第240回:日産がルマンの最高峰に復帰!
カムバックの舞台裏と気になる参戦マシンの姿を探る
2014.06.05
エディターから一言
日産自動車が、ルマン24時間耐久レースの最高峰カテゴリーに復帰すると発表した。16年ぶりの挑戦を決断した日産の真意とは?
日産、突如のカムバック宣言
それは突然の発表だった。
近年、ルマン24時間を主催するACO(フランス西部自動車クラブ)はことあるごとに日本からの新規エントリーを示唆していたが、1社でも多くのワークス参戦を引き出したいACOにしてみれば、かつてマツダ、日産、トヨタ、ホンダなどがサルテ・サーキットに挑んだ日本車メーカーに期待を寄せるのは当然のこと。実際、水面下ではさまざまな交渉が継続的に行われているようだが、ACOのコメントは常に希望的観測を多く含んだもので、簡単にはうのみにできなかった。つまり、彼らが折に触れて「近々日本車メーカーがルマン24時間に新規参戦を開始する」と主張しても、われわれは眉に唾をつけながら聞くしかなかったのである。
とはいえ、今回の発表は本物である。日産のCPLO(Chief Planning Officer)であるアンディ・パーマー氏、ニスモの宮谷正一社長、およびニスモ・グローバル・ヘッド・オブ・ブランド マーケティング&セールスのダレン・コックス氏の3人が出席しての発表会は、5月23日にイギリス・ロンドンで行われた。彼らの“参戦宣言”は同日公開されたYouTubeでも閲覧することができる。ここでは、すでに発表されている内容をもとに、2015年から始まる日産のLMP1挑戦についてその概要を推測してみることにしたい。
マシン名は「GT-R LM NISMO」
「ルマンに行って、脇役としてレースを戦い、それをしゃれたマーケティングに活用する。そんなことをするつもりはありません。私たちは勝つためにルマンに挑むのです」 YouTubeにアップされた動画の冒頭で、パーマー氏は高らかにそう宣言している。「ポルシェ、アウディ、トヨタと似たようなハイブリッドカーをもう1台出すつもりはありません。もう少し異なったアプローチでレースに臨みます」
ニスモの宮谷社長はこうも語っている。「これは本物のグローバル・プロジェクトです。したがって、ニスモを基盤としながら、世界中の専門家の知見を活用します。また、今回のLMP1クラス参戦ではニスモが活動の中心となりますが、これまで取り組んできた活動――SUPER GT、GT3、LMP2、V8スーパーカー――などを中断するつもりはありません。それらも継続させます」
そしてもっとも注目されるのが、パーマー氏の語った次の言葉である。「車名は『GT-R LM NISMO』。GT-RはもちろんGT-R、LMはルマン、そしてNISMOはレーシングチームとの結びつきを示します。この名前から私たちが何を考えているか、おわかりになるでしょう」
これらから読み取れることは、(1)2015年に登場する日産の新しいLMP1車両はハイブリッドカーであり(現在、ワークスチームによるLMP1クラスへの参戦はハイブリッド車に限定されている)、(2)それはおそらく次期型GT-Rを示唆するものであり、(3)既存のLMP1車両とは異なるテクノロジーが用いられ、(4)活動の中心はニスモとなるものの、車両の開発には日産の研究開発部門(ひょっとすると社外も含む?)がグローバルにサポートする、というものだ。
そしてパーマー氏が語ったように「しゃれたマーケティング」のためではなく「勝つためにルマンに挑む」というのが、もっとも注目されるポイントだ。
苦闘の連続だった日産のルマン参戦史
日産が初めてルマン24時間に挑んだのは1986年のこと。当時はグループCカーと呼ばれるレース専用車両を用いていたが、これは燃費とスピードの両方を競うという画期的なレギュレーションで、ポルシェ、ジャガー、メルセデス、マツダ、トヨタなど数多くの自動車メーカーが参戦し、ルマンの黄金期を築いた。しかし、このレギュレーションが終焉(しゅうえん)を迎える1990年までに日産が残した最高位は5位というもの。同年には予選用スペシャルエンジンを投入して日本車初のポールポジションを獲得したものの、決勝レースで優勝できるだけの総合力は持ち合わせていなかった。
95年と96年にはR33型「スカイラインGT-R」で参戦したが、残念ながら総合優勝を狙える実力はなく、97年と98年には新開発の「R390」で当時主流になっていたGT1クラスに挑んだものの、ヨーロッパ勢にはまったく歯が立たなかった。99年にはレース専用車両であるLMPクラスの「R391」を投入したが、これも熟成不足でさしたる戦績を残していない。つまり、厳しい言い方をすれば、日産のルマン挑戦は「失敗の歴史」だったのである。
にもかかわらず、なぜ彼らはルマンに挑むのだろうか? これは前述の車名からも推察されるとおり、GT-Rに関連するプロモーションであることは明らかだ。つまり、2015年に次期型“R36”GT-Rがデビューするのと歩調をあわせて、日産はルマンにカムバックするのだ。
しかも、パーマー氏は昨年秋の段階で次期型GT-Rがハイブリッドカーになることを明言している。ハイブリッドカー同士の戦いが繰り広げられている現在のルマン24時間ほど、R36の存在を世に知らしめるのに好都合なレースもほかにないだろう。
ルマンに16年ぶりの“バブル期”到来?
では、パーマー氏がいう「もう少し異なったアプローチ」とは何だろうか? R36がハイブリッドカーであるなら、それと共通のテクノロジーをルマンカーにも用いるというのが自然な考え方だ。さらに、ポルシェ、アウディ、トヨタと違った手法があるとすれば、左右輪を個別のモーターで駆動してハンドリングをコントロールするホンダのスポーツ・ハイブリッドSH-AWDのようなものか、モーターをホイール内に収めたインホイールモーターのようなものくらいしか思い浮かばない。
もっとも、今年のルマンのレギュレーションには「モーターはディファレンシャルギアを介してドライブトレインを駆動すること」「もしもディファレンシャルギアがない場合はひとつのモーターでドライブトレインを駆動すること」と明記されており、スポーツ・ハイブリッドSH-AWDやインホイールモーターはいずれも規則違反となる可能性がある。日産がこれらとは異なるテクノロジーを投入するのか、それとも2015年にはレギュレーションそのものが書き換えられるのか、引き続き注目されるところだ。
ルマン24時間はこれまで隆盛と衰退のサイクルを繰り返してきた。例えば、近年でいえばBMW、トヨタ、アウディ、メルセデス、日産などがエントリーした1999年がひとつのピークで、2000年以降はアウディ(と、同じくフォルクスワーゲン・グループのベントレー)の1強時代が到来する。プジョーの参戦でアウディとの対決の構図が生まれたのは2007年のことで、2012年にはプジョーと入れ替わる形でトヨタが参戦し、この状態が2013年まで続いた。それが、2014年はポルシェが復帰し、2015年には日産が現れるとなれば、ルマンに16年ぶりに “バブル期”がやってくることになる。日産がどんなマシンを持ち込み、どんな戦いを繰り広げるのか? いまから興味津々である。
(文=小林祐介)

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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