第99回:運転好きのおちゃめなロボットは、敵か、味方か?
『チャッピー』
2015.05.21
読んでますカー、観てますカー
人工知能が人類を絶滅させる?
昨年、ホーキング博士が人工知能について警告を発し、世界に衝撃を与えた。完全な人工知能の開発は、人類の終わりを意味するかもしれないと話したのだ。人工知能は加速度的に自分を再設計していくので、ゆっくりとしか進化できない人間には勝ち目がないという。同時期に、テスラモーターズのイーロン・マスクも恐ろしい未来予測をしている。人工知能の発展が引き起こす深刻な危機は、これから5年以内にやってくると警鐘を鳴らした。
チェスの世界では1996年にIBMのディープ・ブルーが世界チャンピオンのカスパロフに最初の勝利を挙げており、21世紀に入ってからは人間がコンピューターに勝つのは困難になっている。将棋でも電王戦でプロ棋士が厳しい戦いを強いられるようになった。コンピューターの性能がさらに向上して人間と同様の思考回路を手に入れれば、自らの意志を持って人類の前に立ちはだかるかもしれない。
このテーマは映画でも繰り返し取り上げられている。1968年の『2001年宇宙の旅』では、宇宙船ディスカバリー号をコントロールしているHAL9000が反乱を起こし、乗組員を殺害した。物語の設定は現在から14年前だが、幸いなことにそんな事件は発生していない。1984年の『ターミネーター』は、戦略防衛コンピューターシステムのスカイネットが機械軍で攻撃し、人類は絶滅の危機にさらされる。舞台は2029年で、ホーキング博士の言葉が正しければ、あと14年でわれわれは人工知能と戦闘状態に入るのだ。
『チャッピー』も、人工知能を扱った作品である。2016年、南アフリカでは治安の悪化に対処するためロボット警官を採用し、犯罪を減らすことに成功していた。
「GT-R」で究極の自動運転
高性能な人間型ロボットを開発したのは、兵器企業テトラバールの技術者ディオンだ。演じているのは『スラムドッグ$ミリオネア』で主演したデーヴ・パテール。最先端技術を手がけているのがインド人というのは、いかにもリアリティーがある。彼は自分のロボットに人間的な感性を与えたいと思い、ひそかに人工知能を組み込んだ。芸術を理解するロボットに育てようと考えていたのだが、完成直後にストリートギャングにさらわれてしまう。
実名でチンピラカップルを演じているのが、ラッパーのニンジャとヨーランディだ。母性に目覚めたヨーランディは、ロボットをチャッピーと名づけてかわいがる。ニンジャも「初のギャングスタロボに育てるぜ!」と大喜びだ。高い潜在能力を持つものの、何も知らない赤ん坊同然のチャッピーは、またたく間にワルの言葉遣いとしぐさを身につける。
チャッピーに与えられた最初の仕事は、クルマの強奪だ。お父さん=ニンジャのクルマが盗まれたと教えられ、取り返しに行く。初めての親孝行だから、チャッピーは大張り切りだ。首尾よくワルモノをクルマから追い出し、自分で運転する。これぞ究極の自動運転だ。クルマに機能を盛りこまなくたっていい。人工知能ロボットに運転させれば、どんなクルマだって自動運転車になる。
チャッピーがうれしそうにドライブするのは、ガンメタの「日産GT-R」だ。このクルマが選ばれた理由ははっきりしている。監督の好みだ。筋金入りの自動車マニアなのである。
ニンジャ私物の「WRX」
ニール・ブロムカンプは、1979年にヨハネスブルグで生まれた若い監督である。2009年に公開されたSF映画『第9地区』は、低予算ながら世界中で大ヒットした。アパルトヘイトを背景としたリアルなストーリー展開と、“エビ型宇宙人”の斬新な造形が高く評価されたのだ。一躍トップランナーとなった彼は、2013年にハリウッドでマット・デイモン主演の『エリジウム』を撮影する。これも興行収入が3億ドルというヒット作になり、再び南アフリカの現実を背景に新しい物語に取り組んだのが『チャッピー』である。
彼自身は18歳の時にカナダに移住しているが、『第9地区』で主演した同郷のシャールト・コプリーとはずっと一緒に仕事をしている。コプリーは今回の作品では顔を見せないが、チャッピーの動きは彼が演じている。モーションキャプチャーを使ってCG合成したのがチャッピーなのだ。
高校時代からブロムカンプは映画に熱中していたが、大好きなものがもうひとつあった。クルマである。言葉を覚えたての頃からクルマの名前を知っていたほどで、17歳の時に両親に買ってもらった10年落ちの「フォルクスワーゲン・ゴルフGTI」が最初の愛車だ。その後「BMW M3」「シボレー・コルベットZR1」と乗り継いだというから趣味がよくわかる。
現在の所有車の中で一番のお気に入りがGT-Rだという。ほかに「ハマーH1」を持っていて、日本車ももう1台ある。「スバルWRX」だ。『チャッピー』の中でも、ニンジャがマットブラックに塗られた先代WRXに乗っている。これも監督の趣味かと思ったら、ニンジャの私物なのだそうだ。彼も「インプレッサ」好きで知られているらしく、南アフリカではスバルが人気なようである。
日本車と日本のアニメが好きな監督
ブロムカンプ監督のGT-R愛はすさまじく、現在持っているモデルは3台目なのだという。GT-Rはガンメタでなければいけないというのが彼の信念だ。今回登場するのももちろんガンメタで、『エリジウム』でも大幅に改造されたガンメタ装甲GT-Rが使われていた。彼は次にR34を手に入れたいと言っていて、どんどんマニアックな方向に進んでいきそうだ。最近まで「ホンダNSX」と「レクサスLFA」も所有していたというから、日本車が好きなのは間違いない。
クルマが好きということは、メカ好きということだ。ブロムカンプ監督が作り出したロボットの造形は、10年以上かけてねりこんでいる。VFXの仕事をしていた2003年に多くのロボットをデザインしたことがあり、チャッピーはそれが原型となっているという。彼は日本のアニメから大きな影響を受けたと言っていて、それは今回の作品でもさまざまな部分に表れていた。
メカが好きだとはいっても、ロボットを全肯定することはできない。機械そのものは中立的な存在で、悪い人間が作れば邪悪なロボットができあがる。ヒュー・ジャックマンが演じるヴィンセントはどす黒い心を持っており、彼が作り出す機械は殺人マシンとして現れるのだ。
人工知能には無限の可能性がある。学習して成長し、新たな価値を獲得する。人間と同じで、しかも圧倒的に高性能だ。使いようによっては人類の役に立つが、それを搭載するということは、コントロールが不可能になるということでもある。ブロムカンプは、バラ色の未来を見せることはしない。彼にとっては、GT-Rこそが確実に人を幸せにする機械の限界点なのかもしれない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第292回:350SEが運ぶのは幸福か、それとも究極の不幸か……
『星の時 4K』 2026.8.20 ブラジルの女性小説家クラリッセ・リスペクトルが1977年に発表した小説を、女性監督スザーナ・アマラウが1985年に映画化した伝説の作品。「メルセデス・ベンツ350SE」がもたらす運命の瞬間を謎めいた手つきで描き出す。 -
第291回: あの衝撃的なラストシーンは2CVで撮影されていた!?
『ヌーヴェルヴァーグ』 2026.7.9 1959年のパリで、ゴダールが『勝手にしやがれ』の撮影を開始。脚本もなく演出はその場で指示するという型破りのスタイルに、俳優もスタッフも困惑し現場は混乱を極める。はたして映画は無事に完成するのか……。 -
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か
『シラート』 2026.6.4 失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
第289回:最強の格闘家は破壊されるクルマに自分を重ねた
『スマッシング・マシーン』 2026.5.14 ドウェイン・ジョンソンが映画化を熱望した伝説の格闘家マーク・ケアーの栄光と没落の人生を描く。東京ドームで行われた総合格闘技イベント、PRIDEグランプリ2000を完全再現! -
第288回:自称詩人は中古車で自由を表現する?
『自然は君に何を語るのか』 2026.3.20 「月刊ホン・サンス」第5弾は『自然は君に何を語るのか』。恋人の両親に初めて会う自称詩人は、気まずい空気の中で次第に感情を抑制できなくなっていく。「キア・プライド」が小道具としていい味!
-
NEW
第127回:新型BMW X5(後編) ―迷走するBMW 結局アナタは“ノイエクラッセ”でなにがしたかったの?―
2026.9.2カーデザイン曼荼羅その姿が明らかとなるや、賛否両論を巻き起こしている新型「BMW X5」。このクルマは既存のBMW製SUVとはなにがちがうのか? そもそもBMWは“ノイエクラッセ・デザイン”になにを託していたのか? カーデザインの識者と、迷走するBMWの明日を探った。 -
NEW
BMW X1 sDrive20iオリジナル(FF/7AT)【試乗記】
2026.9.2試乗記BMWのコンパクトSUV「X1」に新グレードの「オリジナル」が登場。走りの楽しさをはじめとしたBMWらしさをキープしつつ、装備の厳選によって価格抑制を図った新たなエントリーグレードだ。都市部におけるドライバビリティーとユーザービリティーをリポートする。 -
スポーツカーに未来はあるか?
2026.9.1あの多田哲哉のクルマQ&A年々、開発環境が厳しくなるといわれるスポーツカーは、この先も存在しうるのか? トヨタのエンジニアとしてさまざまなスポーツカーを開発してきた多田哲哉さんに“未来のスポーツカー像”を聞いた。 -
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”+エアロパフォーマンスパッケージ【試乗記】
2026.9.1試乗記2020年のデビュー以来、間断なく進化を続けてきたコンパクトスポーツの「トヨタGRヤリス」。一般ユーザーの間ではもちろん、コンペティションの世界でもチューニングのかいわいでも光を放つ一台は、2026年モデルでどう進化したのか? その走りを報告する。 -
“自然を連想する車名”の名車特集
2026.9.1日刊!名車列伝暑さが和らぐ一方で、台風シーズンとも呼ばれる9月。その風をはじめ、星座、景観など自然を連想させる名前が与えられた、世界の名車を日替わりで紹介します。 -
興味があるのはたったの3割!? 自動車業界を揺るがすSDVやAIって本当に必要なの?
2026.8.31デイリーコラム自動車も、スマホのように機能がアップデートできるようになる! ……ということで注目されるソフトウエアディファインドビークル(SDV)だが、日本のユーザーの多くが「いらない」と思っていることが判明! 急速に進むデジタル技術の、必要性について考えた。