第76回:速くて高いクルマが激走! クラッシュ!! 炎上!!!
『ニード・フォー・スピード』
2014.06.05
読んでますカー、観てますカー
『ワイルド・スピード』はどうなる?
ポール・ウォーカー亡き後、クルマ映画はどうなってしまうのか。昨年11月30日に彼が交通事故で命を落とし、『ワイルド・スピード』シリーズの今後が心配されていた。撮影中だった次作は、ポールの弟ふたりが代役を務めることでなんとか完成させることになった。ポールの演じていたブライアン・オコナーは裏稼業をリタイアするという設定にして、シリーズは続行させていくことも決まったようだ。
「GT-R」マニアのポールが欠けてしまうということは、わずかに残っていた日本車リスペクトの気分も完全に失われてしまうことになるのだろう。ヴィン・ディーゼルとドウェイン・ジョンソンの筋肉バトルを前面に出し、マッチョ路線を純化していくことになるのかもしれない。いずれにしても、あのシリーズは初期の手作り感が消えうせ、大がかりな陰謀を描くことにクルマよりも力点が置かれるようになっていた。
そんな状況だからこそ、『ニード・フォー・スピード』は新鮮だ。バカッ速いクルマがいっぱい登場して、バトルしてぶつかって燃え上がる。何も考えずに口を開けて「スゲー……!」と感心しているうちに、あっという間に2時間11分が過ぎてしまう。映画が終わった後に、あれこれ思い悩んだり考え込んだりすることはない。スピードに興奮し、爆音に酔いしれる。それだけ。混ぜ物の一切ない潔さは、感動的ですらある。
「アゲーラR」3台で公道バトル!
『ニード・フォー・スピード』には、“原作”がある。パソコンやプレイステーションなどで遊べるレースゲームだ。日本には「グランツーリスモ」シリーズがあるせいか目立たないが、北米などではメジャーなものらしい。世界で1億5000万本以上も売り上げているというからスゴい。ゲームが原作の映画というと、2012年の『バトルシップ』を思い出す。ゴールデンラズベリー賞で6部門にノミネートされたいわくつきの作品で、あり得ない設定と論理性を重視しない展開が爽快な後味を残した。この映画にも、同じニオイがする。
一応、ストーリーはある。自動車修理工場を経営するトビー(アーロン・ポール)は週末になると非合法の公道レースで賞金稼ぎをしている。そこにいけ好かない金持ちイケメンのディーノ(ドミニク・クーパー)が現れ、「シェルビー・マスタング」の修理と改造を依頼する。彼は、トビーの彼女を奪った男でもあり、とにかく嫌なヤツなのだ。それでも金が欲しいトビーは依頼を引き受け、素晴らしいマシンを作り上げる。その後いろいろあって、彼らはレースで決着をつけることになるのだ。
トビーの弟分ピート(ハリソン・ギルバートソン)も参加して3人で戦うのだが、同じクルマで走るのだから条件はフェアである。ディーノの家のガレージには赤・白・シルバーの「ケーニグセグ・アゲーラR」が並べて停めてあり、お好みの色を選んでスタートするのだ。このレースでディーノに突っつかれたピートがクラッシュして死亡し、なぜかトビーが悪いことにされて刑務所に入れられる。2年後仮出所した彼は全米一の公道レース「デレオン」に参加し、無実の証明と一獲千金を同時に狙うのだ。
つじつまの合わないところは両手の指では数え切れないほどあるが、もちろんそんなことは大きな問題ではない。デレオンではアゲーラRと「ランボルギーニ・セスト エレメント」の対決となる。合わせて5億円の豪華な顔合わせだ。このレースには「ブガッティ・ヴェイロン」「マクラーレンP1」「サリーンS7」「GTAスパーノ」も登場するが、脇役というか雑魚キャラ扱い。1億円以上のクルマを何だと思っているのか。
70年代クルマ映画へのオマージュ
レースは派手なクラッシュの続出で、2億円のヴェイロンも粉々になる。合計10億円以上のクルマをスクラップにしてしまうが、心配はいらない。希少なクルマをつぶしてしまうわけにはいかないので、撮影に使われたのは精巧なレプリカなのだ。CGは使わずに、実車を走らせている。出来はなかなかのもので、ニセモノっぽさは感じない。客席で爆音に包まれると、レースの当事者になったような臨場感だ。ぜひ、音響のいい劇場で観るべきだろう。
現実離れしたクルマばかりが出てきてストーリーも乱暴だが、リアル感にあふれている。それは、どうやら監督のスコット・ワウの資質によるものらしい。彼は父から2代続くスタントマンで、アクションシーンにはこだわりがある。マイク・マッコイと共同監督した『ネイビー・シールズ』では、主要キャストに本物の軍人を使っていた。方針は一貫している。
『ワイルド・スピード』に代わる存在になれるかどうかは、まだわからない。登場人物のイケメン度にちょっと難があるのが心配なところだ。少なくとも、日本人女子にはあまりウケそうにないルックスである。ヒロインのジュリアを演じたイモージェン・プーツはよかった。最初はヤな女だが、だんだんかわいくなっていく。世界で最も美しい顔第36位に選ばれただけのことはある。
感心するのは、かつてのクルマ映画を踏まえて作品が作られていることだ。ドライブインシアターで上映されている映画は、サンフランシスコの坂道でのカーチェイスで知られる『ブリット』だった。1971年の『バニシング・ポイント』には、特に深いオマージュがささげられている。激走をDJが実況中継するところは、完全に再現している。ただ、あの映画が自由を求めて暴走する男を描いていたのに対し、今作は社会への怒りという部分ではちょっと弱い。
いわゆるスーパーカーばかりを扱っているのでは、限界が見えそうだ。ほとんどの人が実車を見たことがないのだから、いくらリアルに作りこんでもあまり意味を持たない。カーチェイスシーンで道路を逆走したり赤信号を無視したりというのも、やり過ぎないほうがいいだろう。単なる自分勝手な乱暴者に見えてしまうからだ。
実は、この映画にはクライマックスよりもすてきなカーチェイスシーンが冒頭に配されている。「グラン トリノ」と「ポンティアックGTO」がストリートバトルを繰り広げるのだ。もちろん、スピードの面ではアゲーラRやヴェイロンにかなうわけがない。しかし、激しくロールしスキール音を響かせながら夜の街を疾走する姿は、はるかにエモーショナルな光景だ。初期の『ワイルド・スピード』は直線番長勝負ばかりだったが、このオールドカー対決はきっちりドリフトを決めているのもうれしい。
クルマ映画に勢いがあるとはいえない今、こういう作品が公開されるのはありがたいことだ。小さなキズには目をつむって、全面的に応援したいと思う。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。