ベントレー・フライングスパー(4WD/8AT)
老舗の尽きない悩み 2013.10.03 試乗記 車名から「コンチネンタル」というシリーズ名が外れ、一転してエレガントなエクステリアをまとった新型「フライングスパー」。ベントレーはこの新型に、どんなメッセージを込めたのだろうか?変わらないことの価値
これまで通りに見えて、雰囲気や調度品がなんとなく昔とは違う気がする。どこがどうと明確に指摘できるほどではないけれど、やはり違う。「コンチネンタル」というシリーズ名が外れて「フライングスパー」と呼ばれるようになった新しいベントレー・サルーンに乗り込んだ時に感じたのは、久しぶりに訪れたクラシック・ホテルの微妙な変化に戸惑うような、そんな感覚だった。
ベントレーに乗るのは久しぶりだが、人間の記憶は当てにならないようでいて意外に確かである。シートをはじめとした内装レザーのテクスチャー、つまり風合いや質感が記憶と違っていたのだ。
といってもベントレーのような車には標準レザーはあってないようなもの、豪華なヨットをほうふつとさせるこの車の明るくソフトなリネンとタンのトリムも別注のはずだから当てにはならないと思ったら、やはり新型のインテリアには600点もの新パーツが採用されており、従来型から引き継いだ部品はサンバイザーやアームレスト、フロントコンソールなどごく少数にとどまるという。それでいながら、はっきりと指摘できるような違いを感じさせないベントレーの技をむしろたたえるべきだろう。
もっとも、華やかな室内を矯めつ眇(すが)めつしているうちに、ひとつ気になる点を見つけた。ダッシュからドアパネルまでぐるりと回り込むように張られたチェストナット(栗材)のパネルに継ぎ目の線が見えることだ。
パネルを接ぐ場合は薄い化粧板をさらに薄く2つに割り、木目を左右対称に広げて使用する(ミラーマッチングという)のが慣例なのだが、この車では単なる継ぎ目にしか見えなかった。もしかするとこの仕様ではこれで正しいのかもしれないが、これまでのベントレーでは見たことがないだけに心に引っ掛かった。
という具合に少しでも従来と異なる点があると、こまごま指摘されるのが名門ブランドの宿命だ。工業製品である限り、新しいモデルが合理的に進歩するのは当然だが、より合理的に効率的に変わりましたといって喜ばれるわけではないのが、ベントレーの棲(す)む世界の特殊性である。新しいことよりもできる限り伝統に忠実であることが称賛され、そのいっぽうで時代に即した洗練も求められる。そうでなければ趣味人だけを相手にした現代風骨董(こっとう)品になってしまうからだが、そのバランスを取ることは有名であればあるほど難しい。伝統と革新の融合などと言葉にするのはたやすいが、実際に成功した事例はほとんどないのが現実である。
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乗る車から乗せられる車へ
ベントレーの苦心のイメージチェンジが鮮明に表現されているのがエクステリアデザインだろう。力強さといかめしさよりも優雅さを強調したエレガントでラグジュアリーなスタイルを見れば、路線変更を模索していることは明らかだ。
ベントレーは伝統的にたとえ4ドアサルーンであってもオーナー自らがステアリングホイールを握るドライバーズカーであり、スポーティーでパーソナルな用途の車であると主張してきたが、新興市場とりわけ中国のセールスの拡大によって、ショーファードリブンカーとしての要望を取り入れざるを得なくなってきている。ベントレーの2012年の世界販売台数は約8500台、そのうち中国での販売台数は2253台と、最大市場である北米に事実上肩を並べるほど拡大している。となれば当然そちらからの要求を無視するわけにはいかないのだ。
エアスプリングやスタビライザーの基本設定をよりソフトに見直した結果、常用域での乗り心地が滑らかになったのはその一環だろう。逞(たくま)しい脚で路面のギャップを踏みつぶして突進するこれまでの感覚ではなく、新しいフライングスパーはよりしなやかに、そして静かに不整をいなして行く。口うるさい常連客は文句をつけるかもしれないが、こちらのほうが日本の路上の現実的なスピードにも適していることは間違いない。
ただし、これをもって新型がいわゆる“優男”になってしまったんだ、と判断するのは早計だ。いかに新興富裕層が大切だとしても、今やドイツと英国の合同チームであるベントレーが豪華で安楽なだけの車を作るはずがない。極論かもしれないが、ベントレーの神髄は野蛮さとそれをコントロールするための礼節である。優雅な身のこなしの奥の、あの恐ろしいまでの腕っぷしは健在だ。
依然ドライバーズカーである
ベントレーの史上最強スペックである625ps(460kW)/6000rpmと81.6kgm(800Nm)/2000rpmを生み出す6リッターW12気筒ツインターボの圧倒的パワーを持ってすれば、たとえ2.5トン近い巨躯(きょく)だったとしても何ら気にすることはない。トランスミッションも「コンチネンタルGT」と同じくZF製8段ATに進化しており、ただスロットルペダルを踏みつけるだけでまったく破綻なく0-100km/h加速4.6秒、最高速322km/hという大型サルーンとしては驚異的な性能の一端を垣間見ることができる。
しかも、高速道路を猛然と突き進むスタビリティーだけでなく、ツイスティーな山道でも自信をもって飛ばせる正確なハンドリングも備わっている。今回はこれが国道かと思うほど狭く荒れた山道にも分け入ったが、全長5.3m、全幅2m近い巨体を持て余すことはなかった。その気で飛ばせば、昔通りの強靱(きょうじん)な足腰で応えてくれるのだ。
自動車もこのぐらいのレベルになると、絶対的な性能や機能性だけで語るのは意味がないし、またブランドの歴史と重みを熱心に説いても、それが新しいカスタマーに響くとは限らない。飛び抜けた価値を、量産製品(2280万円もするけれど)としての基準を守りながらどのように生み出すか。現代的に洗練されてはいるがその実どこも似たり寄ったりの和モダン高級リゾートのようなことにはならないと信じているが、ベントレーのような老舗にとってはこれからの時代が正念場だろう。客層を新たに広げるだけでなく、支えてくれる良い顧客を育てることも長く続く老舗には欠かせない仕事である。
(文=高平高輝/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
ベントレー・フライングスパー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5295×1976×1488mm
ホイールベース:3065mm
車重:2475kg
駆動方式:4WD
エンジン:6リッターW12 DOHC 48バルブツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:625ps(460kW)/6000rpm
最大トルク:81.6kgm(800Nm)/2000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 103Y/(後)275/35ZR21 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:14.7リッター/100km(約6.8km/リッター)(EUドライブサイクル、複合モード。ただし暫定値)
価格:2280万円/テスト車=2502万3600円
オプション装備:カラースペシフィケーション(39万2300円)/3本スポークツートンステアリングホイール(30万1300円)/21インチ10本スポークプロペラアロイホイール(43万6700円)/ベニアピクニックテーブル(27万1100円)/ラムウールラグ(11万300円)/プライベートテレフォンハンドセット(11万9400円)/後席用クライメートブースター(11万300円)/リアビューカメラ(16万7200円)/コンフォートスペック(31万5000円)
※ボディーサイズと車重は英国発表値
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:1375km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(5)/山岳路(2)
テスト距離:423.8km
使用燃料:74.2リッター
参考燃費:5.7km/リッター(満タン法)、6.0km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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