レクサスRC350“バージョンL”(FR/8AT)
意のままに操れるクルマ 2015.01.28 試乗記 「アヴァンギャルド・クーペ」をデザインテーマに開発された、レクサスの新型クーペ「RC」。3.5リッターV6エンジン搭載モデルでその魅力を確かめた。クーペ作りが苦手な日本
20年も30年も前は日本車メーカーもずいぶん作っていたのに、最近はほとんど見かけなくなってしまった2ドアクーペ。ざっと思い起こしてみても、現行モデルでは「スカイラインクーペ」「フェアレディZ」「トヨタ86」「スバルBRZ」くらいしか浮かんでこない。でも、世界的規模で見ればクーペ市場は決して小さくないようで、アメリカのメーカーだけでなくドイツのプレミアムブランドだって各モデルに必ずといっていいくらいクーペボディーを用意しているし、日本の路上でそれらを見かける機会だって決して少なくない。なんだか、日本だけがクーペ作りに及び腰になっているようにさえ思えてくるほどだ。
その理由をちょっと考えてみたところ、結局のところ日本人は人間の感性にプラスの印象を与えるのが苦手なのもしれない、という気がしてくる。クーペは、セダンに比べればドアが2枚少ないし、後席だって広くない。つまり、機能的にはセダンよりも劣っているわけだ。だからこそ、セダンにはないプラスαがなければ、クーペを買ってもらうことはできない。それは、スタイリングの美しさだっていいし、運転席に腰掛けて「なんかいいなあ」と思わせるデザイン上の仕掛けだって構わない。エンジンがパワフルだとか、ハンドリングが俊敏だとかということもクーペの魅力のひとつだろう。でも、こういう“プラスの喜び”を付け足すのが日本人は苦手になっているからこそ、日本のクーペ市場というかクーペ作りが低調になってきているのではないか。
そんなところに登場したのが、この「レクサスRC」である。これぞまさしく、なんらかの魅力が備わっていなければ絶対に買ってもらえないはずの本格クーペである。というわけで、今回は3.5リッターV6エンジンを搭載した「RC350“バージョンL”」に乗って、レクサスが提案するクーペの魅力を探すショートトリップに出掛けてみることにした。
シートに感心
もうかれこれ1年も前からスーパーGTのGT500クラスに参戦していたので、RCのクーペボディーは見慣れたものになっていた。
正直言って、遠くから眺めたときのプロポーションに、見る人をあっと驚かせる仕掛けはない。むしろ流れるように自然で、無駄のないフォルムだ。前後のバランスだっていい。とてもよく練られた、なかなか美しいプロポーションだと思う。
個人的には、糸巻きを上下から押しつぶしたようなスピンドルグリルにもだいぶ目がなじんできた。アウディのシングルフレームグリルと一緒で、最初に登場したときはすんなりと飲み下すことのできない違和感を覚えたものだが、何台も作り込んでいるうちにデザイナーがこなれてくるのか、それともこちらの感性が歩み寄っていくからなのか、全体のデザインのなかに自然に収まってきたような気がする。むしろ、ヘッドライトの下に取り付けられたブーメラン型のポジションランプのほうが、ずっとアクが強い造形のように思えるくらいだ。
シートの良さには感心した。腰掛けてみると膝のすぐ裏側から肩甲骨のあたりまで、体の幅広い部分を優しく支えてくれる感触が味わえる。表皮一体発泡工法で立体的に成形した効果だろう。しかも、シートの表面が、一時期はやったビーズクッションのように柔らかくて心地いい。それでいて支えるべきところはしっかり支えてくれるので、長距離を走っても疲れないはずだ。
シートをはじめとするレザー類の発色は鮮やかで、色の組み合わせもしゃれている。インテリア全体の質感は高いし、ナビをコントロールする特徴的なタッチパッド式リモートタッチの操作性も悪くない。ただし、中央のやや高い位置に大型ディスプレイを組み込んだ結果、まるで棚田のように何段も積み重ねられたかのような造形となったダッシュボードはやや煩雑な印象を受ける。デザインに凝りたい気持ちもわかるが、ここはもう少しシンプルでもよかったのではないだろうか。
大人向けの手応え
RCで走り始めた瞬間、不覚にも「おおおっ」とうならされてしまった。プラットフォームは「GS」や「IS C」、「IS」のものを組み合わせて構成されており、かなり剛性感が高い。しかも、ロードノイズの遮断がほれぼれとするほど見事で、舗装の状態にかかわらず走行中もキャビンは実に静か。サスペンションの動きだしはスムーズで嫌なハーシュネスを意識させないし、このクラスにしてはフラットライド感も満点に近い。正直、乗り心地や静粛性に関しては文句の付けどころがなかった。
記憶をたどれば、たしかGSもトヨタらしからぬ(失礼!)骨太な乗り味が印象的だったけれど、RCにはそこに快適性や静粛性が付け加えられている。本来であれば、セダンであるGSのほうが高得点を獲得してしかるべき領域だが、RCの開発陣のこだわりが結実したからか、はたまた開発時期の違いのなせる業なのか、洗練さでいえばRCのほうが一段、いや二段は上をいっているような気がする。
ハンドリングも大人向けの手応えで好感を抱いた。ステアリング切り始めのゲインを過激に立ち上げることなく、切れば切った分だけ、自然に、そしてスムーズにノーズはコーナーの内側を向いてくれる。多少頑張ってコーナリングしても、その途中でギャップに乗り上げたとしても進路があいまいになることはない。しかもFRなのに直進性が良好。最近はやりのアクティブセーフティーデバイスもいろいろと用意されているけれど、そんなものに頼らずともドライバーが積極的に運転に関与したくなるクルマだと思う。
よくできたスポーツクーペ
つまり、レクサスRCは人間の素直な感性に無理なく寄り添ったクルマ作りがなされているのだ。言い換えれば、意のままに操れるクルマだといえる。上から目線でモノを言っては大変失礼だが、レクサス開発陣、実に素晴らしい製品を作り上げたと思う。
RC350に搭載される3.5リッターV6エンジンは、実用域でしっかりとしたトルクを生み出す扱いやすさが身上で、しかもレスポンスのいい8ATのおかげもあって、RCの小気味いい走りをフルに引き出すことができる。
いっぽう、これではまだ走りが物足りないというのであれば、いっそのこと「RC F」をお薦めしたい。もちろん、足まわりは格段にハードになるが、動きのスムーズなダンパーとより強化されたボディーのおかげで、まったく不快なところがない。しかも、RC Fにオプション設定されているTVD(後輪にかかる駆動力を左右個別に制御し、クルマ自身がヨーを電子制御してくれる装置)は、路面から外乱を受けたときに進路が乱されそうになるのを抑える効果を備えた秀逸なデバイス。いかにも電子制御されているという感触が薄いことも好印象だった。
このふたつのモデルに比べると、ハイブリッドパワーユニットを搭載した「RC300h」は、まるでアクセルペダルとパワーユニットの間にフニャフニャで分厚いゴムが挟まっているように感じられた。ペダルを踏み込むと、このゴムがぎゅっとつぶれてから初めてパワーユニットが反応するようなもどかしさがつきまとうのである。これまでたくさんトヨタ製ハイブリッド車に乗ってきたけれど、こんな経験は初めてだ。その理由は、RCのアクセルペダル以外の反応がリニアで素早いからこそ、いままで感じなかったハイブリッドの遅れ感、もしくはあやふやさが意識されたのかもしれない。つまり、クルマのほかの部分がよすぎるから、いままで気付かなかったハイブリッドの弱点が顕在化してしまったというわけだ。
とにもかくにも、走りの質を磨き上げたという意味でいえば、レクサスRCはとてもよくできたスポーツクーペである。あとは、レクサス独自の走りの味がもっと強調されてくると、きっとヨーロッパでも本物のプレミアムブランドとして評価されるようになるだろう。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
レクサスRC350“バージョンL”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4695×1840×1395mm
ホイールベース:2730mm
車重:1690kg
駆動方式:FR
エンジン:3.5リッターV6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:8段AT
最高出力:318ps(234kW)/6400rpm
最大トルク:38.7kgm(380Nm)/4800rpm
タイヤ:(前)235/40R19 92Y/(後)265/35R19 94Y(ブリヂストン・ポテンザRE050A)
燃費:9.8km/リッター(JC08モード)
価格:660万円/テスト車=709万1400円
オプション装備:フロント235/40R19+リア265/35R19 タイヤ&アルミホイール(4万2120円)/プリクラッシュセーフティーシステム+レーダークルーズコントロール(6万4800円)/クリアランスソナー&バックソナー(4万3200円)/ブラインドスポットモニター+リアクロストラフィックアラート(6万4800円)/レーンディパーチャーアラート+オートマチックハイビーム(3万7800円)/“マークレビンソン”プレミアムサラウンドサウンドシステム(23万8680円)
テスト車の年式:2014年型
テスト車の走行距離:3532km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:198.0km
使用燃料:24.3リッター
参考燃費:8.1km/リッター(満タン法)/8.3km/リッター(車載燃費計計測値)

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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