スズキ・アルトF(FF/5AT)
これが本当の“フル”モデルチェンジ 2015.02.26 試乗記 5段ロボタイズドマニュアル「5AGS」を搭載した新型「スズキ・アルト」のエントリーグレードに試乗。スズキの将来を担う、新世代プラットフォームの実力に触れた。トランスミッションの出来は秀逸
気になる「5AGS」(5段自動変速の頭文字)、デキはよい。類別上はシングルクラッチAMTのひとつである。変速の際にいわゆる駆動のトルク切れ、英語でいうとtorque interruptionがあるのがハッキリわかってしまうのは、なにしろ自動化ロボット化されたとはいえモトがMTだからしかたない。そんなことをいったら、人間MTにだって変速時のトルク切れはある。ショックが出たりもする。ペダルやレバーの操作を本人がやっているから、少なくとも本人的には気にならない、気にしていないというだけで。
変速担当者が人間であれロボットであれ、MTをスムーズに運転するにあたってひとつのキモはアクセルペダルの操作にある。あるいは、スロットル開度の制御に。加速している真っ最中にバツンとクラッチを切ったりしたら、それは当然、強いショックが出る。Gが急変する。不快。つんのめる。逆にギューッとエンジンブレーキがかかっている最中にバツンとクラッチを切ってもやはり、つんのめる……とはいわないか。つん反りかえる? クラッチを切る前に、たとえ急いで加速している最中であっても(その際にはホンの一瞬だけ)、加速も減速もしていない状態を作る。で、クラッチを切る。と、スムーズ。快適。
AGSの場合、どうやらそのへんの制御がうまい。さすが日本車というべきか、キメ細かい作り込みがされているもよう。「3ペダルではムリなオマエのために2ペダルにしてやっただけでも感謝しろ」な感じがないとはいえないガイシャAMTとはひと味違う。もうひとつの弱点、あるいは難点となりがちなトルク切れに関しても、変速に要する時間を「キャリイ」に搭載されるものよりさらにツメてきている印象があった。
ちょっと細かい話として、アクセラレーターの踏み込みを戻す操作をトリガー信号としてアップシフトをさせる制御もAGSには入っている。というか、わりと積極的にそれをきかせてある。「ギアを上げさせたい場合はアクセルペダルをちょっと戻してあげてください」ということだ。いついかなるときでも戻せば即アップということはないけれど、そのへんの頃合いは運転しているうちに覚えられる。常識的な運転がちゃんと通じるようにできている。おとなしく発進→加速していって、5速へ入るのは50km/hあたり。
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普通の運転に普通に反応してくれる
今回、急発進もふくめ、あえてイジワルな運転も何度か、あるいは何種類かやってみた。そのうえでいうが、やはりAGS、デキはよい。それと、駆動がかかっている間のアクセラレーターの踏み込み加減とエンジンのチカラの出かたの関係に関するお約束がシンプルであるのはめちゃくちゃ気持ちがいい。よかった。運転手がニコニコするタイプのパワートレイン、といっていいと思う。エンジンもイイし。トルコン+CVTつきの国産車から乗り換えた直後に「違和感」をもった人でも、おそらく長くても3日以内にはこっちがフツーになる。
ブレーキ関係もフツーでよい。踏力一定=制動G一定のブレーキングがやりやすい。試しに(慣れない)左足ブレーキをトライしてみたところ、やはりオッケー。たとえば停止へ向けての制動中、AGSはギアを落としていく。それによる減速Gの変化はゼロではないけれど、ブレーキペダル上の右足ないし左足の踏力の加減をどうにかしないとマズい、同乗者にブレーキがヘタクソと思われたら……というようなことはなかった。ので、フツー。
で、アルト。クルマ本体というか全体というか。最高いや最低で610kgという軽量化が車体に関しては話題になっているけれど、乗ってみるとペラペラな感じはない。むしろ、しっかりしている印象のほうが強い。無駄肉をのせずに剛性を確保できるよう設計した、ということか。旧型とは別世界で、もちろん加点要素。なるほどこれが新プラットフォームの性能……ということで、要は新型アルト、新型車感がちゃんとある。たんなるお化粧なおしやルーティーンのイージーなフルモデルチェンとは明らかに違う手応えが、たとえ目をつぶって乗って目をつぶって運転してもすぐわかるぐらいに(本当にやらないように)。そして、そのキモが車体のデキであることはまず間違いがない。
軽さが有利に働いている
あとアルト、新プラットフォームでサスペンションのストロークがアップしている。少なくともプレス資料にはそう書いてあった。「具体的な数値はともかく、比率でいうと2割」(技術者談)。2割も長くなったとはすごい。それがホントなら(笑)。従来比の従来値がどんだけ短かったんだというのもある。
軽自動車の場合、簡単なハナシ横転がコワい。いってしまえば狭小な土地の貧相な土台に2階建て3階建ての上屋がのっかっている状態だから、できればサスペンションのストロークは長くしたくない。ロールの動きはサッサと止めてしまいたい。コロんだらクルマがワルモノで、曲がれずに真っすぐいっちゃってブツかったらドライバーが下手人。ある意味、訴訟対策。そういうなかで、アルトのようなクルマは有利といえる。条件がいい。無理がない。比較的。なぜなら上屋がカルいから。高くないから。
アルトの場合、AGSが選べるグレードは5ナンバー仕様のなかのいちばん安いやつ(あるいは4ナンバーつまりバン)。ということで、お約束的にAGSとフロントのアンチロールバー(スタビライザーとかスタビとか呼ばれるもの)はセットにならない。コストカットと軽量化(約5kg)のために、AGSが選べるグレードではフロントスタビが省かれている。ただし細かいことをいうと、バン(VP)のヨンクを選ぶとAGSとフロントスタビがセットになる。
フロントのアンチロールバーがナシの場合、縮み側のロール剛性はもっぱら主バネで確保しないといけない。よって当然、レートは高くなる。それに合わせたらダンパーの減衰値も高めに設定される。乗り心地の快適さや接地性のしなやかさにとってはマイナス要因。それに加えて、アルトの場合がどうかは知らないけれど、いわゆるリバウンドスプリング。伸び側ストロークに逆らう仕事をするバネをダンパー内に組み込むテもある(「ワゴンR」や「スペーシア」ではやっているはず)。ただし、それを入れると縮み側のストロークがケズられてしまう。たとえば20mmとか。ケズられたその20mm、比率でいうと、軽自動車一般のフロントサスペンションの全ストローク長に対して1割ではたぶん全然きかない。2割にはなっていないとしても、その中間ぐらい。
ステアリングフィールは要改善
乗り心地とコーナリングの感じは、たしかにというか、フロントのアンチロールバーがついていないっぽい。具体的には、直進中(つまり横Gが出ていない状況)のバネの強さ感と旋回中のバネの強さ感がちょっと違う。直進中の印象からすると、旋回中のバネの強さ感がちょっと足りないような。でもまあ、ロールがコワいとは別に。それと、乗り心地がビシバシということもない。車体がしっかりしているのもきいているはず(きいていないはずがない)。
100km/h巡航は、ある部分がナニなのを別にしたらヘーキである。快適である。その「ある部分」とはハンドル、操舵(そうだ)系で、具体的にはフリクションがかなり強い。真ん中のところに、手応えがギュッと固まって動くまいとするかのような領域がある。ので、たとえば、ちょっときったところで手を離すと、戻ってこない。きった角度のまま、そっちのほうへ進んでいこうとする。でこれ、運転しやすさ上の減点要素。アシや車体的には100km/hでも真っすぐ走る力は十分にあるのだけれど、このハンドルのせいで進路の管理が難しい。直線でカナクギ流の走りをすることになる。クルマの進路(の軌跡)が、フリーハンドで描いたキレイな線にならない。100km/hよりずっとゆっくり走っているときのこともふくめてモンダイ点。
試しにやってみたのはタイヤの内圧調整。プレス試乗会で諸グレードの指定内圧をチェックしたところ、乗用アルトの安いやつと商用アルトとでは数値が違っていた。車重もタイヤサイズも同じなのに、乗用は前後280kPaで商用は240kPa。あと、CVTつきの乗用上級グレードも240kPa。フツーに考えて、モード燃費対策。乗用アルト上級グレードのそれに対して見劣りする乗用アルト安グレードのモード燃費の数字を少しでもよくするために、指定内圧を40kPaだけアップ。乗用アルト上級グレードに関しては、CVTとスタート&ストップでヨユーある数値を確保。商用グレードでは、コソクな対策必要なし。ということ?
手持ちのプレッシャーゲージが誤差ありまくりだったので、その狂いっぷりを考慮に入れつつ広報車のタイヤの空気を慎重にプシュー。正しいゲージで計ったら240kPaと出るはずのところまで抜いた状態で乗ってみたところ、舵感は印象改善。タイヤなのか、あるいはピニオンシャフトのところにあるトルクセンサーのトーションバーなのか、とにかくなにかが捩じれ変形する感触が出てきて、それとともに操舵アシスト力のかかりも自然になったようで、直進付近のハンドル手応えがマシに。といってホメられるような舵感では必ずしもなかったけれど、少なくとも不機嫌は解消。全体としてクルマの印象がプラス側へ、つまりゴキゲン側へ転じた。プレス試乗会で運転したCVTつき上級グレード(タイヤ内圧は冷間240kPaに設定されていたと考えられる)の舵感よりはベター。
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新しいプラットフォームの今後に期待
朗報ないし明るい話題としては、たとえばワゴンR。現行モデルが出た当初は、ハンドル関係に今回のアルトと同じようなモンダイがあったけれど、3型になったいま、そこはなおっている。真ん中付近のギュッと固まった手応えがとれている。少なくとも「S-エネチャージ」つきに関しては。新型アルトのプレス試乗会の会場にS-エネチャージつきのワゴンRが1台あったので無理やり借りてまた運転してみたところ、やはり。真ん中が固着してないハンドルは実にイイ……の一方で3型の現行ワゴンR、旧プラットフォーム感が丸出しでもあった。ヤワい車体がフルフルすまいと頑張ってる(けど抑え込みきれてない)あたりに。やっぱり新型アルト、新しい!!
ちなみに新プラットフォーム、ほかでもない車体設計担当の技術者によると「スズキ初」。特定の新型車のためにいろいろやったことは過去にもちろんあったけれど、それを超えて複数の、あるいは多くの車種に使われることを前提としてそれらに共通のハードウエア基盤をイチから開発したのは今回が初めてだったという。各部署から人員を集めてプロジェクトチームを結成したこともふくめて。そこまでのものならもっとリキの入った感じの名前をつけてもよかったのではないか。フォルクスワーゲンの「MQB」やマツダの「SKYACTIV」のような。でもスズキなので、たんに「新プラットフォーム」。ワガハイハネコデアル。
新プラットフォームを使って作られたピッカピカの一発目がこの新型アルトなので、「まだやりきれていないところも多々あります」。そうでしょうけれど、なにしろハンドル関係。クルマの扱いやすさの根幹にガッツリ関わってくるところではありませんか。現行ワゴンRでなおったみたいにゼヒ。あとそう、現行ワゴンRの次に出たスペーシアではそのへん、最初(1型?)からちゃんとやってあったではないですか。
(文=森 慶太/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
スズキ・アルトF
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1475mm
ホイールベース:2460mm
車重:620kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:5AT
最高出力:52ps(38kW)/6500rpm
最大トルク:6.4kgm(63Nm)/4000rpm
タイヤ:(前)145/80R13 75S/(後)145/80R13 75S(ダンロップ・エナセーブEC300)
燃費:29.6km/リッター(JC08モード)
価格:84万7800円/テスト車=90万8118円
オプション装備:レーダーブレーキサポート(2万1600円)/ ※以下、販売店オプション フロアマット(1万6902円)/ETC車載器(2万1816円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:863km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(7)/高速道路(3)/山岳路(0)
テスト距離:238.7km
使用燃料:12.0リッター
参考燃費:19.9km/リッター(満タン法)/20.3km/リッター(車載燃費計計測値)
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森 慶太
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