第363回:空港・路上・病院の”置き去り車両”を救え!
2014.09.05 マッキナ あらモーダ!あのクルマたちは今
2014年夏、イタリアの道路管理会社「アウトストラーデ」が予想した週末渋滞カレンダーは「渋滞」が3回、「大渋滞」に至っては1回だけだった。実際、結果もそれに近いものとなった。この渋滞減少は、経済の停滞によるものであることはたしかだ。イタリアの消費者団体「フェデルコンスマトーリ」が発表したところによると、「夏休み期間中に旅行に行く」と答えたイタリア人は31%にとどまった。
たしかにボクの周囲でも、「もっと旅行費用が安い時期にずらして、休みをとるよ」という人が最近は少なくない。
同時に日本よりも先にヨーロッパで普及しはじめた格安航空会社(LCC)を、イタリア人も長距離旅行に利用するようになったのも、渋滞減少に多少なりとも貢献していることはたしかだろう。イタリア各地の空港では、欧州各国のLCCによる、あまりなじみのない機体色の航空機を頻繁に見かけるようになった。
空港といえば、付属施設のひとつとして駐車場がある。最近はイタリアでも、ようやく民間のエアポート駐車場が空港周辺に開設されるようになった。彼らの価格競争につられて、空港内の駐車場も割引料金を設定するなど、潮流が良い方向に向かっている。
その空港駐車場で目につくものといえば、ずばり「長期間放置されているクルマ」である。思い起こせば、当連載の第168回(「空港とクルマ」つれづれ話 すべての乗り物に命あり!?)の文末で、フィレンツェ空港の駐車場に置き去りにされたクルマを取り上げた。
あれから約4年。あのクルマたちはどうなったのだろうか? ボクは再び空港へと向かってみた。
放置されたクルマの現実
するとあるではないか。以前のクルマたちが、まったくそのままの位置にある。
まずは「ルノー4」である。4年前に残っていたテールランプやウィンドウは、すでに破壊されている。中をのぞくと、もはやゴミ箱と化していた。シフトノブやメーターの一部は、パーツとして持ち去られたのかもしれない。
次は、これもボクの記憶では少なくとも2010年頃から放置されたままの「プロトン・サガ」(「三菱ミラージュ」をベースとしたマレーシア車)である。
プロトンはイタリアでは販売されなかったブランドだ。この放置されたプロトンには英国ナンバーが付いている。フロントウィンドウに掲示された自動車保険加入済み証書は、退色してしまって日付が読めない。いっぽう車両検査済み証明ステッカーやブリストルにある大学の入構許可証、そしてポロ競技クラブのメンバー証には、いずれも「2004年」の印がある。
リアシートに残されたイタリアの絵はがきは、慌てて旅立ったであろうことを匂わせて、妙に悲しい。思うに、オーナーはイタリアを旅行中に何らかの事情で急きょ帰国しなければならなくなり、クルマを空港に置いたまま飛行機に搭乗したものの、これまた何らかの事情で、回収できなくなったのだろう。
簡単に処理できないワケ
実はフィレンツェでは、別の公共駐車場でも長期間放置車に悩まされている。2013年2月13日付の『コリエッレ・フィオレンティーナ電子版』は、その解決の難しさを示している。市内のある公共駐車場の責任者は、ナンバープレートをもとに監督官庁を通じてオーナーを割り出し、再三にわたり、所有者に書留を送付して警告しているが、誰からも返事が来たことはないという。
今回紹介したように、外国ナンバー、つまり所有者が外国人だったりする場合、折衝はさらに難しくなるのは容易に想像できる。そして責任者は「走行に必要な装備、つまりタイヤ、ボディー、ステアリングが残存している以上、私たちで移動することは許されない」と背景を説明する。
さらにボクが調べてみると、こうしたクルマの扱いの難しさがわかってきた。まず警察に持ち主からクルマの盗難届がない場合、処分はお手上げとなる。また、オーナーが死亡していた場合は、その相続人をたどらなければならない。これがまた簡単ではない。空港ではなかったものの、空き地の放置車両を引き取ってレストアしたところ、ひょんなことから相続人が現れて警察の取り調べを受けた、イタリアの知人のケースからしても、その面倒さがうかがえる。
幸せになってほしいクルマたち
いっぽう同じイタリアでも、ジェノバ空港のように、駐車場に一定期間放置された自動車を競売に付しているところもある。
また国は違うが、ドバイでも、空港駐車場に20カ月以上放置された車両が、2012年にオークションにかけられた。ちなみに、こちらのクルマの多くは「フェラーリ・エンツォ」など超高級車で、オーナーはドバイで多額の負債を抱えて国外逃亡するため空港まで乗りつけ、そのまま置き去りにした、というケースらしい。
増え続けるイタリアの放置車は、各駐車場の使用規定なり法律なりで何らかの対策をとらないと、やがて大変なことになるだろう。放置したオーナーとの通信費や、相続人との折衝に関する法定費用は、まわりまわってボクたちの駐車料金に転嫁されるのだから。
そういえば、ボクが知る人に、元・放置グルマを手に入れた人がいた。フランス人のクロード氏だ。1972年のスウェーデン製マイクロカー「ノルショ・ショッパー」は、パリの大病院の地下駐車場に長いこと眠っていたものだったという。
「たぶん高齢者が乗って来院して、そのまま他界してしまったらしく、病院がやむなく売りに出したものだったんだ」と彼は、いきさつを説明する。
クロード氏は知る人ぞ知るマイクロカーのコレクターである。一度は放置されたその北欧の珍車は彼のもとで丹念にレストアされ、他のコレクションとともに第2の人生を穏やかに送っている。
哀れな姿に変貌してしまった放置グルマを見るたび、クロード氏のような心ある人に再び巡り会えばよいのに、と願うボクである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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