ポルシェ・パナメーラGTS(4WD/7AT)【海外試乗記】
なまめかしい変貌 2012.03.04 試乗記 ポルシェ・パナメーラGTS(4WD/7AT)まもなく日本導入となる「パナメーラ」の新グレード「GTS」。これまでパナメーラに抱いていた考えを変えさせたというハイパフォーマンスモデルの走りとは?
一番タフなサルーン
3日間で3000kmという、自分のクルマ人生で一番タフなツーリングを「パナメーラ」と共に過ごしたのは2009年の夏。ポルシェ・オーストラリアが企画したこのクルマのデビューイベントに、ドライバーとして参加した時のことだ。
オーストラリア大陸に初めて上陸したポルシェである「356A」を使い、当時外縁一周1万7000kmのプロモーショントリップが行われた。それをパナメーラで1/3の日程、1カ月余で走破してしまうという冒険めいたスケジュールの一部を担当した僕は、クルマは絶対に壊さないというプレッシャーのもと、ところどころでの撮影を織り交ぜつつ、朝から晩までひたすらにパナメーラを走らせた。
時には片側一車線の道路をあり得ないペースで延々と巡航することにもなったわけだが、そこで見せたパナメーラの正確無比な操縦性は、今でも鮮明に記憶に残っている。普段遣いで乗っていても体のいいサルーン程度にしか気づけないこのクルマの芯にあるものは、浮世離れした状況になればなるほどに光る。正直、3日で3000kmをそんなペースで走るとなると、サルーンではこのクルマ以外の選択肢は考えられないと思ったほどだ。
とはいえ、ライバルを寄せ付けない独壇場的なパフォーマンスをみせつけようとしても、公道で気軽にとはいかない……と、そこに日本市場におけるパナメーラのジレンマがあるのではないだろうか。それゆえに、パナメーラにおけるベストバイは強烈な軽快感を持つV6のFR、すなわちベースモデルではないかと個人的には思っていた。
心をくすぐる仕上がり
「GTS」に乗ってその考えが変わった最大の理由は、オーナーが一番多用するであろうレンジの乗り味が俄然(がぜん)なまめかしくなったことにある。
アダプティブエアサスペンションは、標準車に対して10mmのローダウンと共にサーキット走行をも前提としたレート設定がなされているが、そのライド感は走り始めから拍子抜けするほど丸くしなやかだ。
鋭利な凹凸を踏み越えたときのインパクトには大径タイヤなりのハーシュネスも感じられるが、その減衰感はスキッとしている。そのフラット感は、高速域での大きな入力も一発で収束させ、乗員をぶざまに揺することもなく、まるでジャガーにでも乗せられているかのようだ。そういうしなやかさは、ポルシェらしい精緻さの中に絶妙の案配で織り込まれており、パナメーラの印象をも個性的で洗練されたものに変える力がある。
そんなシャシーに組み合わせられるGTSのエンジンは、従来の中間的グレードにあたる「S」「4S」に搭載された4.8リッターV8をベースに、専用のチューンを加えたもの。それは単なるECUのマップのみならず、オリジナルの吸気システムと30%の排圧低減を実現したスポーツエキゾーストシステムの採用で、パワーは30ps向上の430ps、トルクは2.0kgm向上の53.0kgmを獲得している。
レッドゾーンは7200rpmからと、5リッタークラスのV8エンジンとしてはかなり高回転型にしつけられたそれは、絶対的なパワーを得るというよりも、全域でのレスポンスとフィーリングとを、グッとスポーティー側に高めたセッティングという印象だ。トップエンドに至るまで吸い込まれるようなフィーリングと共にパワーを二次曲線的に乗せていく一方で、低回転域ではアクセル操作に対しての食いつきにも文句がない。サウンドに関してもうるさすぎず静かすぎずと程よいチューニングが施されており、官能性においてもパナメーラの中ではもっとも好き者の心をくすぐる仕上がりとなっている。
もっともポルシェらしい「パナメーラ」
公道で試乗した車両をそのままサーキットに乗り入れて、制約も容赦もない試乗を行えるというのはいつものポルシェらしいテストのスタイルだが、さすがにパナメーラともなればそうはいかないだろう……、という想像はあっさり覆された。アスカリサーキットの大部分を専有してのコースはきつめのアップダウンも含まれ、小さなラグナセカサーキットといえるほどハードに仕立てられている。が、GTSは全長5m近いサルーンとしては異例も異例、破格といっていいほどのドライバビリティーを示してくれた。
なにより印象的なのは、四駆でありながら、軽快かつニュートラルに曲がる旋回マナーのよさ。それをGTSは、とんでもなく高い速度域まで維持し続ける。しかもその間のライン変更やブレーキングなど、操縦自由度の高さはとても大型サルーンのマスを背負っているとは感じさせないほど。いつしか乗り手はそのクルマがパナメーラであることをすっかり忘れるはずだ。
乱暴に言ってしまえば、GTSはターボのエクイップメントをまとい、それを専用に化粧直しした強化版NAモデルである。ただしそれは見た目の話であって、動力性能はターボに及ばずとも運動性能はターボをも凌(しの)いでいるわけだ。劇的になにかが軽くなったわけでも強くなったわけでもない。それはポルシェのファインチューニングの妙によるパフォーマンスである。
思えば、先にリリースされた「カイエンGTS」にしても、「911GTS」にしても残る印象はそういうものだった。
その調律に、どれだけのエクストラを払えるかは個人の裁量だろう。が、現時点で僕が断言できるのは、GTSこそが最もポルシェらしいパナメーラであり、ベストの選択肢であるということだ。長くの距離と時を共にしているつもりだったが、ここまで化けるとは思わなかった……というのが、正直な心境である。
(文=渡辺敏史/写真=ポルシェ・ジャパン)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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