ルノー・メガーヌ ハッチバックGT220(FF/6MT)
古き良きホットハッチ 2014.07.24 試乗記 ルノー・スポールが手がける「メガーヌGT220」シリーズに、ハッチバックモデルが追加された。6段MTを搭載するマニアックなこのクルマの魅力に迫る。ついにハッチバックが登場
午前5時15分。東京はるか郊外にある住宅地の坂の途中に、その鮮烈なブルーの「メガーヌ ハッチバックGT220」は停車していた。こんなに早朝に、こんなに遠くまで、『webCG』編集部のひとが迎えに来てくれたのだった。見慣れたユルい景観がいつもと違うように感じられた。単に早朝だから、というだけではない。GT220に込められたレーシングテクノロジーが大気を引き締めるオーラを発しているのだ。
開発を担当したのは、1975年に設立されたルノーのスポーツ部門、ルノー・スポールである。現在はF1以外のモータースポーツ活動と、市販車の高性能モデルの開発を担う、スペシャリスト集団である。
ルノーは、ホットハッチの皇帝、「フォルクスワーゲン・ゴルフGTI」に対抗するモデルを必要としていた。そこで、265psを発生する「メガーヌR.S.(Renault Sport)」の2リッターターボエンジンを220psと仕立て直し、ハッチバックとエステートに搭載して、グランツーリスモを名乗らせた。
日本市場にGTが上陸したのは、2012年7月のことである。ただし、それは最高出力180psで、エステートのみ、左ハンドルで、6段マニュアル、おまけに限定60台という少数だった。これがかえってマニア心をくすぐった。ルノー・スポールが手がけた高性能モデルにして、エステート=ワゴンボディーという実用性を兼ね備えている。しかも左ハンドルで、マニュアル! 待ってました、大統領! といわんばかりに、60人のルノーマニアのもとへと瞬く間に巣立っていった。
ニッチなマーケットはいまも確実に存在する。そう確信したルノー・ジャポンは、220psにパワーアップしてGT220となったのを機に、エステートのみカタログ・モデルとして発売する、と発表した。これが昨年4月のことだ。そして本年6月、本国にはもともとあった5ドアハッチバックのGT220も極東の島国に上陸させる英断を下した。これからご紹介するのは、本邦初登場のハッチバックのほうである。
「美魔女」に変身
坂の下から朝日に照らされた青き衣をまといしメガーヌに近づいていくと、なんだか私が知っているメガーヌとは違うメガーヌがそこにあった。なぜというに、「ルーテシア」から採用されはじめた新しいルノーの顔――巨大なひし形マークとヘッドライトが全体を快活に見せると同時に、コンパクトに感じさせてもいるのだ。フェイスリフトの手術は成功した。低められた車高、18インチのホイール、シルバーの部分塗装、ヘッドライトのくまどり……それらGTならではのコスメティックと相まって、2008年生まれのメガーヌは見事に若返った。7年という歳月を思えば、「美魔女」と呼んでもいいほどに。
ドアを開けると、ステキな内装が待っていた。サイドシルにRENAULT SPORTの文字が入っている。隠れルノー教徒の踏み絵だ。もちろん、踏む人はいません。ダッシュボードの赤いラインと助手席グラブボックスの近くに書かれたRENAULT SPORTの文字がイカしている。6段マニュアルのシフトレバー周辺にはボディーの一部に用いられているシルバーが反復されている。反復・繰り返し(同じ意味ですけど)は、音楽においてもクルマにおいても、重要なメッセージとなる。
6段MTはシブさが感じられた。走行距離1237kmの新車ゆえ、それも当然かもしれない。シフトパターンの3列、1→2と3→4、それに5→6の列の間が狭いので、少々慣れを要する。
クラッチはそれほど重いわけではない。坂道で発進しようとしたら、いきなりエンストしたのはご愛嬌(あいきょう)ということで……。電動パーキングブレーキはアクセルを踏み込むと自動的に解除する。ところが「ヒルスタートサポート」がそれを阻んだ。最大の要因は、私の右足が中途半端な操作をしたからだ。エンスト! と思ったので、慌てて左足でクラッチを踏んだら、エンジンは死んでいなかった。なんて粘るエンジンなんだ、と感心した。あとから考えると、「ストップ&スタート機構」がクラッチを踏むことで作動し、再点火したのだ。便利な世の中になったものである。
懐かしい雰囲気が漂う
乗り心地は、硬めだけれど、低速でも硬すぎるわけではない。しなやかな足腰を持っている。18インチのダンロップ、225/40という超偏平タイヤを履きこなしている。
2リッター直4ツインスクロールターボエンジンは、極低速は別として、低中速トルクがたいへん豊かな設定だ。リッター100psを軽々と超える最高出力220psを5500rpmで、34.7kgmという大トルクを2400rpmで発生し、4500rpmあたりまで維持する。なにに似ているって、2代目メガーヌR.S.がすぐに浮かんだ。基本的にあの2リッターターボ、F4Rt型をアップデートして使っているのだから、それも当然である。パワーはやや控えめだけれど、トルクは2代目より大幅にアップしている。その分、フル加速時にはステアリングに振動が伝わる。立派なことに、進路はいささかも乱れない。
全体的にいえば、懐かしい雰囲気が漂っている。2000年代の初めに登場した2代目メガーヌR.S.のほうがむしろ洗練されていたかもしれない。強烈なトルクのせいか、ノイズ、バイブレーション、ハーシュネスを許すのだ。シャシーよりエンジンの方が速い。そういう感覚がある。
なにしろ、まだ朝5時台なので、すいた高速道路をスイスイ走る。早起きは三文の得だ。気分もどんどん楽しくなってくる。シャシーにはルノー・スポールのマジックが仕掛けられている。ひとつの例が、マクファーソンストラットを支持するサブフレームとサイドメンバーをつなぐ、直径62mmのろうそくのような円筒状のリンクだ。左右、それぞれ1本ずつ仕込まれたこのリンクが、横方向の剛性を高め、ステアリングの正確性の向上に貢献するという。電動パワーステアリングは異例なほどしっとりしている。
高速道路に上がっての100km/h巡航は、6速トップで2400rpmと、いまどきの2リッターターボ車としてはローギアードで、十分静かではあるけれど、なんとなく音が入ってきたりはする。なんだか速く感じる。前のめりに走っている、そういう感覚がある。なぜそう感じるのか? たぶん、このクルマが前のめりにつくられているからだ。
大いに気に入った一方で……
私は、長尾峠→芦ノ湖スカイラインを走り回りながら、楽しいなぁ、と思っていた。振動、ロードノイズ、乾いた排気音……、それらがドライバーを興奮せしめた。2リッターターボエンジンは6000rpmまで一気に回り、さらに踏み続ければ、7000まで伸びて、シュパッとウェイストゲートを開く音がする。2速は伸び、3速は粘る。ギアチェンジの必要がない。フラットトルクのたまものだ。ま、ちょっと一本調子ではあるけれど。
箱根を走り回って都内に帰って来た私は、朝が早かったこともあって、軽い疲労をおぼえた。265psのR.S.より控えめなグランツーリスモ、と思っていたら、いや、そうではなくて、GT220は意外にハードコアなホットハッチだったのである。心地よい疲れ、ではあった。同時にふとこうも思った。別のGTだったら、これほど疲れを感じることはなかったのではないか?
メガーヌGT220のライバル、最新鋭のゴルフVIIのGTIは、最高出力220ps、最大トルク35.7kgmの2リッター直噴ターボエンジンを、6段DSGと組み合わせ、MQBと呼ばれるフォルクスワーゲングループの横置きプラットフォームに搭載して、お値段は383万円。かたや、こちらは同等のパワー&トルクを数値上、確保し、ルノースポール・マジックがふりかけてあるとはいえ、シャシーはさかのぼること7年前のロートル……である。価格は317万9000円で、十分な競争力がある。
私はメガーヌGT220が大いに気に入る一方、こんなことも思った。思ってしまったのだからしようがない。ちょっと懐かしい味わい、なんて評価には裏がある。いつまでも、そんなことをいわせていてはアカンのではないか。
"7分54秒36"
これは、ルノーが今年の6月に発表した、「メガーヌR.S. 275トロフィーR」によるニュルブルクリンク・ノルドシュライフェのラップタイムである。これにより、7分58秒44で玉座についていた「セアト・レオン クプラ280」を引きずり下ろし、FF車世界最速の称号を奪還した。
これはこれでけっこうなことである。けれど、われらがルノースポールには、FF車世界最痛快、という称号が(マニアの心の中だけなんですけどね)ある。「励め」と織田信長ならいっただろう。
(文=今尾直樹/写真=峰 昌宏)
テスト車のデータ
ルノー・メガーヌ ハッチバックGT220
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4325×1810×1460mm
ホイールベース:2649mm
車重:1380kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:220ps(162kW)/5500rpm
最大トルク:34.7kgm(340Nm)/2400rpm
タイヤ:(前)225/40ZR18(後)225/40ZR18(ダンロップSP SPORT MAXX)
燃費:12.1km/リッター(JC08モード ストップ&スタート機能ON時)
価格:317万9000円/テスト車=317万9000円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:1237km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:334.6km
使用燃料:36.6リッター
参考燃費:9.1km/リッター(満タン法)/8.3km/リッター(車載燃費計計測値)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。