第221回:「リーフタクシー」から「卓上占い器」まで−大矢アキオのウナ・セラ・ディ東京
2011.11.25 マッキナ あらモーダ!第221回:「リーフタクシー」から「卓上占い器」まで−大矢アキオのウナ・セラ・ディ東京
今年の東京はちょっと違う
ほぼ1年ぶりに東京にやって来た。以前は来るたびに、赤坂の「東京ミッドタウン」や東京駅の超高層ビル「グラントウキョウ」、そして同じく東京駅の「丸ビル」など、なにかしら必見の新ランドマークができていた。しかし、今年はそうした大きなモノが見当たらない。東京スカイツリーも遠くから眺めることはできるが、オープンは2012年5月までお預けだ。
「震災を機会に、都市のありかたをじっくり検討し直す時期である」と考えれば納得できなくもないが、やはり昨今の景気で都市そのものにポーズボタンが押されてしまったようで、どこか悲しい。
この原稿を書いている都心の部屋の窓外に広がっているのも、伊丹十三監督『マルサの女』のオープニングとテーマ曲を思いださせる、憂鬱(ゆううつ)な都会のスカイラインだ。
さらに郊外にある女房の実家の近くは、二度と開かない、いわゆる「シャッター商店街」化しつつあった。ニッポンの抱える問題は多い。
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「日産リーフ」タクシーに遭遇
そんなちょっぴり感傷的な東京での出来事である。築地の新聞社で打ち合わせを終えて玄関を出たら、タクシーが滑り込んできて、乗っていた客が降りた。その黒塗りのタクシーを見て目を疑った。話題の電気自動車「日産リーフ」ではないか。
ボクはドアを閉めようとする運転士さんに「あ、あの乗ってもいいですか」と思わず声をかけた。幸い運転士さんは「どうぞ」とうなずいてくれた。
もちろんボクは乗るやいなや「これ、電気自動車ですよね!」と声を発した。すると運転士さんはうれしそうに、2カ月くらい前に会社が導入したことを教えてくれた。
「どちらまで?」そうだ、まったく行き先を考えずに乗ってしまった。困ったボクは、預金はほぼ底をついているが口座が残っている大手町の銀行をとっさに思い出し、行き先にした。
そのリーフタクシーは1日およそ160kmを走るという。オドメーターはすでに8000kmを刻んでいた。
「本当はとっても加速がいいんですけどね」と運転士さんは信号待ちをしながら渋滞を悔しがる。交通量が多い築地から銀座に向かう通りでは、モーターの力強い加速は味わえないのだ。
「黒塗りだとお客さんは電気自動車だと気づかないでしょ」というと、運転士さんは「そうなんです。なので乗車されるときに『電気自動車なので車内が狭くてすみません』とこちらから申し上げるんです」
そうすると皆さん「ほう!」とうなるそうだ。
個人的には雲の上を走るような静けさは無理でも、ノイズキャンセリングヘッドホンを装着して聞くような車内音かな? と想像していたが、実際はそうでもない。市街地走行では、タイヤのロードノイズや街の騒音がそれなりに聞こえてきて、そちらのほうが気になってしまう。電気自動車であることを感じるのは、時折聞こえる「ホワン」という回生ブレーキの音くらい、というのが正直なところだ。
電気自動車ならではの悩み
一般的にタクシーには、タクシー専用タイヤを履かせるが、リーフタクシーの場合は電気自動車としてのポテンシャルを十分に発揮させるべく、ちゃんとメーカー指定のタイヤを使う必要があるという。
それ以上に、現状で電気自動車をタクシーに使うのには、いくつかの苦労があるようだ。
まず荷室が狭いこと。タクシーとしては決して有利ではない。しかしもっと大きな問題がある。それは、満充電の状態でなくても、遠方に行きたいお客さんが乗り込んでくることだ。実際その運転士さんは、ある日都心から成田空港へ行くお客さんを乗せた瞬間、帰路はチャージしなければ帰って来られないことに気づいたという。
「でも、こうやって」と言いながら彼は、慣れた手つきでディスプレーのカーウイングスナビゲーションシステムを充電施設情報の画面に切り替え、ナビで最寄りの充電ポイントを検索できることを教えてくれた。
ボクがあまりいろいろ質問していたら、シートポケットを指して「どうぞお持ちください」と言う。見るとリーフのカタログが入っていた。メーカーとの、なかなかうまいコラボレーションである。
日産のセールスで、毎日160km乗っている人はおそらくいないだろうから、この運転士さんが日本で最も説得力あるリーフのセールスマンであるまいか? 同時に日産が、このタクシーで収集・集積したデータを、次のEV開発に生かすことは想像に難くない。
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四つ葉のクローバー的存在
ところで、「リーフを任せられるとは、運転士さんが優秀なドライバーだからですか?」とボクが質問すると運転士さんは、
「まあ、今まで無事故無違反であったことは確かですが」と謙遜気味に答えてくれた。
彼は「リーフのボディーはアルミを多用していて、修理が難しいので、気をつけて乗らなければならないんです」と言う。したがって会社としてはクルマを任せる上で、それなりに信頼できるドライバーを選んだに違いない。
ちなみに運転士さんがリーフの前に乗っていたクルマは何かと聞くと、「クラウンのスーパーデラックスでした」と教えてくれた。部外者のボクにまで「スーパーデラ!」などと隠語を使う運転士が多いなか、正式な車名をきちんと言うところに、リーフを任せられるちゃんとした運転士さんだと思った。
バッテリーをいたわるため、30分の急速充電はなるべく使わないようにし、8時間の普通充電を使うよう心がけているという。こちらもリーフを任せられたドライバーにふさわしい心遣いである。
そんなことを話していると、あっという間に大手町に着いた。築地からの料金は1700円だった。
「ドアは電動でなくて、手動なんです」
運転士さんは笑って、日本における他のタクシーと同様、アーム式の開閉装置を操作してドアを開けてくれた。
いやいや、リーフにとって貴重な電気である。電気を使わなくていいところは、使わないでいきましょう!
なお、そのタクシー会社のリーフの台数は、保有台数1000台のうち、現在のところたった2台だという。全国ハイヤー・タクシー連合会によると、東京都の総車両台数は約5万7000台。他社でリーフを導入していたとしても、街で遭遇する確率は極めてまれということになる。ボクは四つ葉のクローバーを見つけた気持ちになった。「未来」が街を走っている。日本も捨てたもんじゃないぜ、と思った。
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未来と過去が混在する国
そんな幸運をかみしめた夜、再び女房の実家に行った。彼女の家族と食事をするのが苦手なボクは、近くにあるレストランに逃げ込んだ。国道沿いに建つ、明らかに長年営業している店だ。
テーブルの上を見て仰天した。「卓上占い器」が置いてある。コインを入れて自分の星座に合わせてレバーを引くと、運勢が書かれた巻紙が出てくるやつだ。ボクが子供の頃、よくドライブインやデパートの食堂に置いてあったものである。思わずボクの頭の中で、伝説の双子デュオ「ザ・ピーナッツ」の名曲『ウナ・セラ・ディ東京』のドーナツ盤レコードに針が落とされた。
店の人によれば、今でも年一度業者の人がやってきて、中のお金を回収するのだという。たとえ『ウナ・セラ・ディ東京』まで古くなくても、占い器は「ケンとメリーのスカイライン」の頃から、窓の外の国道を行き交うクルマを見守っていたに違いない。それが電気自動車の走る世の中まで生き残っていたとは、泣けた。
未来と過去が混在する。ニッポンは面白い国だとつくづく感じた。唯一残念なのは、イタリア人に日産リーフのタクシー乗車体験は自慢できても、卓上占い器の面白さはわかってもらえないことだ。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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