第107回:マナーを身につけた英国紳士は最強のスパイである
『キングスマン』
2015.09.10
読んでますカー、観てますカー
『0011 ナポレオン・ソロ』の“非公式リメイク”
11月に公開される『コードネームU.N.C.L.E.』は、なんとあの『0011 ナポレオン・ソロ』のリメイク作品である。といっても若い人には何のことやらわからないだろうが、1960年代に日本でも大人気だったスパイもののTVドラマシリーズのことだ。ガイ・リッチー監督の手で原作とはまったく違うテイストに仕上げられている。
一足先にやってきたのは、“非公式リメイク”とも言うべき作品『キングスマン』だ。こちらの監督はマシュー・ヴォーン。ガイ・リッチーの監督作品『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』では製作を担当していたから、図らずも盟友の競作という形になった。マシュー・ヴォーン監督には、『0011 ナポレオン・ソロ』を継ぐ個人的理由がある。名前でわかるとおり、ナポレオン・ソロを演じたロバート・ヴォーンの息子なのだ。ただし、お母さんは奔放な性格だったようで、後に本当の父親がイギリス貴族のジョージ・ドゥ・ヴィア・ドラモンドという人だと判明したというからややこしい。
原作はマーク・ミラー。ということは、『キック・アス』のコンビが復活したということだ。ハイテンションでポップなアクションは、この作品でも健在である。主役のハリーを演じるのは『英国王のスピーチ』のコリン・ファースだ。彼は『裏切りのサーカス』でもスパイ役だったが、あの時は謎解きと心理戦が主題だった。本格的なアクションをこなしているのは驚きである。半年間トレーニングを積んだというから気合が入っている。
男性版『マイ・フェア・レディ』
『キック・アス』でクロエ・グレース・モレッツが大ブレイクしたのに気をよくしたのか、今回もほぼ新人の若手を抜擢(ばってき)している。ハリーにスパイとしての心得を教わるエグジー役のタロン・エガートンだ。負け犬のチンピラだった彼が紳士のたしなみを身につけ、同時に有能なスパイに成長していく。無名の俳優が大作映画でアカデミー賞俳優の相手役を務めるのだから、役柄と実際の人生がシンクロしている。
この設定は、『007 ドクター・ノオ』のエピソードがヒントになっているそうだ。ガサツな田舎者だったショーン・コネリーを紳士に仕立てるために、テレンス・ヤング監督は彼にいいスーツを着せて高級レストランに連れていった。形が整えば、おのずと中身も変わっていく。映画の中でも名前が出るように、『マイ・フェア・レディ』『プリティ・ウーマン』の男性版なのだ。
ニートのエグジーは街の不良に因縁をつけられて腹を立て、彼の愛車「スバル・インプレッサ」を盗んで暴走する。華麗なドリフトを決めるあたり、なかなかの腕前の持ち主だ。しかし、パトカーに追いかけられてあえなく御用。取調室で思い出したのが、17年前に謎の男から手渡されたメダルだ。裏に記されている番号に電話をかけ、教えられた合言葉を告げると即座に釈放された。
現れたのはハリーである。エグジーの父親はかつての仲間で、彼の身代わりになって命を落としていた。恩人の息子のことを、今も気にかけていたのだ。彼の素質を見抜いたハリーは、父の遺志を継いでスパイになるようにと諭す。連れていったのは、サヴィル・ロウにある高級テーラーのキングスマンだ。ハリーはここで仕立職人として働いていることになっているが、裏に行くと独立諜報(ちょうほう)組織キングスマンの本部につながっている。洋服屋の試着室が秘密の入り口になっていた『0011 ナポレオン・ソロ』へのオマージュだ。
紳士であるということは、優秀なスパイになる条件なのだ。ハリーは「スーツは現代の鎧(よろい)だ」と話す。身だしなみを整えることが大切である。もちろん、靴にもこだわりがある。合言葉は「Oxford, not Brogue.」というものだった。先端にパンチングが施されたBrogueはもともとアウトドア用の靴であり、公式の場にはふさわしくないとされていた。紳士はフォーマルなOxfordを履くべきだというこだわりが表現されている。
最強の敵は両足が刃物
エグジーがスパイ養成所で試練の日々を過ごしている頃、世界を破滅させる恐ろしい計画が進んでいた。IT長者のヴァレンタインは環境保護を訴える活動家だったが、地球の真の敵は人間であるという結論に達する。人間はウィルスであり、そのせいで地球が発熱していると考えたのだ。一理あると言えなくもないが、人類皆殺しを企てるのでは狂人と言わざるをえない。演じるのがサミュエル・L・ジャクソンだから妙にリアリティーがある。
ヴァレンタインは世界中の有力者や政治家に働きかけ、順調に計画を進めていく。ホワイトハウスらしきところでオバマ的な人と会談する場面も描かれるから、アメリカに対して明らかに悪意がある。それ以上にコケにされるのがスウェーデンだ。字幕ではスカンジナビアとなっていたが、国旗が映っていたからごまかしても無駄だ。スウェーデンの首相がチンケな小物で、ヴァレンタインの計画に協力するという設定になっている。王女は勇ましく抵抗する役なのでバランスがとれているようだが、ラストでの扱い(ホントにひどい!)を見ると監督がスウェーデンのことを嫌いなのだとしか思えない。
ヴァレンタインの邪悪な陰謀を阻止するため、キングスマンは臨戦態勢に入る。彼らの武器は、古きよきスパイの伝統にのっとったエレガントなものだ。ライターは手りゅう弾だし、万年筆からは毒液がしたたる。オックスフォード靴の先端からは鋭い刃が飛び出す仕掛けだ。最も魅力的なのはコウモリ傘。広げれば防弾シールドになるし、マシンガンとしても使える。テーブルの上にビールジョッキがあれば、取っ手を利用して相手にダメージを与えることもできる。
しかし、ヴァレンタインの側近ガゼルがそれを上回る戦闘力を持っている。彼女は両足とも義足なのだ。『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』ではフュリオサが義手だったから、美女と人工の手足の組み合わせが流行しているのかもしれない。義足にはドクター中松のジャンピングシューズのように跳ねるバネが仕込まれている。鋭利な刃物も付いていて、健常者なんかよりはるかに強い。身のこなしがいいと思ったら、演じているソフィア・ブテラはマドンナのバックダンサーとして有名な女性なのだそうだ。
公用車は自動運転のロンドンタクシー
キングスマンを率いるアーサーには大御所マイケル・ケインが配されていて、ブリティッシュスーツの渋い着こなしが見事だ。コリン・ファースもいつもながらほれぼれするような洗練されたスタイリングである。いかにも頭の悪そうなファッションだったエグジーも、ついにはキメキメのスーツ姿で現れる。
しかし、英国紳士であるということは見た目だけの問題ではない。スコッチならば一口飲んだだけで「1962年のダルモア」と見抜けるだけの経験と知識が必要だ。ヴァレンタインのディナーでビッグマックに1945年のシャトー・ラフィットを合わせるという暴挙に出られても、「ディケムとスポンジケーキも合う」と返せるだけの懐の広さを併せ持たなければならない。
着こなしはトラディショナルでも、装備はハイテク化が進んでいる。メンバーたちがクラシカルなメガネをかけているのは、視力が悪いからではない。VR機能が装備された高性能モニターの役を果たす。全員が集まらなくても、アバターが現れて会議ができる。伝統と先端技術の融合が、現代のスパイの粋なのだ。もちろん、クルマだって同様である。公用車として、黒塗りのロンドンタクシーが使われている。高性能なイメージはあまりないが、キングスマン仕様のモデルは自動運転が可能なのだ。
リーダーの名がアーサーなのは、キングスマンが円卓の騎士の現代版を目指しているからだ。ヴァレンタインに殺されたのはランスロットで、ハリーのコードネームはガラハッドである。エグジーも試練を経て騎士となる。ハリーは「Manners maketh man.(マナーが人を作る、氏より育ち)」と繰り返していた。カミソリで有名なオッカム(のウィリアム)の言葉である。
とは言っても、この映画からご立派な教訓を得ようとするのは間違いだ。景気よくバンバン人は死ぬし、何百もの頭が爆発する。エロいジョークはセクハラすれすれだ。当然のようにR15+指定になっている。それでも映像がポップでスタイリッシュだから、観終わった後に爽快感が残るのだ。ハリーが教会で大暴れするシーンが素晴らしい。「黒人とユダヤ人は地獄で炎に焼かれる!」という説教に歓喜しているような連中だから、成敗されるのは自業自得だ。そして、コリン・ファースの身体能力に感嘆する。彼にはこれからアクションヒーローのオファーが殺到するに違いない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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