、一度ぜひ試してほしいクルマである。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=峰昌宏)
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下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。