第264回:新興国ビジネスはどう変化する?
日産が攻めるインドネシア市場の展望と課題
2014.11.11
エディターから一言
その急成長ぶりから、世界中の自動車メーカーが注目を寄せるインドネシア市場。このマーケットでの飛躍を目指す日産の戦略をリポートする。
右ハンドル、左側通行、クルマの95%が日本車
日本国内はもちろんのこと、グローバル化が進む自動車産業において重要視されているのが北米、欧州、そして中国の市場である。経済記者やアナリストが市場分析を行う場合は、規模の大きいこれらのマーケットをどうしても優先してしまうが、世界規模かつ多角的にビジネスを行っている以上、他にも重視すべきエリアは当然存在する。そのひとつが「新興国」である。
2000年ごろであれば「BRICs(ブリックス)」などがメジャーだったが、昨今、ポストBRICsとして取り上げられる機会が多いのが「VISTA(ヴィスタ=ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン)」である。今回はそのうちのひとつであるインドネシアに注目。2013年9月にワールドプレミアが行われ、2014年5月から本格的に市場投入が始まったダットサンブランドについて、現地のディーラーや工場をまわり、新興国から起きうる新しいビジネスの波を感じ取ろうというのが取材の目的である。
インドネシア訪問は2回目なのだが、今回十数年ぶりに訪れて、まずはその変わりように驚かされた。自動車メディアで都市の発展などを報告してもあまり興味は持たれないかもしれないが、首都ジャカルタにはクルマがあふれており、しかも、とにかく日本車が多かったのだ。実は当たり前のことで、この国で登録されているクルマの95%が日本車なのである。おまけに右ハンドル&左側通行と、インドネシアはある意味「日本より日本らしい」クルマ事情なのだ。
もちろん、平日における首都ジャカルタの渋滞のすごさは日本とは比較にならないほど強烈。そこにクルマの数倍の市場を持つといわれるバイクが絡んでくる。ちょっとの隙間があれば容赦なく割り込んでくるのだが、ヘタをすると数10cmレベルまで接近することも珍しくはない。現地の人に聞くと「そんなことは日常茶飯事」。それでも事故があまり起きないあたり、インドネシア人は実は優れた運転テクニックを持つ国民なのかもしれない。
メーカーが注目する「LCGC」って何だ?
日本車が95%というシェアを持つインドネシアにおいて、今最も積極的な動きを見せているのが日産だろう。往年のブランドであるダットサンを復活させ、その第1弾となる「GO」シリーズの市場導入を果たすなど、まさに押せ押せの状態である。そこで今回は、同社の現地法人であるNMI(ニッサン・モーター・インドネシア)を訪問し、現地の市場について話をうかがった。
NMI社長のステファヌス・アルディアント氏によれば、インドネシア市場においてはMPV、SUV、そしてLCGCを含むハッチバックの3つが、重要なセグメントになるとのこと。ここで出てくるのが「LCGC(ローコストグリーンカー)」という日本ではあまりなじみのない言葉である。これは簡単に言ってしまうとインドネシア政府の政策のひとつで、多少強引ではあるが日本でいう「エコカー減税」のようなものと言えなくもない。その条件は、排気量が980~1200cc、燃費がインドネシア独自の計測モードで20km/リッター以上、車両本体価格の上限(マニュアル車)が9500万ルピア(日本円で約100万円)以下など。さらには「将来にわたって部品の現地調達率を上げる」という注文がつくなど、意外と言っては失礼だがハードルが高い。
それだけに、これらの基準を達成することで得られる恩恵は小さくない。インドネシアでは自動車の購入に際し10%以上の奢侈税(しゃしぜい。ざっくり言うとぜいたく税)が掛かるが、それが免除されるだけでなく、メーカー側も法人税が30%控除されるなど、いくつかの免除を受けることができる。
実は、インドネシアにおける日産車の販売シェアは決して高いものではない。同国では圧倒的な存在感を誇るトヨタや、ダイハツ、スズキが市場をリードしており、日産のシェアはトヨタの7分の1程度。いわば「チャレンジャー」の立場になるわけだ。そこでNMIは、ダットサンブランドのほかに新型「日産エクストレイル」を市場に投入、ミニバンの「リヴィナ」(日本未発売)なども含め、一気に販売を加速させるつもりだ。
販売網の強化についても、NMI全体では2010年の52店舗から、2016年までの間に108拠点の増となる160店舗への増強を計画。ダットサンブランドの取扱店も、2014年度中に2013年度の39店舗から一気に105店舗まで拡大する予定だ。また(より新規ユーザーの見込める)LCGCに関しては、新車販売における2013年度のシェアが7%程度だったのに対し、2014年度中には13%まで拡大すると予想している。これだけメーカーが期待をかける市場、勢いのある市場、それが今のインドネシアなのである。
好調な売れ行きも納得の出来栄え
今回、短い時間ではあるが、LCGCであるダットサンのGOシリーズに試乗することができた。場所は、このクルマを生産するプルワカルタ新工場内の完成車テストコースである。
用意されたのは5人乗りの「GOパンチャ」とリアオーバーハングを210mm延長させた7人乗りの「GO+パンチャ」、そして日産ブランドで取り扱われる「グランドリヴィナ」の3台だ。ちなみにGOパンチャという車名については、インドネシア語でGOを意味する「パンチャ」を後ろに付けることで、親しみやすさのアピールを狙ったという。NMIが分析するターゲットカスタマーは、クルマをこれから所有したいと考えている「ライザー」と呼ばれる層で、想定される乗車人数が、ジャカルタ郊外に住む3人家族にプラスして「メイドが1人」というのもお国柄を表している。
この3台のうち、筆者が特に注目したのがGO+パンチャである。同国でMPVが人気なのは前述したが、その中でも支持されているのがLMPVと呼ばれる小型の3列ミニバンである。すでに他社からも数多くのモデルがリリースされているが、GO+パンチャは今のところ、この中で唯一のLCGCなのだ。クルマとしてはGOパンチャと同じホイールベースとすることでコストを抑えており、3列目に大人が乗るのは「緊急用」と割りきってもかなりきつい。ただし、ローコスト車とはいえテストコースで走った限りは路面からの突き上げもうまく吸収しているし、インパネまわりの仕上げや制振、遮音性能(現地の人は結構こういう部分にこだわるそうだ)も十分以上。まさに、国民の多くが求めていたクルマが具現したと言っていいだろう。市場シェアのまだ小さいNMIの中では販売も好調で、LCGCの中で17%という高いシェアを得ているのも納得である。
期待できる市場だが、問題点もある
最後にGOシリーズを生産している工場を見た感想だが、まだまだ自動化に関してはこれからとはいえ、従業員の平均年齢は27歳と若い。また日本人は3000人の従業員に対し、わずか10人しかいないという。モノだけではなく雇用も含めた「現地化」を行うことこそが、その国を含めた経済発展に大きく寄与するということだろう。
日本が人口1000人のうち597人がクルマを所有しているのに対し、インドネシアはわずか69人(2013年、日産調べ)と、まだまだこの国の市場は大きく伸びる可能性を秘めている。低所得者に向けたLCGCという国策も国民にとってはありがたいはずだ。
ただ課題がないわけでもない。というのも、今回現地を見て一番に感じたのは、あまりにも貧弱な道路インフラだったのだ。2011年とやや古いデータになるが、主要都市の面積に対する道路面積の比率を見ると、東京が18.1%なのに対しジャカルタは7.3%とまだまだである。またSUVが売れる理由も、スタイリングや走りの良さだけでなく、道路のあちこちに開いている穴を通過する際に大径ホイールが有利な点や、洪水などが起きた際のロードクリアランスの高さが評価されてのこと。このまま販売が伸び続けても、いずれインフラの側がそれを支えきれなくなるのは明白だ。政府が道路インフラの整備や交通渋滞の緩和を国策として行うことこそが、今後のインドネシアにおける自動車業界の成長を維持するためには不可欠ではないだろうか。
(文=高山正寛/写真=高山正寛、日産自動車/取材協力=日産自動車)

高山 正寛
-
第875回:キモは氷上性能! ダンロップの新しいスタッドレスタイヤ「ウインターマックス アイスプロ」を試す 2026.7.1 違いは氷の上で表れる! ダンロップの新しいスタッドレスタイヤ「WINTER MAXX ICE-Pro(ウインターマックス アイスプロ)」に、冬の北海道で試乗。氷上性能を徹底的に追求したという新製品の、パフォーマンスの一端に触れた。
-
第874回:自動運転からワイパーまで! 自動車を支えるメガサプライヤー ボッシュのあくなき挑戦 2026.6.27 世界屈指のメガサプライヤー、ボッシュが開発中の新技術を披露! 市街地での高度な運転支援技術に、日本の方言にも対応した対話型AI、サーキット走行のノウハウを教えてくれるコーチング機能等々……興味深いその中身をリポートする。
-
第873回:ウエット路面に強み ミシュランの新タイヤ「パイロットスポーツ5エナジー」と「プライマシー5エナジー」を試す 2026.6.19 2026年1月29日に導入が発表されたミシュランの新製品「パイロットスポーツ5エナジー」と「プライマシー5エナジー」。これまでの特徴に加え、低燃費性能や耐摩耗性、ウエットグリップ性能のアップをうたう両モデルの走りを、クローズドコースで確かめた。
-
第872回:「フォレスター」がJNCAPで最高評価を獲得! “安全”に対するスバルの不断の取り組みに迫る 2026.6.6 相対速度100km/hの衝突後でも、普通にドアが開く!? 人気のSUV「スバル・フォレスター」が、日本の自動車アセスメントで最高評価を獲得した。安全なクルマづくりを第一とするスバルの取り組みを、群馬製作所で行われた衝突試験デモの様子とともにリポートする。
-
第871回:今年もグリーンヘルは熱かった! ニュルブルクリンク24時間レース観戦記 2026.5.27 “世界一過酷な草レース”として知られ、今年も波乱が巻き起こったニュルブルクリンク24時間レース。F1王者のフェルスタッペンも参戦するとあって、大いに盛り上がったその様子を、世界を飛び回るモータースポーツカメラマンが臨場感満点でリポートする。
-
NEW
ポルシェ911カレラT(後編)
2026.7.19ミスター・スバル 辰己英治の目利きスバルとSTIでクルマの走りを鍛え、モータースポーツにも積極的に取り組んできた辰己英治さん。彼の目に、“スポーツカーの水準器”こと「ポルシェ911」はどのように映ったのだろう? 走りの楽しさを追求した「カレラT」グレードに乗っての印象を聞いた。 -
ホンダCB750ホーネット(6MT)【レビュー】
2026.7.18試乗記ホンダのスポーツネイキッド「CB750ホーネット」が、話題の「E-Clutch」を獲得。ライディングの幅を広げる自動クラッチシステムは、パンチの利いた2気筒のストリートファイターにどんな走りをもたらすのか? その仕上がりを確かめた。 -
人気沸騰「ランクル“FJ”」を手にするもうひとつの方法
2026.7.17サブスク「KINTO」で「ランドクルーザー“FJ”」に乗る<AD>2026年5月に発売されるやオーダーが集中し、受注停止となってしまった「ランドクルーザー“FJ”」。しかし、あきらめるのはまだ早い。“FJ”とのカーライフを実現できる、トヨタの新車サブスクリプションサービス「KINTO」という手段があるのだ。 -
新型「アルピーヌA110」はどんなクルマに? グッドウッドを駆けたテストカーから読み解く
2026.7.17デイリーコラムアルピーヌが次期型「A110」を示唆する「A110フューチャー」を初公開。グッドウッドで走る姿を披露した。そこから分かる未来のA110の姿とは? 電動化がアナウンスされているが、エンジン車の設定はあるのか? 公式発表とテストカーの姿から深掘りする。 -
ベントレー・ベンテイガ スピード(4WD/8AT)【試乗記】
2026.7.17試乗記「ベントレー・ベンテイガ」に最上級グレードの「スピード」が登場。ブランドの在り方をストレートに伝える名称のトップパフォーマンスモデルだが、従来型との最大の違いはその心臓部にV8エンジンが積まれていることだ。およそ不満のあろうはずもないが、最新モデルの仕上がりをリポートする。 -
写真で解説する新型「日産エルグランド」
2026.7.16画像・写真新型「日産エルグランド」は、日本伝統の美をデザインに生かしながら、同社独自の最新技術を組み合わせて“走りのよさ”も徹底追求したという意欲作。その見どころを写真とともに解説する。





























