第313回:「さびた陸橋」に見る、大人の国イタリアのセンスとは
2013.09.13 マッキナ あらモーダ!「太陽の道」で気になるアレ
アウトストラーダA1号線「太陽の道」といえば、イタリアを代表する高速道路である。日本の自動車雑誌でもたびたび美しく紹介されるこの幹線道路だが、フィレンツェーボローニャ間のアペニン山脈区間は、全ルートのなかで一番の難所である。狭い幅員の片側2車線道路がひたすら続く。カーブの曲率は高速道路のものとは思えないきつさだ。イタリア物流の大動脈となる道路ゆえ、走行車線には大型トラックが延々と連なる。
「コーナを攻める!」などという言葉とは無縁の路上穏健派であるボクとしては、運転していてこの区間に差し掛かるたび、「ああ、イタロ(イタリアの高速鉄道)に乗ってくればよかったぜ」とため息をつく。
歴史をたどると、この区間の開通は半世紀以上前の1960年だ。その頃のイタリアといえば、1955年に発売された「フィアット600」や1957年にデビューした「フィアット500」によって、ようやく人々がモータリゼーションの仲間入りを果たした時代である。そうしたクルマがトコトコ走っていた道を、今では、何倍も速いクルマが、何倍も多く走っているのだから、これは無理がある。
そんなわけでようやく近年、拡幅工事が進められるようになったのだ。すでにフィレンツェの平野部は、作業が容易なことから工事がほとんど終わっていて、渋滞がかなり解消された。
おっと、前置きが長くなってしまったが、ここからが今回の本題である。
そうしたアウトストラーダの拡幅に合わせ、新しい陸橋がいくつもできたのだが、ある共通の特徴がある。何かといえば、「茶色くさびている」ことだ。
「空襲よけガードレール」はウソだった
それを見て、「ひっどいなぁ~。造った途端にサビサビかよ」。ボクは通るたび、そう嘆いていた。イタリアでは、工期半ばで予算が枯渇したり、請け負った企業が倒産したりして、放置される工事が星の数ほどある。したがって、塗装を請け負った企業が倒産してしまったのではないかとも思った。
だが調べてみると、面白いことがわかった。以下、専門領域とする方には噴飯ものであろうが、お読みいただきたい。
さびている(ように見える)橋に使われているのは、耐候性鋼といって、混合された銅やニッケルの働きで、銅表面の腐食を抑える安定錆(さび)層ができるようにした鋼材だったのだ。湿乾を繰り返すうちに耐食性が増す。錆で錆を制すというわけである。
錆というと、少年時代、自転車のリムに浮いてしまった錆や、『錆びたナイフ』を歌う石原裕次郎の不良っぽさによって悪者のイメージがつきまとっていた。だが、役にたつ錆もあったのである。
ちなみにイタリアでは、アメリカの鋼材メーカー、ユナイテッド・スチール社の登録商標をそのまま用いて、「COR-TEN(コールテン)」と呼ばれている。
イタリアの高速道路と耐候性鋼といえば、別の例もあった。オーストリアとの国境であるブレンナー峠に向かうA22号線「アウトストラーダ・ブレンネロ」に使われているガードレールである。300km以上にわたって茶色だ。
オーストリアから陸路で戻ってくると、イタリアに入った途端ガードレールが茶色くなる。そのためボクなどは、「みっともないなぁ。国の恥だ!」といつも思っていたものだ。しかし、それも調べてみると、耐候性鋼だった。
「イタリアが他国から空爆される危険に陥った際、目印にならないように茶色く塗られている」と思っていた人もいたようだが、それも単なる都市伝説だったことになる。
イタリア人は「風合い」がお好き
実はボクがアウトストラーダ陸橋の錆について調べてみようと思ったきっかけは、わが家を実効支配し、かつ語学テキストの連載でイタリアの伝統工芸を取材している女房にくっついて、ある職人工房を訪ねたときだった。
物の風合いについて話をしていると、職人さんがこう言った。
「最近じゃ、アウトストラーダの陸橋でさえ、風合いを出すのが流行だからね」
ボクはすぐに、例のサビサビ橋のことだ! とピンときた。
彼は耐候性鋼についてまでは触れなかったが、たしかに今日のイタリア人は新しいものを古めかしく見せる「風合い」が好きである。
鉄製民具のなかには屋外に晒(さら)しておいて、わざと錆を発生させるものもある。
家具メーカーに勤めていたおじさんによれば、古い家具の傷を再現すべく、使用する板に散弾銃を放つのだそうだ。実際、ボクが以前住んでいた家具付きアパルタメントには、そうして作られたアンティーク調の本棚があった。もちろん、本当の骨董(こっとう)品のような価値はないが、古い家に置いてもしっくりとマッチする。
日本では、建造物に耐候性鋼を使用すると「さびているが、大丈夫か」という問い合わせが相次ぐという。
いっぽうイタリアでは、トンネルの入り口といった「ここまで使わなくてもいいのでは?」というようなところにまで耐候性鋼が使われるようになっている。新しいスタイルばかりを追い続ける時代を卒業した大人の国、イタリアのセンスであるといえよう。
(文と写真=大矢 アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。