第212回:展示物はクルマからスキー板まで!
ミュンヘンの「ドイツ博物館交通センター」を見学する
2013.11.25
エディターから一言
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クルマや鉄道から自転車、そしてスキーやローラースケートまで――ミュンヘンにあるドイツ博物館の交通センター分館には、ありとあらゆる陸上の移動手段が展示されている。自らの栄誉をたたえる自動車メーカーの博物館とは違い、クルマを人間と共にあるものと捉え、その背景にある時代や社会を見せているのがユニークだ。ドイツ車、そしてドイツのクルマ社会をもう一歩踏み込んで理解したい人には、特にお薦めである。(関連記事はこちら)
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陸上の乗り物全般を展示
ドイツ・ミュンヘンでの取材が終わり、空港に戻ってきたところで、帰国便までまだだいぶ時間が余っていた。チェックインもできない。どうやって時間をツブそうか考えあぐねていたら、同行の自動車評論家・河村康彦さんにドイツ博物館のクルマ別館があるから行ってみませんかと誘われた。
彼によれば、ミュンヘンにある広大なドイツ博物館は、最近なのか数年前なのか、本館からクルマのための別館を仕立てて分けたのだという。面白そうなので、彼がドイツで乗っている「フォルクスワーゲン・ルポGTI」に乗り換えて行ってみた。
その別館の正式名称は「ドイチェス・ムジウム・フェアケアースツェントルム」(Deutsches Museum Verkehrszentrum/ドイツ博物館交通センター)。場所はマリエンプラッツなどがあるミュンヘン中心部から見て南西に位置している。地下鉄U4もしくはU5のシュヴァンターラーヘーエ(Schwanthalerhöhe)駅のすぐそばだからわかりやすい。
標識に従って敷地内に入っていくと、立派な建物が目に入ってきた。大きなガラス窓から中が透けて見えて、鉄道車両が何台も見えた。
「そうか、クルマだけじゃなくて鉄道も展示しているんだ!」
ここは「陸上の乗り物の博物館」なのだった。
広場を横切っていくと、ガラスで覆われた半円形のエントランスの前に出た。建物本体は古そうだが、モダンなエントランスは後から付け加えられたものだろう。
大人6ユーロの入場料を払って入館。入ってすぐのパネルから、ここが由緒ある展示会場だということがわかった。建てられたのは1908年というから、なんと105年もの歴史を有している。
ここでさまざまな催し物が行われてきたことが、同様にパネルで説明されている。1950年代にはモーターショーも行われていたという。珍しいところでは、観客席を設けてオーケストラを入れ、コンサートまで開かれていたそうだ。
クルマから見たドイツの戦後史が理解できる
展示スペースは大きなホールが3つつながった形になっており、「都市内交通」と「旅」、「移動と技術」などが大きなテーマとして設定されている。入ってすぐのホール1では、さまざまなクルマの使われ方やヒストリックカーが、鉄道車両などとともに展示されている。
当然、同時代のクルマはすべて知っているし、運転したことのあるものも多い。しかし、時代がさかのぼって、1960年代以前のコーナーに足を踏み入れていくと、存在は知っていたけれど実物を見るのは初めてというクルマが増えていく。「ヴァルトブルク353」や「ボルクヴァルトP100」(語呂が似ていて紛らわしい!)などがそうだ。ヴァルトブルクは以前にチェコやハンガリーを訪れた際に何台かすれ違ったことがあるけれども、じっくりと見たのは初めてだ。
戦後に航空機製造が禁止されていた時期に、航空機メーカーが仕方なく造っていたハインケルやメッサーシュミットなども同じ。混乱期はドイツも日本も同じような状況にあったことがわかって面白い。
ドイツも日本も戦争に負けたから、一度、歴史がリセットされている。ただ、そうしたリセットの様子をクルマを通じて伺い知ることができるのが博物館に来ることの醍醐味(だいごみ)になっているのは間違いない。
フェルディナント・ポルシェ博士が戦後にフランス政府によって数年間拘束されていたことは有名だが、博士とも親交が深く、超進歩的な「タトラ87」を設計したハンス・レドヴィンカもまたチェコスロバキア(当時)政府によって獄中生活を送らされていたことを、ホール2に展示されていたタトラ87の説明書きから初めて知った。
また、「ビクトリア250“スパッツ”」というプラスチックボディーのビーチカーのような超小型車を、レドヴィンカが共同で設計したことも書いてあった。
釈放されたポルシェ博士は念願の自身の名を冠したスポーツカーを造り、その名声は今日でも揺るぎない。しかし、その一方でレドヴィンカは戦争が終わって10年以上たっても、こんなクルマ(失礼!)しか造れない境遇にあったのだ。ドアも屋根もなく、ファニーフェイスのビクトリア250“スパッツ”の前からしばらく動くことができなかった。
一将功成りて万骨枯るというけれども、この博物館はその万骨をまるで供養するように丁寧にすくい上げている。来てよかった。河村さん、ありがとう!
「シュタイヤー・タイプ50“ベイビー”」も、あまり売れなかったというから万骨に分類されてしまうかもしれない。しかし、この時代の自動車設計者たちが追い求めていた理想的な大衆車としての強烈なオーラを、理詰めで引き締まったボディーから放っていた。
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移動の道具としてのクルマに焦点
ホール2では「旅」という視点から展示が行われている。タトラ87や「シトロエンDS」は長距離移動を安楽なものにした功績から一目置かれていた。
並べられたクルマや鉄道よりも興味深かったのが、1950年代前後の旅と観光に関する書籍や雑誌、パンフレットなどだった。
戦後、10年とたたないうちから、すでにドイツでは大衆による自動車観光が定着していた。アウトバーンは年を追うごとに総延長距離が伸ばされていたから、クルマを手に入れれば東ドイツ以外のどこへでも短時間で旅ができる時代がやってきたのだ。
戦争の呪縛から解放され、移動の自由を謳歌(おうか)しようとしているドイツ人の様子が、ドイツ語がわからなくてもひしひしと伝わってきた。クルマは移動のための道具であるという当たり前過ぎるほど当たり前の事実を、旅と観光という視点を通じて見事に照射していた。移動は人間の根源的な欲望のひとつなのである。
ホール3はモータースポーツやスキー、スケートなどの展示。スペースにはまだ余裕があったから、これから新たな展示が付け加えられるのかもしれない。
3つのホールとも大き過ぎず小さ過ぎず、ほどよい規模だ。駆け足でも楽しめるし、説明を読みながらじっくりと回ればきっと何らかの示唆を授けられることだろう。
豪華絢爛(けんらん)な自動車メーカーのミュージアムが過酷な競争を勝ち抜いてきたクルマとブランドをたたえるものだとするならば、こうした公共の博物館は歴史上のすべてのクルマを包括した上で、クルマを人間とともにあるものとして展示している。展示方法にも工夫が凝らされ、あまり勉強っぽくない雰囲気も、見る者を飽きさせずによい。もし、日本で日本車を軸に同じことをやるとするなら、その点はいい手本になるだろう。公共施設のデザイン性の高さと演出力の強さは、見習うべき点が多かった。
出張でも観光でも、ミュンヘンを訪れるクルマ好きの皆さんにお薦めです。
(文と写真=金子浩久)

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