マクラーレン650S クーペ(MR/7AT)/650S スパイダー(MR/7AT)
さらなる高みへ 2014.04.30 試乗記 「12C」のフェイスリフトと思うなかれ。「P1」譲りの“マクラーレンスマイル”を浮かべる新型「650S」は、サーキットから日常使いまでをスマートにこなす柔軟性に満ちたスーパースポーツカーに進化していた。スペインからの第一報。マクラーレンロードカーの正統
F1 GPレース界の名門として知られるイギリスのマクラーレンが2012年に発表したスーパースポーツの「MP4-12C」は、一般的には同社にとって2世代目のロードゴーイングスポーツカーだったとされる。その第1世代は、奇才ゴードン・マーレーの設計によって1992年に生み出され、1993年から98年のあいだにわずか64台が製作されたという傑作、そのレーシングモデルがルマンでも優勝した、あの「マクラーレンF1」ということになる。
ところが実はF1には、さらにその先達(せんだつ)が存在した。1960年代末、Can-Am用オープン2座レーシングカーの「マクラーレンM6」をベースにして、ルーフを持つそのGTバージョン、「M6GT」がニュージーランド生まれの創始者ブルース・マクラーレンによって企画され、実際それは1969年にプロトタイプが製作されたが、その後に起きたマクラーレンのテスト中の不慮の事故による死などによって、シリーズ生産されることなく終わっていたのだ。ちなみにそのプロトタイプは、ブルース・マクラーレン本人がロードカーとして使用していたという。
それはさておき、F1の生産終了以降15年ほどに及ぶブランクがあったにもかかわらず、2012年にMP4-12Cを世に送り出すや瞬く間にマクラーレンがスーパースポーツの世界に確たるポジションを得てしまったのは、12Cがそれに値する価値と魅力を持ったクルマだったからだといっていいだろう。しかも彼らは翌13年にハイブリッド方式を採り入れたおよそ1億円の限定モデル、「P1」を発表、それも限定台数の375台が完売した。
それに続く今年2014年、マクラーレンはジュネーブショーに「650S」なるニューモデルをデビューさせたが、彼らはその1カ月後に、早くもそれを国際試乗会に登場させた。スペイン南部、アンダルシア地方の公道とサーキットがその舞台である。
より硬く、より強力に
そのマクラーレン650Sの成り立ちを端的に表現すると、すべての点でアップグレードされた12Cということになろうか。マクラーレンが「モノセル」と呼ぶカーボンファイバー製モノコックシャシーも、そのミドシップに縦置きされる3.8リッターV8ツインターボエンジンも、基本は12Cと同じものを使っている。さらにいえばそれらは、ハイブリッド関連のエレクトリック部分を別にすれば、P1とも基本共通している。
そこでまずパワーユニットだが、3.8リッターV8ツインターボエンジンは、12Cの600ps、同スパイダーの625psに対して、ピストンとシリンダーヘッドを新設計し、エキゾーストバルブとカムタイミングを見直すことによって650psにパワーアップされた。このパワーの数値にスポーツを意味する「S」を加えたのが、650Sなる車名の由来だ。さらに、7段ツインクラッチ2ペダルMTのソフトウエアにも、改良の手は及んでいる。
シャシー関連では、まずサスペンションに手が入れられた。ドライバーが選択可能なノーマル/スポーツ/トラックの3モードを備えるのは12Cも同じだが、ダンパー、スプリング、ブッシュのすべてが12Cより固められ、プロジェクトマネジャーのハイデン・ベーカー氏によれば、1モードずつ硬い方に移行したと考えればいい、とのことだった。
と同時に、APレーシングが供給するカーボンセラミックローターブレーキも、ストロークをよりタイトにする方向でセッティング変更されたという。もちろんそれらは、650Sのダイナミックなポテンシャルを上げるための方策である。
ニュルのタイムを7.2秒短縮
中身のアップグレードにともなって、当然エクステリアにもリデザインが施された。12Cから最も大きくイメージが変わったのはフロントの造形で、P1のスタイルを採り入れたオーガニックな印象を与えるデザインに変わった。と同時に、各部にカーボンパーツが多用されて、ボディーにアクセントを加えている。さらに、ボディーカラーにタロッコオレンジ、オーロラブルー、マンティスグリーンといった鮮やかな新色が設定されたのも、650Sのエクステリアの魅力を高めている。
それに加えてボディーには、機能的な面でもアップグレードが図られた。Cd値を12Cと同一に保ったまま、150mph(約241km/h)におけるダウンフォースを24%増大させたことなどがその一例で、ホイールを鍛造化して12Cの鋳造仕様より6㎏軽くするなどの結果、車重も6kgの減量を達成、乾燥重量はクーペで1330kg、スパイダーで1370kgに収まった。
それらの結果650Sは、すでに十分速かった12Cを凌(しの)ぐパフォーマンスを手に入れている。クーペの数値で加速は0-100km/hが3.0秒、0-200km/hが8.4秒、最高速333km/h。ちなみにスパイダーでは0-200km/hが8.6秒に、最高速が329km/hに変わる。
パフォーマンスと同時に、サスペンションのアップグレードによる効果を端的に示す数字がある。ニュルブルクリンク北コース、ノルドシュライフェにおいて、650Sは12Cのラップタイムを7.2秒短縮したというのだ。相変わらずマクラーレンは絶対的なタイムを公表していないが、7.2秒の短縮が大きな数字であることは容易に想像がつく。
硬派と思いきや……
こうやって12Cからのアップグレードぶりを列挙してみると、650Sというクルマ、例えば「フェラーリ458スペチアーレ」のような、硬派系のスパルタンモデルではないかというイメージが湧いてくる。ところが、である。眼下に地中海を望むリゾートホテルのエントランス前でタロッコオレンジのスパイダーに収まり、目的地のアスカリサーキットに向けて走りだしたら、650Sは驚くほど快適な乗り心地で僕を迎えてくれたのだった。
前記のように3段切り替えのサスペンションをノーマルモードで走りだすと、650Sは思いの外にソフトな足さばきで路面をいなし、想像したような硬さなどまったく感じさせない。フロントが19インチ、リアが20インチのタイヤは、12Cと基本は同じピレリPゼロでも硬派なコルサを履いているのだが、そのハーシュネスも感じさせない。そればかりか、左右のダンパーをチューブで連結したマクラーレン独特のシステムが効いているのだろう、シトロエンを連想させるフラット感さえ演じて見せるのだから恐れ入る。ベルギー製のTenneco(テネコ)なるブランドのダンパーがいい仕事をしているのは間違いない。
このオレンジ色のスパイダーは、左右で15kgの減量を達成するというオプションのバケットシートを装着していた。これはバックレスト固定式でリクラインできないが、その取り付けアングルは僕の好みにどんぴしゃりで、体のホールドに優れていると同時に座り心地もかなりいい。それゆえ、硬派にはお薦めの優れモノであると思った。
さらに、キャビン形状は12Cと同一だからこの手のスーパーカーとしては抜群に良好な前方視界はそのままだし、エンジンは171ps/リッターというハイチューンながら神経質なそぶりを見せず、実用域からターボのトルクを膨らませる。それに加えて、ついついパドルでマニュアルシフトしたくなるDCTはスムーズに変速し、ステアリングは極めて正確で路面フィールを細大漏らさず伝えながらも、操舵(そうだ)力は適度に軽いときている。
ワインディングロードで際立つ一体感
つまり650S、12Cより硬派なモデルというイメージとはいい意味で裏腹に、猛烈に快適で素晴らしくドライビングし易(やす)いスーパースポーツなのだが、走るうちにルートがワインディングに変わると、即座にもうひとつの面を発揮し始めた。
エンジンもサスペンションもスポーツモードに設定、前記の軽いけれども正確無比なステアリングをスロットルとの連係プレーで切り込むと、650Sは軽快に身をひるがえしてコーナーに飛び込み、すこぶる軽いロールをともないつつインの縁石を舐(な)めるようにしてそこを抜けていく。ハンドリングは極めてニュートラルな印象で、タイトベンドでもアンダーステアを意識させないのは、F1から導入したという後輪にブレーキを掛けるトルクベクトリング、マクラーレンの呼称“ブレーキステア”の効果もあるのだろう。
とはいえ、意のままにレスポンスするV8ツインターボを背中の後ろで吠(ほ)えさせながらコーナーを限界近くまで攻めていくと、当然スロットルコントロールが必要になるが、そんな場合でもドライバーに無用な緊張を与えることなく姿勢を制御することが可能で、超高性能車を常に手の内に置いている感覚を気持ちよく味わえる。そこがまさに12Cとも共通する、マクラーレン製スーパースポーツの大きな特徴であり美点でもあるといえよう。
途中で2ピースのリトラクタブルルーフをオープンにしてみた。すると、暴力的でないレベルにコントロールされた風がコックピットに入って頬を撫(な)で、排気音も一段と明確に耳に入ってくるのが心地よい。しかもそれでいて、こういったオープンモデルにありがちなボディーが緩いという印象を感じることは皆無だった。ただし、帰路に乗ったクーペの方がさらに一段とタイトだったように思えたのは、果たして気のせいだろうか?
守備範囲の広さはスーパーカー随一
やがて目的地のアスカリサーキットに到着。このサーキットは過去に2度経験しているが、トリッキーなコーナーが連続するここは、何度走ってもうまくこなすのが難しい。ラップを重ねるとタイヤの熱ダレと思われる現象は実感したものの、そんな状況下でも特に破たんを見せなることがなかったのはマクラーレンらしい。
そこでアスカリでは、公道で体験しにくいことを試してみた。例えば“イナーシャ・プッシュ”。これは、トラックモードでの全開加速時に次のギアにシフトアップする際の慣性力によってトルク脈動を引き出す機能だというが、実はエンジン回転が低下する前に次のギアにエンゲージするのを可能にするもので、結果としてすこぶるスムーズに変速されて連続的な加速が続く。したがって、“今、プッシュが効いた!”と実感するのは難しい。
一方、スポーツモードの全開加速の際のシフトアップ時に作動する“シリンダーカット”によるエキゾーストの“フレア”、すなわち「パフッ」というサウンドは、明確に実感できた。これはイナーシャ・プッシュとは逆に、速さを得るためというよりドライバーに官能を与えるための機能だと説明されたのが興味深い。そういえばマクラーレンのツインターボV8、フェラーリのように悲鳴をあげはしないが、気持ちよく吠えるエンジンである。
というわけでマクラーレン650S、ダイナミックな性能は想像どおりでありながら、快適さにおいては想像を超えるものを見せてくれた。ワインディングロードやサーキットを攻めるのも大好きだが、それと同じくらいかそれ以上に普段乗りを好むというリッチなスーパーカーフリークに、現在、これ以上のクルマはないかもしれないという気がする。
(文=吉田 匠/写真=マクラーレン)
テスト車のデータ
マクラーレン650S クーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4512×2093×1199mm
ホイールベース:2670mm
車重:1330kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:650ps(478kW)/7250rpm
最大トルク:69.1kgm(678Nm)/6000rpm
タイヤ:(前)235/35R19/(後)305/30R20(ピレリPゼロ コルサ)
燃費:24.2mpg(約8.6km/リッター)(欧州複合サイクル)
価格:3160万円/テスト車=--円 ※日本市場での価格。8%の消費税込み。
オプション装備:--
テスト車の年式:2014年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
マクラーレン650S スパイダー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4512×2093×1203mm
ホイールベース:2670mm
車重:1370kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:650ps(478kW)/7250rpm
最大トルク:69.1kgm(678Nm)/6000rpm
タイヤ:(前)235/35R19/(後)305/30R20(ピレリPゼロ コルサ)
燃費:24.2mpg(約8.6km/リッター)(欧州複合サイクル)
価格:3400万円/テスト車=--円 ※日本市場での価格。8%の消費税込み。
オプション装備:--
テスト車の年式:2014年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
