第368回:エンツォも驚く? ポーランド車、続々襲来!?
2014.10.10 マッキナ あらモーダ!突然、ポロネーズ
モデナにあるエンツォ・フェラーリ博物館は、敷地内に創業者エンツォ・フェラーリの生家が保存されている。建物は、父アルフレードの鉄工所を兼ねていたものだ。ちなみにそばに線路があるのは、当時鉄道のための仕事が多かったためである。
博物館は2012年の開館時、独自の財団が運営にあたっていたが、2014年1月にフェラーリ社がそれを引き継いだ。
開館から2年半、すでにミュージアムはクルマ好きにとってお約束の“巡礼地”になっている。そのため来館者駐車場には自家用、もしくは地元の時間貸しサービスを利用したドライバーが乗りつけたスーパースポーツカーが、たびたびたたずんでいる。
先日、博物館の取材を終えて駐車場に戻り、車内の熱気を逃がすべくドアを全開して外につっ立っていたときのことだ。周囲になにやら違和感を抱いた。
見ると、往年のポーランド車「FSOポロネーズ」の一群がいた。それも本場ポーランドナンバーである。
ポロネーズはワルシャワのFSO社が製造していた後輪駆動の小型乗用車である。FSOとはポーランド語で「乗用車製造工場」を示す言葉の頭文字をとったものだ。「ふそう」ではない。
ポロネーズはまだポーランドが社会主義時代の1978年にデビューした。ベースは以前から生産されていた「ポルスキ・フィアット 125p」(「フィアット125」の現地版)で、当初の搭載エンジンは1.3リッターおよび1.5リッターであった。
年の経過とともに商用車仕様を含むバリエーションが拡大され、1980年代に入るとラリーでも活躍する。1989年にポーランドが民主化し、後年FSOが韓国・大宇自動車(当時)の傘下に入って「大宇FSO」となったあとも、ポロネーズの生産は続けられた。
話は前後するが、1991年にはスラントノーズの採用をはじめとする大幅なマイナーチェンジが施された。しかし西欧系ブランドの普及とともにポロネーズの旧態化はさすがに隠せなくなり、2002年に乗用車版の生産が完了。それに続くかたちで商用車版もカタログから消えた。
チャリティーランだった
エンツォ・フェラーリ博物館駐車場に話を戻そう。
ポロネーズ各車両にはおびただしい数のステッカーが貼り付けてあって、まわりには館内見学を終えた若者たちが集まっている。
若人たちよ、キミたちは一体何をしているのか? 「ジャンドブレ(こんにちは)」と声をかけてみた。
すると若者のひとり、ミハウ君が「チャリティーランの最中だよ」と教えてくれた。
ポーランド南部でチェコ国境にも近い工業都市カトヴィツェを基点に、スペイン・バルセロナの北東リョレート・デ・マルまで2000km以上を5日間で走り抜く走行会という。
参加車400台の車体に貼る広告を募って集めた資金を児童養護施設に寄付することでチャリティーとしているらしい。
それはともかく参加車は、すべて社会主義時代に生産された東欧車と、その同型車というから面白い。実際、遠くを見渡せば、ひと足先に旧東ドイツの国民車ヴァルトブルクが旅立とうとしていた。途中このように名所めぐりをしながらルートをたどる、緩い催しのようだ。
各車とも、CB無線機を装備している。日頃からポーランド人ドライバーに人気のアイテムだが、今回のような国をまたいだイベントでは携帯電話のローミング通話料を節約できる。
アメリカにも輸出されていた
先ほどのミハウ君に仲間が加わったので、彼らにポロネーズの魅力を聞いてみる。もはや本国でも見かけることがまれなモデルを、なにゆえに愛するのか?
すると開口一番、彼らは「なんといっても複雑な電子デバイスとは無縁のシンプルな構造だからね」と答えてくれた。
いっぽうで、こうも付け加えた。
「ポロネーズは、社会主義政権下の東欧車でありながら、米国の厳しいクラッシュテスト基準をクリアして輸出されていたんだよ」
そしてある参加者は、こうも語った。
「クルマとしては家にあるおやじのトヨタ車のほうが、よほど立派だよ。でもね、たびたびメカがご機嫌ななめになるポロネーズのほうがかわいいんだよ」
後日彼らのイベント告知を見ると、「多様かつ無限の故障……」と自虐的フレーズが記されていた。しかし、だからこそプチ冒険ストーリーを、ポロネーズをはじめとする旧東欧車は提供してくれるのだろう。
「ドヴィゼーニャ!(さよなら!)」
彼らは車窓から手を降って、博物館の門から次々と出て行った。いずれのポロネーズも過積載とみて、お尻が沈んでいる。
ボクがイタリアに移り住んだ18年前、やって来るポーランドの人たちの多くは出稼ぎであった。高齢者家庭のホームヘルパーとして、家族を残してやってくる女性も少なくなかった。
対して今日、彼らの息子ともいえる世代が、もはや信頼性がないクルマにもかかわらず、クルマで遊び、旅を楽しんでいる。彼らにとって、1980年の自主管理労組「連帯」を率いたヴァエンサ議長(ワレサ議長。のちに大統領)や、彼らの民主化運動を抑え込むため戒厳令を敷いたヤルゼルスキ議長などは、子供の頃の記憶か、もしくはすでに歴史上の人物であるに違いない。
見上げれば、エンツォの横顔が描かれたのぼりが風に揺れていた。御大もあの世で、このヨーロッパクルマ文化の大変動を眺めているに違いない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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