第405回:「トリノ・グランプリ」が復活!? これがクルマの街のお祭りだ
2015.07.03 マッキナ あらモーダ!フィアット・クライスラーはアップル?
フィアット クライスラー オートモービルズ(FCA)が2014年、登記上の本社をオランダ・アムステルダムに、税務上の本社を英国ロンドンにそれぞれ移転したことは、イタリア産業界に少なからず衝撃をもたらした。
ちなみに、1920年代末から長年にわたり旧フィアットの本社として機能してきたトリノ・リンゴットの歴史的な本社屋は、現在、フィアット創業家であるアニエッリ家のホールディングカンパニーが使用している。
イタリア税務局のロゼッラ・オルランディ長官は、「極めて残念」とし、ドイツ系自動車メーカーの名前を挙げて、「彼らがドイツを離れることが考えられるだろうか」とコメントした。
しかし、筆者にいわせれば、FCAの決断は、理にかなったものだ。
大西洋をまたぐ、それも成熟産業が、熾烈(しれつ)な戦いで生き残るために、経営コストが低い国を選ぶのは当然であろう。大切なのはアウトプットする商品の魅力である。幸いにして、フィアットによるクライスラーの吸収後に登場したモデルは、以前に企画されたモデルよりも各車のキャラクターを強めている。
クライスラー系ブランドはより米国人ユーザーのマインドに近くなり、フィアット系は先日公開された「アルファ・ロメオ・ジュリア」を見ればわかるように、外国人が求めるイタリア車らしさを強めている。次は「マツダ・ロードスター」をベースとした「フィアット124スパイダー」も控えている。
シナジー効果もある。初のイタリア生産ジープである「レネゲード」は好調な滑り出しで、1~4月の欧州販売で1万7131台(JATO調べ)を記録。ジープブランドのトップに躍り出ている。背景には欧州市場を考えたサイズと、実はジープ好きが多いヨーロッパ人の嗜好(しこう)をくんだことが功を奏したのは明らかだ。
本社をどこに置こうと、生産拠点がどこであろうと、的確な商品企画と高度な品質管理があれば、どこでも人気製品が作れる時代が到来した。まさにアップルの自動車版をFCAは実践しようとしている。
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自動車の街の威信
トリノの街に話を戻せば、フィアットの工場の国外移転で一時落ち込んだ自動車関連産業も、フィアット依存型から脱することで、新たな活路を見いだしつつある。例えばカロッツェリアは、インドや中国の自動車メーカーのR&D拠点の一翼を担うことで、活況を呈しているところがいくつもみられる。
そのトリノで、2015年6月11日から14日までの間、「パルコ・ヴァレンティーノ&グラン・プレミオ」と題した街おこしイベントが開催された。市内のヴァレンティーノ公園を舞台に、国内外の35ブランドの車両を屋外展示し、周辺にはさまざまな食べ物屋台が配置された。入場は無料。と、ここまでだと、街の産業展の類いの拡大版だが、欧州屈指のクルマの街という威信をかけて、企画はそれだけにとどまらなかった。
10の地元カロッツェリアやデザインスクールも参加し、会場内に近作を展示した。中でもベルトーネ出身のロベルト・ピアッティ率いるトリノデザイン社は、新しいコンセプトカーを会場で初公開した。3日目の6月13日には、85周年を迎えたピニンファリーナの車両約50台によるコンクールデレガンスも催された。
そして最終日には、走行会「グランプレミオ」(イタリア語で「グランプリ」)が行われた。これは、1935年から1955年までの間、今日のF1の前身であるフォーミュラAが、今回の会場であるヴァレンティーノ公園で開催されていたことを記念したものである。
往年のグランプリ参加車や会を盛り上げるために集まったクラブや企業のクルマたちは、朝10時に公園を出発。トリノ旧市街を経て、郊外のレッジア・ディ・ヴェナリア庭園まで、約15kmの歴史絵巻を繰り広げた。
一般車両の通行を制限し、往年のグランプリカーやコンセプトカーなど、ナンバープレートがない車両も存分に公道走行させたところに、イベントにかけた自治体の意気込みが感じられた。
「なんとかなる」パワー
ここからは蛇足だが、走行会は予定していコースから、時を追うごとに二転三転した。偶然会った知り合いのトリノ人フォトグラファーも憔悴(しょうすい)して走り回っていたところからして、ボクの語学力や情報収集能力の問題ではなかった。
やがて、側道で交通整理していたボランティアのおじさんたちもトランシーバー片手に確認に奔走する始末だった。その間には、路線バスや市電がコースに入り込んできてしまう。そのなかで奮闘撮影したのが、今回ご覧いただく写真である。
それでもスタッフの努力が実ったようで、クロージングリポートによれば催しは約30万人の入場者でにぎわい、早くも2016年の第2回も決定した。
9年前の2006年冬季五輪のときもそうだったが、混沌(こんとん)の末に最終的には何とかなってしまうパワーと運を、この自動車の街は秘めているようだ。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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