ポルシェ911ターボ(4WD/7AT)/911ターボS(4WD/7AT)
希代のオールラウンダー 2013.09.16 試乗記 後輪ステア機構の採用に、PDKのみという設定、さらにはニュルブルクリンク北コースのラップタイムが「GT3」の2秒落ちと、新しい「ポルシェ911ターボ」の“標的”は、まるでGT3であるかのようだ。しかし、実際にステアリングを握ってみれば、911ターボの主張はかくも違っていた……。ドイツからの第一報。全身を“アクティブ”で武装
登場から約2年の間に、タイプ991と呼ばれる「ポルシェ911」シリーズは、いつものように続々とバリエーションを拡大させてきた。今度はいよいよ「ターボ」の登場。しかも、いつもなら後から加わる「ターボS」も同時のお目見えとなった。
そのプレス向け試乗会は、ドイツ北部の保養地パーダーボルンが舞台。プログラムには一般道、さらにはサーキット走行も組み込まれていた。
この新型911ターボ&ターボS、外観は一種異様なほどの存在感を漂わせている。一番の要因は、「カレラ4」よりもさらに左右計28mmワイド化されたリアフェンダーだろう。全幅はついに1880mmまで達している。
その割に空力パーツはおとなしめに見えるが、実はこれは新採用のポルシェ・アクティブ・エアロダイナミクスシステム(PAA)のおかげだ。PAAは速度、そしてモード設定によりフロントのラバー製スポイラーを徐々に展開させる一方、リアスポイラーも高さ、そして角度を変化させる。これにより通常走行時を高効率にこなしながら、サーキットなどでは最大限のダウンフォースを得ることが可能となる。街乗りの際、フロントのアプローチアングルを稼げるのも、無視できないメリットだ。
よりグラマラスになったヒップに収まるエンジンは、排気量3.8リッターの水平対向6気筒直噴ツインターボユニット。細部のリファインにより最高出力はターボでプラス20psの520ps、過給圧を上げてレッドゾーンも200rpm上の7200rpmに設定したターボSでは実に560psを発生する。トランスミッションは、ついに7段PDKのみとなった。まあ、「GT3」ですらそうなのだから十分に予想できたことである。また、いずれも燃費が16%改善されているということも付記しておこう。
シャシーは、まさに電気仕掛けだ。電子制御式4WDのPTMに加えて、これもGT3に続いて後輪を操舵(そうだ)するアクティブリアホイールステアを搭載。さらにトルクベクタリングを行う電子制御デファレンシャルのPTV Plus、そしてターボSでは可変スタビライザーのPDCCにダイナミックエンジンマウントも備わる。
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リラックスして堪能できる560ps
そのほかにターボSには、センターロック式の鍛造アルミホイールやカーボンセラミックブレーキのPCCB、専用のインテリアなどが設定される。最初にステアリングを託されたのは、このターボSだった。
一般道での911ターボSは、語弊があるかもしれないが、まさに完璧な乗用車。乗り心地は硬質だが粗野ではなく、アクセルを踏み込めば即座に欲しいだけのトルクがもたらされ、コーナーではロール感なく軽やかに旋回していく。アクティブリアホイールステアのおかげで小回りも面食らうほど容易だ。
ただし、普通の乗用車と異なるのは、縦方向にも横方向にも血の気が引くほど速いということである。まるで全知全能を手にしたような気分。それだけに、一般道ではあくまで理性的に、紳士的にと心掛けている必要がある。
その分、サーキットでは思い切りむちを入れた。当然、スポーツクロノパッケージ・プラスは“スポーツ・プラス”に。この時、パワートレインやサスペンションの設定が変更されるほか、PAAが“パフォーマンス”モードになる。これだけでニュルブルクリンク北コースを2秒速く周回できるというから効果は大きい。
エンジン特性はフラットで、恐怖心とは無縁に全開にできて、いつの間にかすごい速度に達している。560psをこんな風にリラックスして堪能できるクルマ、果たして他にあるだろうか。それを可能にするのはすさまじいブレーキ性能のおかげでもある。効きはもちろん、制動時の圧倒的なスタビリティーのおかげで、いつでも躊躇(ちゅうちょ)なくガツンと踏める。
ステアリングを切り込めば、ノーズは素直に安定感を保ちつつインを向いていく。この速度域では後輪が同位相に切れているはずで、それも間違いなく、その抜群の安定感に貢献しているのだろう。
立ち上がりではアクセルオンするや否や、多少舵角(だかく)が残っていようと思った通りの方向に強烈に引っ張られていくのが快感。トランスファーが水冷式となり、前輪へのトルク伝達量を増やすことができたということで、挙動はより滑らかになった感があるが、一方で911らしいリアから押し出す感じはさらに薄まった気もして、少しだけ寂しくなった。
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悩ましい選択
続いては一般道でターボを試した。エンジンはレスポンスが心なしかマイルド。駆け上がっていく感じも、わずかに穏やかな気がする。しかし、直前にターボSに乗って感覚がまひしていなければ、こちらも猛烈に速く、刺激的なことは間違いない。
シャシーも印象が違って、ステアリングフィールは少し甘めだし、荒れた路面での乗り心地も、よりしなやかな印象。けれど、個人的にはこれが何とも心地よく感じられた。
ターボに乗った後に振り返ると、ターボSはPDCCの効果なのか、どこかサイボーグのよう。違和感はないが、やはり本来あるべきロールが抑えられているのが何かを感じさせるのかもしれない。それに比べるとターボは、より“クルマっぽい”。絶対的なコーナリング速度は数km/h劣るのかもしれないが、動きがよりナチュラルに感じられるのだ。
シャシー担当プロダクトマネージャーであるウルリッヒ・モービッツァー氏にそう告げると「その通り。ちゃんと2台の性格を分けたんです。サーキットまで視野に入れる人にはターボSを選んでほしいし、そうじゃない人にはターボがベストです」と返ってきた。慣例と違って2モデルが同時に登場したのも、そういうことなら納得だ。
なお、この新型911ターボSはニュルブルクリンク北コースを7分27秒でラップするという。GT3の2秒落ちとなるわけだが、GT3がドライ性能に的を絞ったカップタイヤを履くことを忘れてはいけない。つまり、あらゆるシチュエーションをオールラウンドにこなせて、それでいてサーキットでも遜色ない速さを発揮するのが、その価値ということになるだろうか。
しかしながら個人的に気に入ったのはターボ。サーキットに行くつもりなら、きっとGT3を選ぶだろう。いや、こんな速さは一般道では片りんくらいしかのぞくことはできなそうだから、やはり時にはサーキット、行きたくなるのだろうか?
今まで、あとからターボSが加わるたびに、ターボのオーナーは悔しい思いをしてきたと思う。けれど同時に登場しても、それはそれでやっぱり悩ましい気持ちにさせるのだ。
(文=島下泰久/写真=ポルシェ)
テスト車のデータ
ポルシェ911ターボ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4506×1880×1296mm
ホイールベース:2450mm
車重:1595kg(DIN)
駆動方式:4WD
エンジン:3.8リッター水平対向6 DOHC 24バルブターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:520ps(383kW)/6000-6500rpm
最大トルク:67.3kgm(660Nm)/1950-5000rpm (72.4kgm<710Nm>/2100-4250rpm)*1
タイヤ:(前)245/35ZR20 91Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:9.7リッター/100km(約10.3km/リッター、NEDC複合サイクル)
価格:2030万円*2/テスト車=--円
オプション装備:--
※数値は欧州仕様のもの。
*1=オプションのスポーツクロノパッケージ装着車で“スポーツ・プラス”モードのオーバーブースト機能を作動させた場合。
*2=日本での車両本体価格。
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
ポルシェ911ターボS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4506×1880×1296mm
ホイールベース:2450mm
車重:1605kg(DIN)
駆動方式:4WD
エンジン:3.8リッター水平対向6 DOHC 24バルブターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:560ps(412kW)/6500-6750rpm
最大トルク:71.4kgm(700Nm)/2100-4250rpm (76.5kgm<750Nm>/2200-4000rpm)*1
タイヤ:(前)245/35ZR20 91Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:9.7リッター/100km(約10.3km/リッター、NEDC複合サイクル)
価格:2446万円*2/テスト車=--円
オプション装備:--
※数値は欧州仕様のもの。
*1=オプションのスポーツクロノパッケージ装着車で“スポーツ・プラス”モードのオーバーブースト機能を作動させた場合。
*2=日本での車両本体価格。
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
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