第303回:もう成人式! 真のイタリア車ファンなら「フィアット・プント」を忘れるな!
2013.07.05 マッキナ あらモーダ!二十歳の「プント」
早いもので2013年も半分が終わってしまった。今年、日本のメディアでイタリア車のアニバーサリーといえば、なんといってもランボルギーニの創立50周年である。猫も杓子(しゃくし)もランボ、ランボ。
しかし、もうひとつ忘れてはいけない誕生日がある。「フィアット・プント」の20周年である。人間でいえば成人式だ。
初代プントのデザインを手掛けたのはジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタルデザインである。同社の記録によると、「フィアット・ウーノ」に続く小型車計画のコンペがフィアットから示されたのは1989年のことで、翌1990年にイタル案が採用されている。
初期のアイデアでは、側面から見てフロントフードとウインドスクリーンを可能な限り連続させ、ワンボックスと2ボックスの中間的なスタイルを目指していた。また最終的には空力による燃費改善のために断念されたが、車高はより高いものが想定されていたという。
初代プントは1993年9月のフランクフルトモーターショーでデビューした。ボディーは3ドアおよび5ドアで、エンジンはガソリンが1.1、1.2、1.3リッターのターボと、1.5リッター、ディーゼルは1.7リッターがあった。さらにベルトーネがボディー製造を手掛ける「カブリオ」がラインナップに加えられた。
プントは、1995年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。ボク自身が初代プントを初めて目にしたのは、当時勤務していた東京の自動車雑誌編集部の駐車場だった。当時ウーノに乗っていたボクは、ジウジアーロによるそれまでのエッジの利いたデザインからすると、ずいぶんと丸くなったものだ、と驚いたものだ。
苦難の時期支えた2代目
1999年7月にプントは2代目へと進化する。デザインはチェントロスティーレ・フィアットによるものだが、筆者が得た情報によると、開発の一部過程ではレオナルド・フィオラヴァンティも関与していたといわれる。ちょうどその年は、フィアットが創業100周年を迎えたこともあり、2代目プントはイタリアを代表するメーカーが新時代に入ったことを告げる「のろし」的な役割を担った。
フィアットはその直後に未曽有の経営危機に襲われる。しかしイタリアでプントは2002年だけで20万台以上販売され、最多販売車種の地位を守るなど、フィアットを地道に支え続けた。
2003年には、他モデルと共通のアイデンティティー(ファミリームード)を与えるという当時のチェントロスティーレ・フィアットの方針でフェイスリフトが行われ、「フィアット・ムルティプラ」後期モデルと同様にダミーのラジエターグリルが付けられた。
そして2005年、3代目「グランデプント」が誕生した。ひとまわり大きくなったボディーは、初代と同じイタルデザイン-ジウジアーロのデザインによるものだ。この3代目プント、2009年のフェイスリフトでは「プントEVO」と改名、さらに2012年のマイナーチェンジでは「プント」と名前を変えて現在に至っている。この名前の度重なる変更を見て、「真理子」「真理絵」と名前を変えていった女優・石原真理を思い出すのは、筆者だけだろうか。
それはさておき、グランデプントの世界は広がりを見せた。2007年には、セダン人気が高い新興国向けに仕立てた3ボックス版「リネア」を発表した。現在、トルコ、ブラジル、インド、ロシアで組み立てられている。
なおここ数年来の燃料高騰を受けて、イタリアでは、プントのメタン/ガソリンおよびLPG/ガソリン併用仕様も人気を博していることも付け加えておこう。
もっとカルトな話題を挙げれば、現行プントにカブリオレは存在しないが、2006年のジュネーブショーでは、グランデプントをベースにした2モデルが出展された。一台はベルトーネ「スアーニャ」、もう一台は「フィオラヴァンティ スキル」である。前者はクーペカブリオレ、後者はデッキ付きのカブリオレだった。
参考までに2代目の後期型は、3代目が登場した後も欧州では「プントクラシック」の名前で数年にわたって並行販売され、よりコンパクトでベーシックなクルマを望むユーザーから支持を獲得し続けた。
イタリア人にとっての「プント」
しかしながら、個人的に最も印象深いプントは、ボクがイタリアにやってきた頃販売されていた初代である。冒頭で、これがジウジアーロ作品かと驚いたと記したものの、イタリアの古い町並みの中にたたずむ姿を遠くから眺めると、黄金比ともいえる各ピラーの角度と、絶妙なウエストライン位置は、まがうことなくイタルデザインの仕事だった。
初代はイタリアの若者に人気があった。知人の若者ルカは免許を取得したばかりだった。当時イタリアでは排ガス未対策車からの買い替えを促すエコ奨励金制度があったので、ルカは自分の父親に長年乗った「フィアット128」を下取り用として提供してもらい、赤の3ドア・プントを手に入れた。今もそうだが、イタリアの若者にとって、5ドアは所帯じみていてあまり人気がないのである。だが、妥協するところもあった。当時は6段マニュアルのプントが人気だったのだが、予算の都合で標準の5段に落ち着いた。それでも彼は相当そのプントが気に入ったらしく、赤いボディーがイタリアの太陽でピンク色に退色するまで乗っていたものだ。
次にボク自身の思い出も記そう。イタリアに来て2年目、1Kの狭いアパルメントに閉じこもって勉強ばかりしていると、次第に精神的にめいってきた。かといって、イタリアの公共交通機関は充実しておらず、クルマなど買えなかったわが家が遊びに行く場所は限られていた。この状況は、女房のほうがより精神的にきつかったらしく、ボクより3カ月あとにイタリアにやってきたにもかかわらず、先にやられてしまった。
そこであるとき女房の療養も兼ねて、クルマを借りてパリまで走る大旅行を計画した。レンタカーの営業所に行き、「パリまで行くので、一番安いクルマを貸してください」と予約しておくと、当日用意されていたのは、初代プントの「S」というベーシック仕様だった。幸運なことにまだ100キロも走っていない、おろしたてである。
走りだしてから気がついたのは、日本ではすでに当たり前だったエアコンが付いていないことであったが、それは春先だったからどうでもよかった。もっと驚いたのは助手席側のドアミラーが付いていないことだった。後日知ったのだが、当時最低グレードでは当たり前で、イタリアの保安基準もそれを許していたのだ。
カーラジオもなかった。しかし走行中ふたりで歌ったり、しりとりをしたりしていれば、それで楽しかった。これからイタリアでぜいたくしなくても、楽しく生きていけることを“素のプント”で2400km走るうちに学んだ。
ちなみに現行の3代目プントはデビューからすでに8年が経過し、歴代モデル中最長寿となった。にもかかわらず、イタリアでは2013年上半期「フィアット・パンダ」に次ぐ登録台数を誇っている。まさに現代における国民車だ。
ボクは路上で初代プントを見ると、わが家にとって初めての、あの欧州大ドライブ旅行を今でも思い出す。ボクだってそうなのだからプントの数だけイタリア人の思い出がある。彼らにとってまさに“走るアルバム”であるに違いない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、FIAT、BERTONE, Fioravanti)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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