第346回:大矢アキオ式 ああ悠久の北京ショー(後編)
「消えた屋台グルメ」に思う
2014.05.09
マッキナ あらモーダ!
小皇后たちはエネルギッシュ
北京モーターショー2014は、混沌(こんとん)とした状態のなか始まった。
朝、あまりの周辺渋滞のためだろう、市街からタクシーに乗ろうとすると立て続けに断られた。ようやく着いた会場周辺では、プレスデイだというのに、次々とダフ屋さんたちが目の前に現れた。
記者証の受取窓口に整理員は皆無で、まるでわが街イタリア・シエナの競馬「パリオ」当日のように、押し合いへし合いとなった。それだけ苦労して入場したプレスデイやトレードデイにもかかわらず、親子連れがあまりに多い。いずれも、ヨーロッパのモーターショーでは、なかなかお目にかかれない光景である。
ただし、ボクの北京ショーの印象は、ネガティブなものだけではない。会場には、東京モーターショーとは比べ物にならないくらいの自動車雑誌・新聞コーナーが並んでいて、活況を呈していた。「SUV専科」といったように、かなり細分化されているのも面白い。
そのなかのひとつ、『BMWカーマガジン』のスタンドを訪ねてみた。参考までにBMWは中国語で「宝馬」と書く。スタッフは、イギリスで20年の歴史をもつ雑誌の中国版であると、誇らしげに教えてくれた。なお、中国ではBMWクラブはもちろん、Mシリーズ専門のクラブも存在し、活発な活動を繰り広げている。ちなみに後者だけでも会員数500人を誇る。
パビリオンを散策しているボクは、ノリのせいなのか顔立ちのせいなのか、「韓国人?」「フィリピン人?」と、なぜか日本人だと当ててもらえない。まあ、それはいいとして、ショーといえば、コンパニオンである。とかくステージやターンテーブル上の妖艶(ようえん)なモデルばかり注目されるが、車両説明員のなかにも熱心に仕事にあたる女性がいた。
北汽集団の車両説明員のカイガンさん(写真)はそのひとりで、三菱製1.5リッターエンジンを搭載した小型5ドア車「E150」に関し、「オートマチックはCVTで、アイシン製です」などと日本語で丁寧に説明してくれた。英語さえ通じる人が少ない北京ショーの会場で、そのがんばりは印象的であった。
ちなみに、若い人の日本語学習熱を別のところで感じたのは、羽田から北京に向かう飛行機だ。隣席の若い中国人女性観光客は、日本で購入した文庫本を読もうと友達と努力していた。そうかと思えば彼女たちは、日本で買った宝くじを取り出し、客室乗務員の助けを借りながら当選番号の解読を始める。知識欲と、富への憧れ。一人っ子政策のもとで生まれて家族からチヤホヤされながら育った新世代「小皇帝」「小皇后」はとかく軟弱といわれるが、少なくとも小皇后たちはエネルギッシュだ。
突然、屋台ランチ
話は前後するが、プレスデイの前日、下見がてら会場に降り立った時のことだ。会場をあとにし、最寄りの国展駅に向かった。すると近代的な駅とコントラストを成すように、食べ物屋台の三輪車が何台も並んでいて、番をしているおばさんたちがボクに声をかける。すでに昼飯どきが過ぎたためか、お客はほかにいない。
「煎餅(ジェンビン)」と記されたそれは、器具からしてクレープ状のものと判明した。
子供の頃、親に「知らない屋台のものは食べてはいけない」と言われて育ったボクは迷った。しかし、この年になってもタバコもギャンブルも嗜(たしな)まないボクである。ひとつぐらい亡き親の禁を破ってもよかろう。というよりも、最後に食事をしたのが飛行機内の朝食だったため、腹が鳴った。
そこでボクは駅から一番近いおばちゃんの屋台で、ジェンビンを注文した。まずホットプレートの上に生地を丸く延ばし、続いて卵を割る。そしてネギなどをちりばめ始めた。途中で「ラー? 」(辛くするか?)と聞かれたので、うなずくと、唐辛子ソースをかけてくれた。最後に四角く包んで出来上がりだ。
おばちゃんは、なんでもない透明のビニール袋に、大胆にも出来上がったジェンビンをすっぽりと入れる。値段は5元(約80円)だった。これで地下鉄に乗ったら、明らかににおいがしてしまう。駅前の隅っこで、熱々のうちに食すことにした。
するとどうだ、生地の柔らかい部分とぱりぱりの部分のミルフィーユ状態といい、刻み野菜の歯ごたえといい絶妙なハーモニーを織りなしている。ふだん卵料理は「固焼き」が好きなボクだが、たちまち魅了されてしまった。
これは「おいしい」などと気取ってなどいられない。思わず「まいうー!」と独り叫んでしまったのだった。いずこもモーターショー会場周辺の食事といえばうまくないのが当たり前だが、そのジンクスを見事に破ってくれた一品だった。
食べ終わったあと、作ってくれた先ほどのおばちゃんのほうを見てうなずくと、おばさんはうなずき返した。その顔にまったく笑顔はなかったが、明らかに自信に満ちていた。
おばちゃんたちは、消えていた
帰りの地下鉄では、別の場所で買ったのであろう、同じく透明ビニール袋に入ったジェンビンを堂々と提げて乗ってくる客を何度も目撃した。お持ち帰りも日常化していることを知ったボクは、翌朝、例のおばちゃんたちのジェンビンをランチ用に手に入れようと、国際展示場前の国展駅で降りた。しかし見ると、一般公開日の来場客を整理するための鉄柵が無数に並べられ、おばちゃんたちの姿は消えていた。ああ、幻の味となってしまった。
プレスデイの来場者は、あのおばちゃんたちの安くてうまい煎餅のかわりに、ショー会場内で販売されている高くて味もそこそこの弁当を食べなくてはいけないのか。思えばかつて、東京・池袋にサンシャイン60がオープンしたとき、池袋駅からビルまでの道で働いていた靴磨きのおじさんたちが「景観にそぐわない」という理由で退去させられた。
ジェンビン屋台は三輪自転車だ。化石燃料を使わぬ元祖エコカーである。大気環境改善に取り組む今日の北京にもっともふさわしいではないか。そう考えると、さらに気持ちは複雑になる。都市は、ときとして近代化の名のもと、のどかな日常生活を奪ってゆく。北京も、そんな大きく、かつ感傷的なうねりの中にいる。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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