第371回:パリサロン2014(後編)
「パリサロン」とかけて「吉祥寺」と解く、そのこころは?
2014.10.31
マッキナ あらモーダ!
入場者数は前回並みを維持
パリモーターショー(パリサロン)が2014年10月19日に閉幕した。プレスデイで知人のフランス人編集者たちは、「何かエンスージアズムが感じられない回だな」とつぶやいていた。たしかに華やかなコンセプトカーは少なく、2013年フランクフルトショーでみられたような自動運転技術に関する目立ったアピールもなかった。
代わりに、フランスのメーカーやサプライヤーによる、空力性能の向上やマテリアルの精選による軽量化など、地道な努力が目立った。例えば、前者はフラップを必要に応じて出すことによって空力効果を変える。後者はシート形状の工夫によってレッグスペースを稼ぎ全長を短縮、ひいては軽量化するといった、観察すれば観察するほど関心する内容が多かった。
しかし、モーターショーらしいインパクトを求めてやってくる一般来場者にどこまで訴求できるかというと、少々難しいと思われたのも事実だった。
ところがふたを開けてみると、入場者数はそれほど少なくなかった。2014年パリサロンの総入場者数は前回2012年と比べ1.8%増の125万3513人で、ほぼ同水準を維持できた。
筆者が思うに、大人こそ入場料14ユーロ(約2000円)だが、9歳以下無料、10歳以上25歳までは8ユーロ(約1100円)という設定が功を奏したと思われる。若者にとって10ユーロ札でおつりが来ることからくるお得感は、決して無視できない。
加えて前回同様、会期中、計4回の木曜・金曜日を「ノクターン」と称して夜22時まで開館していたことも貢献したに違いない。
実はパリの一般公開日数は16日間だ。2013年9月のフランクフルトショー以降の入場者数ランキング2位である東京ショー(90万2800人/2013年)の10日間より6日も長い。1日あたりにするとパリは7万8000人余りで、東京の約10万人より少なくなってしまう。それでも単純に入場者数でみれば「世界最大」のタイトルを維持できた。
大統領視察もデモも「恒例行事」
その他の事象も、振り返っておこう。
オランド大統領は、プレスデイ2日目の10月3日に会場を視察した。前回2012年は就任した年だったため、テレビをはじめとするメディアがこぞって伝えていたが、今年は総じてあまり長い時間を割いていなかった。驚異的な低空飛行が続く支持率ゆえかもしれない。
そしてパリサロンといえば、自動車工場従業員の「デモ乱入」だ。今年も一般公開初日の10月4日にフォード工場の従業員約100名が将来の人員削減方針に対抗すべく会場で活動を行った。だが、こちらもフランスのメディアはあまり大きく取り上げなかった。
いずれも、「恒例行事」「名物」として淡々と捉えられたとみるのが正しかろう。
いっぽうボクがうれしかったのは、記事執筆に必要な報道資料が軽くなったことだ。思えば2008年、安宿の小さな部屋にかさばる資料を広げると、足の踏む場どころか寝る場までなくなった。そのうえ、あまりの重さに体力を使い果たしたのが災いしたのだろう、取材を終えた途端、急性胃腸炎に襲われ、七転八倒するという前代未聞の事態に見舞われた。
さらにパリをたつ日、不要な資料を部屋のゴミ箱に放置しようとしたら、宿のおばさんが「それ、頼むから下の階まで持ってきなさいよ」と言う。その古い建物にエレベーターはなかった。仕方がないので、病み上がりの体で不要資料を抱えて細いらせん階段を必死で持って降りた。
対して今日はどうだ。QRコードやダウンロード先を記した名刺大のカードが主流となった。メーカーとしてもコストを抑えられるし、こちらとしても楽々持って帰れる。6年前の苦しみがうそのようである。
主要メーカーだけ見て帰るな!
ところでパリサロンでボクにとって楽しみなコーナーといえば、他の欧州主要ショーと比べて格段に充実したフランスの中小メーカーによるブース&スタンドである。ボクがひそかに「魅惑のパリルーム」と呼んでいるそうした企業が出展しているのは、第3パビリオンにある。ホンダ、マツダ、三菱、キア、ヒュンダイといった主要メーカーと同じ建物だ。
まずはイタリアやフランスで今も根強い人気があるマイクロカーのコーナーである。今日では最低でも原付き免許が必要なマイクロカーだが、昔の制度の名残で「sans permis(サン・ペルミ/無免許)」と呼ばれている。
リジェ、ミクロカー、エクサムといったブランドは以前から、主要メーカーのデザイントレンドを巧みに取り入れた、というか限りなく“なんちゃって”なモデルを連発してきた。今年も「ルノー・クリオ/キャプチャー」をにおわすものや、「フィアット・パンダ」のトレッキング風、などなど花盛りである。面白いのは各メーカーの担当者も「これは◯◯風です」と、元ネタを認めていることだ。仕様・装備をみれば、今やマットカラーやリアビューカメラが当たり前。こちらも普通車顔負けである。
別の意味で大胆なのは、イオンモータースという企業が展示していた「Weez(ウェーズ)」と名付けられた3座の電気自動車だ。プロヴァンス地方の自治体支援を受けて開発した前回のモデルに次ぐ改良型である。ステアリングは「マクラーレンF1」のごとく真ん中に付いていてドライバーは車両の中央に座り、あとの2名はややオフセットして後方に座る。
各タイヤには、ニ輪車でいうフロントフォーク状のものがまたがっている。一見、駐車違反取り締まり用の金具のようにも見える。実は各輪にインホイールモーターが装着されていて、重いそれを確実、かつシンプルにサスペンションアームと結合するためのアイデアだった。価格はメーカーいわく「一般車より安い」8990ユーロ(約124万円)で、2014年10月に発売するという。まだ普通免許が取れない若者が主要ターゲットだ。
いっぽう別のスタンドに「ミニモーク」風の車両が展示されているので、何かと聞けばこちらも「電気自動車です」と教えてくれた。
中国で製造されたものを、ノウン・エレクトリークというフランスの会社が販売しているもので、サイドシルにバッテリーを搭載しているという。中国の工場による製造だが、「フランスの厳しい検査をクリア」というフレーズでユーザーの不安払拭(ふっしょく)に努めている。
それにしても意匠の権利関係はクリアしている? と質問すると、「細部を変えてあるので、大丈夫」という答えが返ってきた。1万3900ユーロ(約191万円)のプライスタグが下げられている。
ちなみに同様にレジャー用電気自動車(EV)を製作する会社でも聞いたが、彼らの主要ターゲットのひとつは、サントロペに代表されるコートダジュールのリゾート地での観光用のようだ。
このミニモーク風EV、名前は「Minimoke」ならぬ「Nosmoke」。山田くん、座布団1枚あげてやってくれ!
パリサロンの魅力
ニュータウンや学園都市が人々にとって魅力が欠けるのは、あまりに人工的・機能的に整備された環境だからである。
いっぽう東京の吉祥寺がいつの世でも人気があるのは、しゃれたブティックが立ち並ぶエリアと背中合わせで、戦後の面影を残す混然とした一角が今なお残るからだ。肩をぶつけながら人混みをかき分けて路地を歩いていくと、次はまた違う風景や店がある。
モーターショーもしかり。フランクフルトや東京のように大メーカーによる立派なブースばかりが目立っていてはつまらない。大メーカーが鎬(しのぎ)を削る傍らで、戦後に自動車関連法や基準の隙間で生き延びてしまった無免許カーや、同様に簡単な免許で乗れるEVがひしめく。多くの人は気づいていないが、パリサロンが人を引き寄せる魅力は、実はこのへんにもあるとボクは信じているのである。
「パリサロン」とかけて「吉祥寺」と解く、そのこころは? 「一歩先に何があるかわからない」。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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