スバルBRZ tS GT PACKAGE(FR/6MT)
思い切り楽しめるスポーツカー 2013.11.21 試乗記 スバルのモータースポーツ部隊「STI」が手掛けたコンプリートカー「BRZ tS」に、一般道とサーキットで試乗。クローズドコースを走り込んで分かった、STIチューンの神髄とは?硬いけれど上質な乗り心地
STI(スバルテクニカインターナショナル)が手掛けた「BRZ」のコンプリートカー「tS」に、とうとう試乗することができた。幸運にも、一般道とサーキットという、ふたつのステージでだ。ちなみに編集担当氏からは、「くれぐれも限界性能のみのインプレッションにはならないように……」とクギを刺されていた。確かにその気持ちはよくわかる。いくら増えてきたとはいえ、実際にサーキットを走る人の数はまだまだ少ない。そこでの良否をいくら熱心に伝えても、『webCG』の読者に「サーキットなんか走らないもん」と言われてしまえば、それまでだからだ。
それでも筆者が、このtSをサーキットで走らせたいと切望したのは、やはりこのクルマが「走らせてなんぼ」のスポーツカーだからである。
そしてそのもくろみは、見事に当たっていたと思う。
一般道での乗り心地は、はっきりと硬め。いわゆる街乗りレベルでは、路面の凹凸に対して吸収しきれなかった入力が、じかにボディーへと伝わってくる。だからこのtSは、決して「乗り心地のいいクルマ」ではない。
ただ面白いのは、その突き上げがそれほど不快ではないことだ。むしろこの乗り味を、上質と評するドライバーもたくさんいるだろう。その理由は、与えられた入力が一発でビシッと収まるからである。高い剛性を持ちながらも、初期の衝撃吸収能力が高いタイヤ「ミシュラン・パイロットスーパースポーツ」と、これをベースに開発された専用ダンパー。そしてBRZのボディー剛性が、結果的に衝撃のカドを、うまく取り去っている。
「チューンド・バイ・STI」の神髄
もっともこれは、STIが考えに考え抜いて整えたバランスなのだと思う。今以上にサスペンションを柔らかくすれば、「彼らが求める領域」で、腰の据わった走りが実現できない。かといってガチガチに固めてしまったら、ナンバー付きのロードスポーツではなくなる。雨の日も安心して走れる安全性を含めたバランスの頂点が現状の乗り心地なのだ。だからtSの乗り味は、スピードレンジが上がるほどに、フラットになっていく。
ただしワインディングロードレベルでいくら鞭(むち)を入れても、「その領域」は拝めない。200psのエンジンパワーはそのままにシャシーをチューニングしているから、tSのリアセクションは恐ろしく安定しているのだ。そのハンドリングは非常にリニアだから、限界領域で走っていなくても楽しいし、決して“クルマに乗せられている”ような気持ちにはならない。しかしその神髄を味わうならば、やっぱりサーキットへ足を運ぶのが一番近道だと筆者は考える。
というわけで今回は、このtSを富士スピードウェイで走らせてみた。
速度リミッターの影響で、ストレートでの最高速度は190km/hを少し過ぎたあたり。そうなると車体が1250kgと軽いBRZは、かなり奥までブレーキングポイントを詰めることになる。100m看板を越えたあたりでしっかりとブレーキング。ここでtSは、前足を踏ん張り、きっちりと車速を殺した。
GTウイングの効果はハッキリと現れていて、ブレーキング時はわずかな前傾姿勢。これを保ったままステアリングを切り込んでいくと、リアタイヤを路面に貼り付けたまま、tSは弱アンダーステアで旋回しはじめる。
驚いたのは、そこからアクセルを踏み始めると、クリッピングポイントに向かってクルマが進むことだった。普通であればアンダーステアが助長されて、マシンは外に膨らんでいくはずなのに。そしてこれこそが、tS(=チューンド・バイ・STI)の神髄だと感じた。
玄人好みな走り
タイヤが微妙に滑っている「過渡領域」においてトラクションを掛けていくと、「トヨタ86」はオーバーステアになる傾向が強い。対してBRZはリアの安定性を高め、弱アンダーをキープし続けるのだが、このtSは、さらにそこから一歩進んで、4輪を滑らせながらも前に進もうとするのである。
これは荷重移動が少ない高速コーナー(コカコーラ・コーナーや100R)でも同じだった。弱アンダーステアの基本特性を理解して、アクセルとステアリングの連携でノーズをインに向け、クリップのほんの少し手前からアクセルを踏んで立ち上がっていく。
フロントセクションに追加されたフレキシブルタワーバーや、ドロースティフナー、リアのアームにピンポイントで仕込まれたピロボールブッシュ。これらが、タイヤが滑りはじめてもグリップを途切れさせない。そして大径ドライブシャフトが、最後の一押しをする。ミシュラン・パイロットスーパースポーツに、絶妙に合わせ込まれたサスペンションが、タイヤの性能を使い切る。実に玄人好みな走りだ。
オーバーステアが好みのドライバーにとって、tSの走りはコンサバかもしれない。それならば、「GT PACKAGE」のウイングを選ばなければよい。しかし、この緻密に仕込まれた走りを攻略することはスポーツドライビングの醍醐味(だいごみ)そのものである。また弱アンダーステアにしつけられたハンドリングは、ビギナーにとっても有益で、自分の限界を少しずつ上げていくのに役立つはずである。
リーズナブルにスポーツドライビングが楽しめる
富士スピードウェイを約9周走っても、強化されたブレーキはまったくへこたれなかった。タイヤも内圧調整を2回ほど行うと安定し、周回を重ねてもフィーリングに大きな変化は見られなかった。かつ、とてもきれいに摩耗していた。これはtSのタフさと経済性の高さを物語っている。つまりこのクルマを手に入れれば、質の高い走りを、えらくリーズナブルに、何周も味わえる。
正直言うと、このシャシーが発生するコーナリングフォースに対してシートのサポート性能は少々足りなかった。そう考えると、ベース車+約150万円のGT PACKAGEではなく、+約87万円で手に入る普通のtSが売れているのもうなずける。
「くれぐれも限界性能のみのインプレッションにはならないように……」
編集担当氏の心配は見事に的中してしまったように見えるけれど、本当に筆者が言いたいのは、限界の高さうんぬんではない。こうして思い切りスポーツドライビングが楽しめるスポーツカーが、現実的な価格で手に入ることが、何より素晴らしいということなのだ。
確信犯でごめんなさい。でもスバルBRZ tSを選べば、うまくなれる。
(文=山田弘樹/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
スバルBRZ tS GT PACKAGE
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4260×1775×1290mm
ホイールベース:2570mm
車重:1250kg
駆動方式:FR
エンジン:2リッター水平対向4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:200ps(147kW)/7000rpm
最大トルク:20.9kgm(205Nm)/6400-6600rpm
タイヤ:(前)225/40ZR18 92Y/(後)225/40ZR18 92Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:--km/リッター
価格:429万4500円/テスト車=429万4500円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:1901km
テスト形態:ロードインプレッション/サーキットインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:348.5km
使用燃料:42.1リッター
参考燃費:8.3km/リッター(満タン法)

山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。