第387回:三菱の「180SX」? 謎の教習車発見!
スイスのドライビングスクール訪問記
2015.02.27
マッキナ あらモーダ!
スイスの雪山にコンペティションカー!?
先日クルマで国境を越えてスイスのルツェルンに赴いたときである。郊外のホテルで、取材したばかりの原稿を書いていたら、以前から知り合いである宿の主人から部屋に電話が入った。
「何やってんだ?」
ボクが「外は雪だから仕事中だよ」と答えると、彼は「雪が降ってるからこそ、面白いところに連れていこう」と提案する。といっても、今回は仕事で来たので、スキー用装備など持ってきていない。
なんだかわからないうちに、宿の主人のクルマに乗せられ、山の上のほうに連れて行かれた。着いたところは、山の中腹にある雪で覆われた小さな平地だった。やがてひとりのおじさんが、除雪用トラクターから降りてきた。宿の主人の友達だという。そして一角に建つ建物のなかに、笑顔で手招きする。一歩足を踏み入れて、言葉を失った。中にはコンペティションカーがぎっしりと並んでいた。それらの鮮やかな色彩は、外部の銀世界とはあまりに対照的で、目がくらくらした。
な、なんですか。コレは……。
雪の下はミニサーキット
おじさんの名は、ハンス・ショーリさん(54歳)。1961年生まれの彼は、1991年、30歳のときに「ホンダCR-X」でスイスツーリングカー選手権に参戦。翌年には、年間2位に入っている。95年には「フォード・エスコート コスワース」、1996-97年には「ホンダNSX」のワンメイクレースで優勝した。47歳の2008年からはスイスヒルクライム選手権に「三菱ランサーRSエボリューション」で挑戦を開始。同年に3位、2009年に2位と順位を上げ、2011年、50歳にしてチャンピオンを獲得した。
そのショーリさん、ドライバーの傍らでインストラクターとして働いていた経験を生かし、2年前の2013年、52歳のときドライビングスクールを開所した。
で、どこがスクール? といえば、なんと、先ほどの雪の下に、実際にはコース長970mのミニサーキットが広がっているのだという。
冬の間は、スクールが所有する四輪車やクワッド(ATV=全地形対応車)、そしてカートを使用したドリフト体験コースを開催していて、夜の部も用意されている。参加者はさながら北欧における夜間ラリーのムードを満喫できることだろう。
彼の息子イヴさん(23歳)が操縦する車両に同乗させてもらう。クルマはドリフトファンご用達(ようたし)の一台、「日産200SX(日本名:180SX)」である。イヴ君は、雪の下にあるコースをあたかも透視しているがごとく、ポーカーフェイスでステアリングとハンドブレーキを操り、200SXをダンスさせてゆく。彼のテクニックと見渡すかぎり純白の風景が相まって、まったく恐怖は感じない。
ちなみに宿の主人はといえば、ボクが200SXに乗せられてぐるぐる回っている間、様子を動画におさめようと買ったばかりのiPhone 6 Plusを持って吹雪の中に立っていた。温暖なイタリアで東京時代以上に軟弱になったボクと違い、北国の人は強い。
熱き三菱ファンだった
クラブハウスは、ロビーやパウダールームがリゾートホテルと間違うほど清潔だ。クルマ関連施設特有の殺伐としたムードはみじんもない。スイスクオリティーである。地元のクルマ好きのたまり場にもなっているらしく、そこにいたおじさんのひとりから「俺の持ってるレクサス、なかなかいいよ」と話しかけられた。
ショーリ氏によると、彼のスクールにはもうひとつ役割があるという。
他のスイスの山岳部同様、ルツェルン一帯の路線バスも「ポストブス(ポストバス)」である。1849年、当時の郵政公社が運行を開始した貨客専用馬車に起源をさかのぼり、今もスイス郵便会社が保有する企業によって運営されている公共交通機関だ。
ショーリ氏のスクールは、ポストブスを運転する地元ドライバーのために、雨や雪などの低ミュー路面の講習会を、年間を通じて開いているのだ。アミューズメントだけでなく、雪国のドライビングスクールとして、社会貢献もしているのである。
帰る際ふと見れば、先ほどの200SXのノーズにスリーダイヤモンドが輝いているではないか。日本では日産と三菱が合弁で軽自動車を造っているが、こ、こんなクルマがあったのか? 慌ててイヴ君に聞けば「個人的には三菱が好きだからね」と、ワハハと笑いながら教えてくれた。
おいおい、脅かすなよ。日頃マイナー合弁車のトリビア的知識をひけらかしていたボクとしては、未知のモデルがあったかと思い、一気に血の気が引いたじゃないか。考えてみれば、彼にとっては父親を表彰台に導いた幸運のブランドでもある。
まあ雪が解けたら、三菱グループと関係ないと知りつつも、同じマークの付いた三菱鉛筆のuniえんぴつ1ダースでも手土産に、お礼がてら親子を再訪しようと思っている。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA/EVENT SEELISBERG)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第950回:小林彰太郎氏の霊言アゲイン あの世から業界を憂う 2026.2.25 かつて『SUPER CG』の編集者だった大矢アキオが、『CAR GRAPHIC』初代編集長である小林彰太郎との交霊に挑戦! 日本の自動車ジャーナリズムの草分けでもある天国の上司に、昨今の日本の、世界の自動車業界事情を報告する。
-
第949回:「戦場のスパゲッティ」は実在するのか? イタリア陸軍ショップで聞いた 2026.2.19 世界屈指の美食の国、イタリア。かの国の陸軍は、戦場でもスパゲッティを食べるのか? 30℃でも溶けにくいチョコレートに、イタリア伝統のコース構成にのっとったレーション(戦闘糧食)などなど、エゼルチト(イタリア陸軍)のミリメシ事情に大矢アキオが迫る。
-
第948回:変わる時代と変わらぬ風情 「レトロモビル2026」探訪記 2026.2.12 フランス・パリで開催されるヒストリックカーの祭典「レトロモビル」。客層も会場も、出展内容も変わりつつあるこのイベントで、それでも変わらぬ風情とはなにか? 長年にわたりレトロモビルに通い続ける、イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
第947回:秒殺で当確? 新型「ルノー・クリオ」が販売店にやってきた! 2026.2.5 欧州で圧巻の人気を誇る「ルノー・クリオ(日本名:ルーテシア)」がついにフルモデルチェンジ! 待望の新型は市場でどう受け止められているのか? イタリア在住の大矢アキオが、地元のディーラーにやってきた一台をつぶさにチェック。その印象を語った。
-
第946回:欧州に「277万円以下」のクルマなし! キューバ化を覚悟した冬 2026.1.29 欧州でお値段1万5000ユーロ未満の大衆車が壊滅状態に! 自動車の価格高騰はなぜ起き、そしていつまで続くのか? 一般の自動車ユーザーは、この嵐をいかにしてやり過ごそうとしているのか? イタリア在住の大矢アキオがリポートする。
-
NEW
ホンダ・インサイト
2026.3.5画像・写真4代目はまさかの電気自動車(BEV)! ハイブリッドからBEVへ、4ドアセダンからSUVへと変身して、「ホンダ・インサイト」が復活を遂げた。ドアトリム/ダッシュボードヒーターにアロマディフューザーと、新たな快適装備を満載したその姿を、写真で紹介する。 -
NEW
BYDシーライオン7 AWD(4WD)
2026.3.5JAIA輸入車試乗会2026堂々たるスタイルにライバルの上をいくパワーと一充電走行距離、そしてざっくり2割はお得なプライスを武器とする電気自動車「BYDシーライオン7」。日本市場への上陸から1年がたち、少しずつ存在感が増してきた電動クーペSUVの走りやいかに。 -
NEW
ついにハードウエアの更新も実現 進化した「スバルアップグレードサービス」の特徴を探る
2026.3.5デイリーコラムスバルが車両の機能や性能の向上を目的とした「スバルアップグレードサービス」の第3弾を開始する。初めてハードウエアの更新も組み込まれた最新サービスの特徴や内容を、スバル車に乗る玉川ニコがオーナー目線で解説する。 -
NEW
第951回:日本が誇る名車を再解釈 「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」の開発担当者に聞く
2026.3.5マッキナ あらモーダ!2026年の「東京オートサロン」で来場者の目をくぎ付けにした「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」。イタルデザインの手になる「ホンダNSX」の“再解釈”モデルは、いかにして誕生したのか? イタリア在住の大矢アキオが、開発関係者の熱い思いを聞いた。 -
メルセデス・マイバッハSL680モノグラムシリーズ(4WD/9AT)【試乗記】
2026.3.4試乗記メルセデス・マイバッハから「SL680モノグラムシリーズ」が登場。ただでさえ目立つワイド&ローなボディーに、マイバッハならではのあしらいをたっぷりと加えたオープントップモデルだ。身も心もとろける「マイバッハ」モードの乗り味をリポートする。 -
始まりはジウジアーロデザイン、終着点は広島ベンツ? 二転三転した日本版「ルーチェ」の道のり
2026.3.4デイリーコラムフェラーリ初の電気自動車が「ルーチェ」と名乗ることが発表された。それはそれで楽しみな新型車だが、日本のファンにとってルーチェといえばマツダに決まっている。デザインが二転三転した孤高のフラッグシップモデルのストーリーをお届けする。