ポルシェ911カレラS(RR/7AT)
尽きぬ官能 2013.06.24 試乗記 「GT3」や「ターボ」といったハイパフォーマンスバージョンの受注が始まった、991型「ポルシェ911」。その魅力の源はどこにある? 比較的ベーシックなRRモデル「911カレラS」で確かめた。いまだ純粋、純血種
2011年のフランクフルトショーでデビューしたのが、現行991型「911」である。日本に上陸したのは昨年で、私はこの個体に一度乗ったことがある。そのときは、特に感心しなかった。なぜといって、911もずいぶんゴージャス路線になった気がしたからだ。フラット6は巡航中、ますます静かになった。ホイールベースが100㎜延長され、乗り心地がますますよくなった。よすぎるほどに。
アルミ素材の導入により、最大60kgの減量を果たした、というけれど、ボディーが大きくなったことは間違いなかった。911の鋭さがうせている。以来、私の目には、911がフツウのクルマに見え始めていた。
しかも、今回は「フェラーリF12ベルリネッタ」をたっぷり楽しんだあとだった。6.3リッターV12のあまりに豊穣なあの感触が残っている人間に、3.8リッター6気筒ではビジネスライクに過ぎよう。金の多寡で判断すれば、カレラSはF12の半値以下である。3000万円超の宴の後、1500万円弱の二次会に誰が興奮しよう……。
もちろん、大間違いなのである。ポルシェ911カレラSは、たとえフェラーリF12ベルリネッタのあとだろうと、なんだろうと、メチャクチャよかったのだ。純粋、純血のドライビングマシン。情動の爆発をともなうピュアスポーツカー。それがポルシェ911なのだ。
まずもって、フラット6をたたえたい。8500rpmまで、快音を発しながら無振動で回り切る。PDKは飛ばしていると、減速時に自動的に中ブカシを入れてシフトダウンしてくれる。爆裂音に精神がおのずと高揚する。
アクセルを床まで踏み切る快感がある。シャシーとパワーのバランスが、すばらしくイイのだ。全体が安心感の塊で、自信を持ってコーナーに入っていける。ボディーねじり剛性が先代比で25%上がっている。前述したホイールベースの延長に加えてトレッドの拡大という基本の改善、さらにアクティブにロールを制御するPDCC(ポルシェ・ダイナミック・シャシー・コントロール・システム)なる電子制御により、姿勢が常にフラットに保たれる。まったく乱れない。ステアリングをはじめとする操作系には、いかにも信頼できる、ある重さがある。
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踏むほどに快感
ブレーキはもう、本当にすばらしい。踏めば踏むほど効く。踏めば思ったより効きすぎたり、踏むほど効かなかったりするものだけれど、これは違う。正確かつ確実に効く、ブレーキの中のブレーキ、頼れるブレーキなのだ。
991型が醸し出す安心感と信頼感がドライバーの自信につながり、ドライバーの自信がいっそう991型の潜在能力を引き出すことになる。
911には911独特の魅力がある。アクセルを踏み込むと、後ろからお尻のあたりをガンッと蹴っ飛ばされたように加速するのだ。このとき、ドライバーと911は同衾(どうきん)している。マイナスのソケットにプラスのプラグがガチャンと入り込んだ、猛烈な一体感がそこにはある。踏めば応える911の反応こそが官能そのものなのだ。
絶大なる安心感がある→なのでドライバーはアクセルを踏む→快感に包まれる→絶大なる安心感がある→なのでドライバーはアクセルを踏む→快感に包まれる→絶大なる安心感がある→なのでドライバーはアクセルを踏む→快感に包まれる……
官能の無限ループなのである。
加速感は、誰にでも味わうことができる。リアに重いエンジンをオーバーハングすることの意味がここにある。加速時には慣性の法則により、荷重が後方に移動する。その後方にはフラット6がオーバーハングして積まれている。タイヤのグリップ力は(ある程度までは)荷重の大きさに比例する。リアエンジンほどタイヤの摩擦力を生かすことのできる形式はない。「ボクスター」「ケイマン」のミドシップ・ポルシェがどんなに進化しようと、この加速感は911だけのものだ。
変わらない魅力がある
初めて911を運転したときのことをいまでも覚えている。1984年のことで、白い911カレラだった。リアに搭載されるフラット6はもちろん空冷で、排気量3.2リッター、最高出力225ps、最大トルク27.3kgmだった。現代の水準でいえば、「ゴルフGTI」程度で、全然たいしたことのない数値だ。けれど、当時は“ナナサンのカレラ”の性能を超えた、ということでカレラと名づけられたのだった。
私はいまより若くて、いまよりうんと運転がヘタだった。運転というものをほとんどしたことがなかった。
911カレラはエンジンをかけると、ヒューッという風の音がした。大きく深呼吸を繰り返すような音がリアから聴こえてくるのだった。クラッチは重くて、どこでつながるか、さっぱりわからなかった。クラッチをじんわり離してつなぐ、というテクニックさえも知らなかった。
ギアボックスはもっとわからなかった。ポルシェ・シンクロと呼ばれるタイプで、なにしろ、ローからセカンドに入れることができなかった。
フラット6は恐ろしいばかりにシャープにふけ上がり、タコメーターのニードルがヒュンッと跳ね上がった。ヒュンッと跳ね上がると、重力以上の速さでストンと落ちた。セカンドを探しあてて入れる頃にはアイドル回転になっていて、ギクシャクすることおびただしかった。トルクは十分あったから、セカンド探しはやめて、ローからサードに入れることにして靖国通りの九段坂を上った。ローで80㎞/h出たから、変速機なんて必要ないじゃないか、と思った。一般道の制限速度はそれ以下だから。
1984年の911カレラはド素人に完全に門前払いを食らわせた。
当時、徳大寺有恒さんは911を「さすがに老いた」と表現していた。徳大寺さんはまだ誰も言っていないことを、誰よりも早く口にし、徳大寺さんの評価が自動車界全体の評価になっていた。
ドライビング・エンスージアストでもある岡崎宏司さんは違う見方をしていた。911は「畏怖の対象」といい、RRレイアウトの長所はトラクションにある、と喝破していた。
ふたりの評価がどちらも正しかったことは歴史が証明している。当時のポルシェは911の開発に投資するのをためらっていた。「928」を後継モデルとする方針を改め、「959」を発表して911のモダン化を図り始めたのはその後のことだ。
991型911は、初代911に比べ、30cm以上長く、20cm近く広く、3cmほど低くなった。ホイールベースは24cmも延び、車重は250kgほど増えた。フラット6は水冷化され、ドライバーはいまやPSM、PASM、PDCC等々の電子制御で守られている。メカニズム面で変わらないのは、フラット6をリアにオーバーハングして積んでいる、ということだけだ。
それがなにを意味してるのか――についてはすでに書いたつもりである。繰り返せば、こうなる。
誕生以来半世紀、21世紀のこんにちにおいてもなお911が魅力的であるのは、クルマと交接する歓びをもたらしてくれるからなのである。
(文=今尾直樹/写真=高橋信宏)
テスト車のデータ
ポルシェ911カレラS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4491×1808×1295mm
ホイールベース:2450mm
車重:1395kg(DIN:1415kg)
駆動方式:RR
エンジン:3.8リッター水平対向6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:400ps(294kW)/7400rpm
最大トルク:44.9kgm(440Nm)/5600rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20(後)295/30ZR20(ピレリPゼロ)
燃費:11.5km/リッター(NEDC複合モード)
価格:1491万円/テスト車=1984万1000円
オプション装備:ボディーカラー<ライムゴールドメタリック>(46万9000円)/レザーインテリア<ブラック>(57万2000円)/フロアマット(3万2000円)/スポーツエキゾーストシステム(46万円)/シートヒーター(8万3000円)/ポルシェ・ダイナミック・シャシー・コントロール(56万8000円)/カラークレストホイールキャップ(3万円)/タイヤプレッシャーモニターシステム(11万4000円)/20インチ・カレラ・クラシック・ホイール(19万円)/クルーズコントロール(7万円)/シートベンチレーション(18万7000円)/ポルシェ・ダイナミック・コーナリング・ライト・システム(12万4000円)/BOSEサウンドシステム(25万円)/ライトデザインパッケージ(7万8000円)/パワーステアリングプラス(4万7000円)/パークアシスト<前後>(16万6000円)/スポーツクロノパッケージ(35万8000円)/サンルーフ(29万9000円)/電動格納ドアミラー(5万3000円)/スポーツデザインステアリングホイール(7万4000円)/助手席ISO FIX(3万2000円)/アダプティブスポーツシートプラス(57万8000円)/自動防眩惑ミラー(9万7000円)
テスト車の年式:2012年型
テスト車の走行距離:22547km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:768.3km
使用燃料:105.0リッター
参考燃費:7.3km/リッター(満タン法)/6.3km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。