第306回:モンテゼーモロ特急と激暑ローカル線
「ユニクロ品質」なきイタリア
2013.07.26
マッキナ あらモーダ!
特急「イタロ」
イタリア初の民営高速特急「イタロ」が営業開始して、早くも1年3カ月余りが過ぎた。イタロを運行しているのは、フェラーリの会長を務めるルカ・ディ・モンテゼーモロや、靴やバッグのブランド、トッズの会長であるディエゴ・デッラ・ヴァッレらが出資して設立された鉄道会社である。
社名はイタリア語で新旅客輸送を意味する「ヌオーヴォ・トラスポルト・ヴィアッジャトーリ」という。略称は、思わず日本テレビかと勘違いする「NTV」だ。
イタロは、旧イタリア国鉄系の高速鉄道用新線や駅設備を借りて営業している。日本ならば、新幹線の線路に私鉄の特急もときどき走っていると考えればよい。
このイタロ、かつて高速新線がない時代は約3時間かかっていた中部フィレンツェ-北部ミラノ間を1時間38分で結んでいる。
予約は専用ウェブサイトからできる。料金や条件は航空会社のように残席数によってフレキシブルに変更される。今原稿を書いている時点で翌日のフィレンツェ-ミラノ往復を選択すると、エコノミー相当のスマートクラスで、往復約1万円である。同じ区間をクルマで行く場合の、高速道路の通行料金+燃料代よりも安い。
旧国鉄系の乗務員が旧来の鉄道員然としているのに対し、イタロのクルーの平均年齢は明らかに若く、てきぱきとしている。
車内では通信会社を問わずWi-Fiが無料で使える。YouTubeなどのストリーミング鑑賞はできないようになっているが、代わりに車内専用サイトでさまざまなイタリアおよび外国映画、そしてニュースが無料で見られるから、スマートフォンやタブレットPCを持参するだけで退屈しない。電源アウトレットも付いている。
窓が広いのもよい。NTVによると、ウィンドウ面積は従来型車両の2割増しという。最高営業速度は時速300kmだ。並行して走っている高速道路「太陽の道(アウトストラーダ・デル・ソーレ)」を走るクルマが止まっているように見えるから痛快である。
そのようなわけで、イタリア北部へ仕事に行くことが多いボクにとって、イタロは大変便利な、いわば通勤電車になりつつある。
その先は単線の気動車
と書くと、イタリアの鉄道は天国であるが、そうは甘くない。ボクの場合、イタロが運行している区間のほかに、自宅があるシエナとフィレンツェの列車往復が加わるのだ。これが問題である。
旧イタリア国鉄系「トレニタリア」社のローカル線は、わずか70数kmの距離にもかかわらず、本数は1時間に1本程度である。特に深夜早朝は、運行間隔がさらに開いてしまう。
車両も貧弱である。2両編成のディーゼルカーだ。エンジン音も勇ましく、ボクなどは「エンジンの音、轟々と~♪」という軍歌「加藤隼戦闘隊」を歌いだしたくなる。
冷房付き車両もあるが、かなりの確率で壊れていたり、効きが悪い。扇風機のほうがよほどよい。夏の車内はエンジンの熱気も加わり、ときとして灼熱(しゃくねつ)状態になる。
さらに明かせば、かつてサッカーセリエAの街でもあったエンポリを過ぎると単線になる。途中駅で列車の交換待ちがあるおかげで、クルマだったら1時間前後で済むところを1時間32分もかかる。たった70kmちょっとの区間なのに、イタロでフィレンツェ-ミラノ間約300kmを移動するのと、ほぼ同じ時間を要するのだ。やれやれ、である。
モダンな特急を降りた途端、時代遅れな気動車。その格差はあまりにも激しい。これが日本なら、東京駅で新幹線を降りても、再びエアコンの効いた電車に乗れるのに思うと、悲しくなってくる。
妊婦検査は1年以上先
思えばイタリアという国は、「スゴいもの」と「そうでないもの」の差が激しく、中間が薄い。
例えばアパレル。一流サルトのスーツやジャケットがあるいっぽうで、安い物の品質は限られている。同じ中国製の服でも、東京で売られているものと比べると縫製のクオリティーはかなり低い。
医療もそうだ。イタリアの外科移植技術は高水準で、その成功例はたびたびニュースとして取り上げられる。いっぽうで地元の診療所にはレントゲン装置すらなく、検査は地元の公立病院に頼らざるを得ない。妊婦向け検査の予約が、1年以上先でないと取れない、という笑い話のような本当のニュースもよく聞く。
音楽もしかりである。イタリアは今日でもリッカルド・ムーティ、アンドレア・ボチェッリに代表されるように、著名指揮者やオペラ歌手を輩出している国である。
しかし以前、小学校の音楽の授業を取材に行ったときのことだ。彼らに配給されているリコーダーの管部分は日本のようなプラスチック製ではなく、厚紙に穴を開けたものだった。
そもそもクルマだって、フェラーリやマセラティといった超高級車があるいっぽうで、高い機能と付加価値を持ちながら、手頃な価格を実現した日本製軽のようなクルマは存在しない。
「価格以上のおもてなし」なき国
背景には、イタリアの高い税率や労働賃金、日本のように徹底できない現地工場の品質管理、立ち遅れた民間医療への門戸開放、教育予算不足……と、本欄では到底語り尽くすことのできない問題がある。ともかく断言できるのは、「イタリアでは日本のユニクロのごとく、安くて、いいものを見つけるのは難しい」ということだ。
いっぽう最近の日本のニュースに話を移すと、国民生活センターには格安航空会社(LCC)に関する苦情が増加しているという。「価格以上のおもてなし」に慣れた日本の顧客に対して、サービスを提供する側が格安サービスにはそれなりの条件や背景が伴うことを、いかに納得できるよう説明できるかが、解決の鍵となろう。
なお同センターのウェブサイトによると、LCCに関する相談件数が多いのは20歳代だという。そこで気になるのはイタリア製品だ。ボクが20代だった頃、それらがたとえ少々使いにくかったり壊れたりしても「イタリア製だから、しょうがないぜ」で、その美しいデザインとともに笑って済ませていた。今になって思えば、それはたぶんに自動車雑誌の影響だが。
これからの日本の若いジェネレーションが、メイド・イン・イタリーをどのように評価してゆくのか興味深いところだ。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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