ロールス・ロイス・ゴースト(FR/8AT)
「本物」の資質 2014.10.27 試乗記 デビュー5年目にして初の大幅改良を受け、「シリーズII」へと進化した「ロールス・ロイス・ゴースト」。進化したホスピタリティーと、受け継がれたロールスの世界観に触れた。ゴーストでなければならない理由
2003年に造られたイギリスはグッドウッドのロールス・ロイス本社&工場。現在、そこで働く従業員は当初の4倍以上に増え、年間生産台数は昨年で約3600台と10倍近くにも膨れ上がっている。言うまでもなく、ゴーストの人気がそれを支えているわけだ。
われわれにとって300万円のクルマと500万円のクルマとは、カテゴリー以前の予算的問題として別領域であり、見積もりを並べて比較検討することはそうそう考えられない。が、3000万円のゴーストを買う人が、5000万円の「ファントム」を予算的に諦めるという話はそれほど多くはないだろう。
ゴーストにあってファントムにないものとは何なのか。ロールス・ロイスの商品企画マネジャーはそれを、イギリス人の好きなアンダーステートメント性になぞらえながら語ってくれた。
「ファントムのオーナーでも、日々のビジネスにそれを用いることができるのはごく一部です。それは物理的な理由ではなく、ビジネスやライフスタイルにおける配慮ということになるでしょう。ゴーストはわれわれが持てる100%の中で現在のカスタマーを取り巻く生活環境との親和性を優先しています。対してファントムには、われわれが培ってきたロールス・ロイスの世界観を125%込めているつもりです」
仕事のアシとして毎日乗れる上、自らがステアリングを握っても収まりがいい。しかるべき場所でもわきまえをもって接することができ、主張はあれど必要以上の威勢は感じさせない。実に微妙なさじ加減をもってゴーストのポジションは定められている。それはファントムという絶対的存在があるがゆえのことなのだろう。それをもって、年間3000台近くの生産台数はビジネスの上でも形骸化を防ぐという意味でも、ロールス・ロイスにとって「ちょうどいい」数字であるとのことだった。
そのゴーストに、登場5年目にして初めてのマイナーチェンジが施された。ロールス・ロイス的にはゴースト シリーズIIとなるそれは、一見するとヘッドライトの形状に若干アクセントが加えられたことくらいしか違いが見いだせない。しかし実際はグリル、ボンネット、フェンダーにバンパーと、フロントセクションを全て変更し、プロポーションそのものもミリの単位で修正を加えているという。形状そのものは若干押し出しの強い側に。一方で「フライングレディー」の角度をわずかに前傾させて印象を和らげるなど、それは洋服の仕立てのように微細な世界だ。
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「変わったように見せない」という配慮
エンジニアいわく、シリーズIIにおいての最も大きな変更点とされるのがシート。より幅広い体格をカバーし、ホールド感を高めるべく、骨格形状やクッションフォームなどを全面的に見直し、前型よりも柔らかく包み込まれるようなタッチを目指したという。それに併せて、ドアトリムやアームレストなどに用いるフォームの硬度もやや柔らかいものへと変更された。
インフォテインメント系ではビスポークの一環としてロールス自らが開発に参画し、ルーフパネルも含めて18個のスピーカーを仕込むというプレミアムサラウンドオーディオを採用。それらを操作する集中コントローラーのダイヤルにタッチパッドを追加するなど、ハードウエアのアップデートが施された。しかし、それらを内包するインテリア全体の雰囲気は以前となんら変わっていないようにもみえる。実際はトリムフィニッシュの変更や時計のパネルカラー変更など、隅々にまで手が加えられているというが、それらは先代を日々使うオーナーでなければわからないものだろう。ともあれ、変わったことを一瞥(いちべつ)で知らしめないという配慮が行き届いている。そんな印象だ。
エンジン、トランスミッションそしてサスペンション。動的性能を支えるこれらのハードウエアには基本的に変更はない。ただし、サスペンションのセッティングは後席の乗り心地を向上させるべく若干柔らかめの減衰に再設定され、合わせて遮音などの最適化も図られている。また、8段ATにはナビゲーションの地図データと連動し、交差点やカーブに合わせて事前にギアポジションを予見する「SAT(サテライト・エイデッド・トランスミッション)」という変速マネジメントが新たに加えられている。これは燃費やドライバビリティー向上というよりも、顧客の望まんとするさらにその先を読むという彼らのホスピタリティーに沿って採用されたとのことだ。
「ロールス・ロイス」としか言いようがない
体に染み付くほど先代に乗っていればその違いもすぐにわかるのかもしれないが、経験の少ない僕からしてみれば、シリーズIIの走りは何かが変わったという以前に、ロールス・ロイスとしか形容しようがないものである。12気筒ツインターボエンジンが放つ570psは、パワーの粒感が岩清水のように清らかで、アクセルドン踏みでさえジュワッとにじみ出すようにパワーを解き放つ。それを後輪へとつなぐドライブトレインも無粋なショックはまったく感じさせず、まるで全体が油圧でつながれているように柔らかい。
運転席にいる限り、乗り心地の向上に寄与しているのはサス設定の変更より、むしろシートのクッション性ではないかと思えてくる。そのくらい、先代に対して着座感は変わった。個人的にはイギリス車らしい張りの強さをもった先代のシートも趣的には悪くはないと思うものの、実利でみればホールド感の高い新型のシートの方が間違いなく疲れは少ないはずだ。
ちなみにシリーズIIにはオプションとして、サスの工場出荷時の制御プログラムをややスポーツドライビング側に振った「ダイナミックパッケージ」が新たに設定されている。性能的にはオプションの21インチタイヤとの相性を配慮しており、言い換えれば先代でも大径タイヤのニーズが高い=ドライバーズカーとしての販売が多いということにもなるだろう。標準車の直後に乗り換えたパッケージ装着車の印象は、乗り心地の面ではわずかながらの渋さはあるものの、操舵(そうだ)に対する応答ラグやロールの量などは下世話にすぎない程度に詰められた好感のもてる仕上がりだった。そもそもプログラムだけの変更なら、スポーツボタンでも設けてサスペンションレートを任意で切り替えられるようにすればいいのにと思うわけだが、ロールスの側にしてみればそんなことでユーザーの手を煩わせること自体がナンセンス。決め打ちのスペックで最良を提供するのが本筋というわけだ。
満艦飾も極まれりという車内にいても、なぜかいやらしさを感じない。分不相応も甚だしいというのに、しまいには居心地の良さを覚えるのは、贅(ぜい)に飲み込まれたからではないと思う。よくみれば全てが整然と並び、部位ごとに仕立てのそろえられたインテリアからは、彼らが力点を置いたという控えめであること、そしてシンプルであることがじわじわと伝わってくる。頂点級のお金持ちのために存在する雲上界でありながら、図らずもその内にある価値観は誰もが納得できるものだ。本物とはつまり、そういうことなのだろう。
(文=渡辺敏史/写真=ロールス・ロイス・モーター・カーズ)
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テスト車のデータ
ロールス・ロイス・ゴースト
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5399×1948×1550mm
ホイールベース:3295mm
車重:2435kg
駆動方式:FR
エンジン:6.6リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:570ps(420kW)/5250rpm
最大トルク:79.5kgm(780Nm)/1500rpm
タイヤ:(前)255/50R19 103Y/(後)255/50R19 103Y(標準サイズ)
燃費:14.0リッター/100km(約7.1km/リッター、欧州複合モード)
価格:--円/テスト車=--円
オプション装備:--
※数値は欧州仕様のもの
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
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ロールス・ロイス・ゴースト エクステンデッドホイールベース
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5569×1948×1550mm
ホイールベース:3465mm
車重:2495kg
駆動方式:FR
エンジン:6.6リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:570ps(420kW)/5250rpm
最大トルク:79.5kgm(780Nm)/1500rpm
タイヤ:(前)255/50R19 103Y/(後)255/50R19 103Y(標準サイズ)
燃費:14.1リッター/100km(約7.1km/リッター、欧州複合モード)
価格:--円/テスト車=--円
オプション装備:--
※数値は欧州仕様のもの
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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